第11話 戦闘訓練、始めました


 私は六歳になった。

 六歳になった私は、『パンチ』の打ち方を習っている。


 五歳までの私は、貴族の子女としてダンスや刺繍を習ってきたが、それらとは一線を画した習い事だ。




 戦闘訓練────


 私は護身術を身に付けるため、格闘技の訓練を日課に加えた。

 教えてくれるのは、ルドル・ガリュードだった。


 あの男がこの地に滞在していた期間に、私達に練習方法を伝授していった。

 



 ────パンッ、パンッ! パンッパンッ! パンッ、パンッ!!

 

 私がサンドバックを打ち付けと、リズミカルな音が庭に鳴り響く。 



 戦闘訓練は反復練習が大切なので、ルドルが旅に出てこの地を去った後も、こうして繰り返し練習を続けている。


 午前に文字の読み書きや、外国語の勉強、マナーの練習があり、午後からは身体を動かすダンスや戦闘訓練を行う。




 

 訓練は私だけではなく、私付きの専属メイドのセレナと、新しく雇った『ンガ―』ちゃんの三人で行う。

 

 ンガ―ちゃんは、ライドロース城下町の出身の女の子だ。


 私よりも年下で小さな子供だけど、そつなく仕事をこなしている。



 彼女の家系は、代々冒険者をしている一族らしい。

 ンガ―ちゃんのご先祖は、『スベラスト山』に住まう山岳民族なのだそうだ。


 ライドロース家とも昔から懇意にしている家の子なので、お爺様の推薦で私の専属になった。

 





 山岳民族はフェンリルのリンちゃんが住んでいる魔境の入り口の山に暮らしているので、度々見かけている。


 ンガ―ちゃんのご先祖は、六百年前に山を離れ町で暮らし出した。

 その人は村長の家系だったらしく、ンガ―ちゃんも生まれつき魔法が使える。



 彼女の魔力系統は、土属性らしい。

 

 最近、魔法を扱う訓練を始めた。

 土を盛り上げたり、魔法で作った石を飛ばしたりしている。


 ンガ―ちゃんが成長すれば、魔法で土壁を作ったり、岩石を弾丸にして攻撃したり出来るようになるだろう。








 お屋敷の庭に作られた、訓練用のスペースで私達は汗を流している。


 私とセレナとンガ―ちゃんの三人は、お揃いの訓練着を着て、サンドバックを叩いていた。

 

 手には拳を痛めない様に、グローブを付けている。




 砂を詰めた袋を物干しにぶら下げて、グローブで叩く────

 グローブは厚手の手袋を改造して作った。


 この訓練方法やパンチの打ち方は、ルドルから教わったのもだ。


 おそらくは、前世の知識だろう。


 ……。


 あいつは中学の時、剣道部で積極的に部活動に取り組んでいた。

 スポーツが得意系の男子だったから、『あいつ』が『ルドル・ガリュード』なら、こういう知識があっても不思議ではない。


 お兄様も訓練に励んでいたが、鎧を着て走ったり、身体を動かしたりの筋トレがメインだった。


 こういった戦闘訓練は、この世界にはない。


 …………。


 ……。



 やっぱり、ルドル・ガリュードは、前世の知り合い……。

 中学で同級生だった、あの男なのだろう。


 私は確信を深めるが、その辺りを詳しく聞けないのは相変わらずだ。




 あいつには命を助けられたが、赤ん坊の時の事なので、覚えていないことにしている。


 ────込み入った話をするきっかけが無いのよね。







 ……。


 …………。


 私は貴族令嬢として、パーティなどで同世代と交友を深めている。


 男女ともに好意的に接してくれるが、特に男の子の熱意は凄い。



 私の事を『世界一可愛い』と褒めてくれたり──

 将来、『お嫁さんにしてあげる』と言ってくる子が何人もいる。



 確かに──

 生まれ変わった私は、可愛いらしい容姿をしている。


 ……鏡を見る度に、そう思う。



 これは、うぬぼれでは無い。

 周囲の反応や評価も加味した、客観な事実だ。


 自己評価だけではなく、周囲の反応で確固たるものになった。



 ……。


 そうなってくると、『あいつ』が私をどう思っているのかも、気になってくる。



 前世の私には、欠片ほどもなかった乙女心が疼く。


 あの男も──

 求婚してくる男の子たちみたいに、私に気があったりするのかしら……?



