第6話 妖精
ライドロース辺境伯領にそびえ立つ、お城の一室──
そこで目を覚ました私は、情報収集を開始する。
このお城に来る途中で化け物の群れに襲撃された私は、魔力を使い果たして寝落ちしてしまった。
なので、その後の経緯を全く把握していないのだ。
お父様とお母様は無事なのか────?
そして、私達を化け物から助けてくれた、あの精悍な剣士はどうしているのか。
知りたいことは沢山ある。
でも、私は普通の赤ん坊の振りをしているので、人から聞くことは出来ない。
セレナがいれば、事情を聞けたんだけど……。
彼女はこの旅に同行していない。
知りたいことは、自分で探るしかないのだ。
私はベットから降りて、部屋の外へと移動することにした。
立ち上がり、部屋のドアまで歩く。
誰も見ていないので、偽装工作をする必要はない。
部屋を出て、お城を探検しよう。
話声のする方へと移動し、噂話を収集するのだ。
なんだか、スパイにでもなった気分だ。
初めて来たお城を見て回る……。
私はちょっとドキドキしながら、部屋のドアを開けようと手を伸ばす。
その寸前に────
『ねえ、あんた────どこに行くつもり?』
背後から、声をかけられた。
…………。
……この部屋には、誰も居なかったはずだ。
いったい、誰が────?
私が振り向くと、そこには────
私の目の前に、妖精がいた。
愛らしい顔をした、手のひらサイズの小さな女の子……。
彼女は透明な羽を羽ばたかせて、宙に浮いている。
…………。
……。
私が転生したこの世界は、魔法がある。
それに、化け物がいたりする世界だ。
────妖精だっているだろう。
でも、突然会ったら、びっくりするわよね。
私は目を丸くして、妖精に尋ねる。
「あなたは、誰? ────何者なの?」
すると妖精は、素直に答えてくれた。
『えっ? 私────? 私は、ルドルの使い魔……? ────みたいな者よ。あんたの監視というか、護衛をしているわ。────あんた、ほら、超魔人に襲われてたじゃない。……あいつらがまた来るといけないでしょ? だから、ルドルがあんたに、私を見張りとして付けたって訳よ』
……ルドル?
あの男の名前、よね。
「ルドル、というのは……あの剣士の事よね? 私を助けてくれた……」
『そうよ! 助けてやったんだから、感謝しなさい!! ────と、それよりも、あんたベットに戻りなさいよ。赤ん坊が立って歩くなんて、危なっかしくて見てらんないわ』
私は妖精に言われた通りに、ベットに戻る。
そして────
「ねえ、色々と聞きたいことが、あるんだけど……」
私はお城を探検する予定を変更し──
この妖精から、情報収集をすることにした。
お城の探索も魅力的だが、ファンタジーな存在も捨てがたい。
私を助けてくれた剣士の名前は、『ルドル・ガリュード』────
大陸の東の、さらに東にある島国から、ここまで来たそうだ。
使い魔の妖精の名前は『ベル』────
私の護衛をしてくれているらしい。
馬車を襲撃して、私を殺そうとした化け物は『超魔人』というそうだ。
そいつらは、この国──
聖ガルドルム帝国の国教である『天主創世教』において、『天使』とされる存在らしい……。
天主創世教の神は『ヤコムーン』と言うそうで、そのヤコムーンの使いがあの化け物……『天使』だ。
つまり、私は……。
この世界の神様から、命を狙われているようだ……。
なんてこったい!
私は嘆いた。
────天主創世教。
この世界に、そういった宗教があることは把握していた。
……聞いたことはある。
でも、教義について、詳しくは知らない。
帝国の辺境で熱心に信仰されている宗教ではないので、家族や使用人の会話に出てくる頻度は低かった。
ベルから聞いた話では、帝国の中央で熱心に信仰されているらしい……。
私がヤコムーンから敵視されていると、帝国の中枢に知られれば────
…………。
……帝王や教皇は『神の敵』として、私を始末しようとするだろう。
せっかく順調な転生ライフを過ごしていたのに、いきなりのハードモードだわ。
この世界の神様の、敵だなんて……。
うぅ~~。
私はうなだれた。
『そんなに心配しなくても大丈夫よ。────神様っていっても、ヤコムーンって奴がそう自称しているだけで、本物の神じゃないわ。それに────あんたのことは、ルドルが護るって決めたから、どんな敵が来たって平気よ』
────そう、なんだ。
あの剣士が護ってくれると聞いて、私はちょっと安堵する。
でもまだ、不安要素は残っている。
もうちょっと、敵について聞いておきましょう。
「ねえベル……。偽物とはいえ────ヤコムーンっていうのは、あの化け物を従えることが出来るほど、強いのよね────?」
『う~ん。私やルドルも会ったことがないから、ヤコムーンがどれくらい強いのかは分からないわ。……けれど、そいつがどれだけ強くても、それ以上に強くなればいいだけよ。簡単な話ね! ────問題ないわ!!』
ベルは可愛らしい見た目に反して、脳筋だった。
大丈夫かしら、ほんとに……?
……。
私の不安は、増大した。
あの化け物に屈強な大人の護衛が、為す術もなく瞬殺されるのを見ているのだ。
────不安にならない訳がない。
…………。
……。
「あっ、そうだわ。大事なことを聞いてない! お父様とお母様は、ご無事なのかしら────?」
お父様やお母様が死んでしまっていたら────
そう考えると、胸が苦しくなる。
『────ん? ああ、その二人なら無事よ。────あんたの母親の方は傷もほとんどなかったし、父親の方の傷は回復魔法で治したから、今はもう平気よ』
二人が無事だと聞いて、ホッとする。
それにしても、回復魔法というのもあるのね。
「私も回復魔法を使えるようになりたいわ。教えて貰えないかしら? ヤコムーンというのから、狙われている訳だし──少しでも強くならないと……」
まだ赤ん坊だから、肉体を鍛えるのは無理だけど、魔法なら────
あっ! でも、セレナがダメって言ってたわね……。
『止めておいた方が良いと思うわ。────魔力も『力』ですからね。人間が無理して鍛えると、体を壊すことになるのよ。……あんたの場合は、どうか分からないけれど────』
ベルもダメだって言うし、止めておいた方が良さそうね。
前世でも、練習しすぎたアスリートが、身体を壊してしまったり、調子を落としてしまったりすることがあると聞いたことがある。
魔法というのは、身体を使って行使するものだ。
無理は止めておこう。
『ルドルが護っているのだから、今から無理をする必要はないわ。────それよりも、身体をしっかりと成長させなさい。強くなるのはそれからよ』
そう言われると、そんな気もする。
「ふぁあ……」
ベルとお喋りをしていたら、眠くなってきた。
瞼が重くなってくる。
私はゆっくりと、眠りに入る。
────無理は良くない。
赤ん坊の使命は、良く寝て良く食べて、身体を成長させることだ。
『あら、もう御眠なの? ────おやすみ、フィリス』
ベルの声を聴きながら、私は眠りに就いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
超魔人の襲撃を退けたルドル・ガリュードは、ライドロース夫妻の招きに応じて、領主の居城を訪れている。
その城の一室に、ライドロース辺境伯とフィリスの父ジェフリー、母ケイティ、そしてルドル・ガリュードの四人が集っていた。
「天使に狙われていたのは、あの子なのか……?」
「あんなに可愛い子が、どうして…………??」
我が子が天使から狙われていたと知り、ジェフリーとケイティが愕然とする。
「はっきりとした理由は、解らない。────恐らくヤコムーンは、『人類を進化させ過ぎない様に、調整している』のだとは思うが……。────娘さんは人の領域を超えた魔法を、あの年で操った逸材だ。────これからも同様の襲撃があるかもしれない。……皆さんの手に余るようでしたら、こちらで引き取っても……」
「あの子を、手放す気はありません!!」
ルドル・ガリュードの提案を、母親のケイティが即座に拒否する。
「申し出は有り難いのですが、あの子は私達の大事な子供です。────できうる限り、自分たちの手で……」
父親のジェフリーもそれに続いた。
「────分かりました。では、彼女の危機に駆けつけられるように、護衛を付けることとします。よろしいですね? ────それと、『天使』の方はそれでいいとして……帝国との関係は────?」
聖ガルドルム帝国は、『ヤコムーン教』を国教としている。
フィリス・ライドロースが神の敵と知られれば、帝国が黙ってはいない。
……。
……暫しの静寂の後、ライドロース辺境伯が重い口を開く。
「決まっておろう。────我らは、フロールス王家の血を受け継ぐ者…………帝国とは、いずれ決別する運命にあった。……ワシの代で、その時が来ただけの事よ」
敵が帝国であろうとも、迎え撃つのみ────
ライドロース辺境伯は、厳かに宣言した。
……。
…………。
四者による協議の結果────
帝国に反旗を翻す覚悟を持ち、力を蓄えつつ、敵の出方を待つ。
ライドロース家の方針が決まった。
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