 そんなことを考えていると、自然と顔が赤くなる。



「……お嬢様、集中力が乱れています」


 訓練に身が入っていないと、セレナに指摘される。


「うっ! ……ちょっと考え事を────ちゃんと、集中するわ!!」


 ────私は気を引き締めて、訓練を再開した。






 ────パンッ、パンッ! パンッパンッ! パンッ、パンッ!!

 

 サンドバックを打ち付ける、リズミカルな音が庭に鳴り響く。 


 私は両腕を、身体の前で構える。

 ファイティングポーズを取りながら、左腕でジャブを繰り出している。


 素早く、最短距離で、的に向かって拳を打ち込む。

 スピードが何よりも大切なので、力を入れるのは拳が的に当たる一瞬だけだ。



 ジャブは相手との距離を取ったり、測ったり、盾としたり、牽制にも使える。


 基本中の基本のパンチだ。

 何度も繰り返し、体に覚え込ませる。




 パンチの次は、ステップの練習に入る。

 両足を前後に開いて、開いた足の距離を変えない様に前後左右に移動する。

  

 三分もやり続ければ、汗だくになる。

 練習と休憩を繰り返す。


 その後は──

 ステップとジャブを組み合わせた練習をする。

 





 

 私も帝国貴族の一員なので、九歳から中央に赴き、社交を始めなければならないのだが、ライドロース家は辺境伯である。


 帝国の中では、『外様』という位置づけだ。


 中央からは敵視され、帝都で制約を設けられることも多い。


 帝都では護衛の数や武装も制限される。

 そういった制約がある中で、戦力を増強しなければならない。



 そこで『戦力』と見做されない、メイドのセレナやンガ―ちゃん、そして私自身が強くなることで、戦力の底上げを図っている。



 私とセレナとンガ―ちゃんは、休憩を挟みながら──

 日が暮れるまで、訓練を続けた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 フィリス・ライドロースの抹殺は、神託によって、もたらされた神命である。


 教皇からの手紙で、それを知った大司教の動きは早かった。


「神命であれば、神命だと、最初からそう書いておけ!!」



 出世競争でニヤコルムに負け、大司教止まりとなった彼は、教皇に対して良い感情を持ってはいなかった。


 ────しかし、神の命とあらば、話は別である。



 大司教は即座に、司教一名と護衛の神殿騎士十名、それに異端審問官と、それを補佐する拷問官を十名選び、ライドロース領へ向かわせた。


 辺境伯との関係悪化など、思慮の外である。


 ライドロース家の者をことごとく拷問にかけ、フィリス・ライドロースが異端である証拠(証言)を揃え、その上で処刑する手筈を整えた。



 

 大司教に選任された特命チームは、馬車五台を手配してライドロース領を目指した。






 ────そんな彼らを、上空から見下ろす者がいた。


 ズスタロス大山脈で暮らす、氷竜の『フィー』だ。


 氷竜は自分のパートナー、フィリスに対する悪意を、敏感に感じ取った。


 

 フィーは、即座に────

 空の上から魔法で、氷の槍の雨を降らせた。


 数千もの細長いつららのような氷の槍が、神命を遂行する為、特別に編成された拷問部隊に降り注ぐ────



 ドドドドッドドドドドドドドドッッッッッッッ!!!!!!!!

 ドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!

 ドドドドドドッドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!




 フィリス・ライドロースに対し、悪意を持った22名は全滅した。



 氷竜はさらに、彼らの死体を氷漬けにして、跡形も残らない様に粉々に砕く。


 巻き添えになった馬車の残骸も、消え去って残らない────



 無事だった五頭の馬だけが、草原を駆けて、どこかへと消えた。

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