第12話 前世の呪い



 私は七歳になった。


 生まれてから、随分と立つ────

 時が過ぎるのは早いわ。


 美幼女から美少女へと変貌した私は、もう立派なレディと言っても過言ではない。



 

 二か月に一度は、お爺様のお城にお呼ばれする。

 ライドロース領の貴族が集まり、交流を深めるのだ。


 近隣の領主の主催する集まりには、半年に一度の割合で、こちらから出向いて顔を出す。



 

 どの集まりでも、私は注目の的だった。

 当たり前のように、『世界一の美少女』と称される。


 ……。


 『世界一』というのは枕詞として、やや範囲が広いようにも思える。


 世界には多種多様な人種が暮らしていて、美醜の基準や判断もまちまちである。



 だが私は、『世界一の美少女』と賛美されても──

 違和感のない存在なのだ。

 




 ……。


 最近では、それが少し『怖い』ことだと感じる。


 自分が人間という枠から外れた、別の何かのような気がしてきて怖いのだ。



 私が世界一の美少女なのは、単に容姿が美しく、愛らしいからだけではない。


 人にそう思わせる『カリスマ』と呼ぶべきものが、生まれつき、人間の限界を超えて備わっているような……?



 ……。


 私は本当に、人間なのだろうか────?



 そんな考えが頭をよぎる。


 怖くなって、考えるのを止めた。








 この頃になると、求婚の申し出がさらに増えてきた。


 五歳から社交界に顔を出すようになると、同世代の男の子たちから、結婚したいという意思表示を受けた。


 けれど、それはまだ、子供らしい無邪気な申し出だった。


 

 最近ではかなり本格的な、アプローチになっている。


 年上からも求愛されるようになり、その申し出も──  

 『僕のお嫁さんになって』から『私と婚約してください』に変わった。



 勿論、全部、丁重にお断りしている。

 

 貴族同士の結婚は家の都合で決まるのが基本だが、本人同士の意思も加味されることも多い。


 私の場合、親からは何も言われていないので、今の時点で決まった相手はいないと言える。


 もし仮に、私に好きな人が出来れば、その相手との付き合いを両親は許可してくれると思う。



 だが、熱烈に言い寄られても、心がときめく相手はいなかった。


 ならば、焦って誰かと、仲を深める必要はない。






 ……。


 …………。


 男から言い寄られて、『嬉しい』とは思う。


 それは、そうだろう。

 男でも女でも、モテれば嬉しくなる。


 誰だって、そうだと思う。


 そういうものだ。





 沢山の男が、私に夢中になっている。

 ────その状況を『楽しい』と感じてもいる。


 でも、気持ちにブレーキがかかる。

 

 私の心は自分が『モテる』ことに、どこか冷めていた。

 


 素直に今の状況を楽しめないでいる……。


 ────なんでだろう?




 


 私は前世で、あの男に恋心を抱た。

 そして、それに気付いた瞬間に封印した。


 叶うはずなどないと、最初から諦めた。



 相手にされないことなど解っている。



 ────それでも、想っているだけなら自由だ。


 気持ちを封じる必要などない。

 

 叶わなくても、好きな相手を想っていればいい。

 それだけでも、楽しいはずだ。 



 だが、私はそれすら、出来なかった。


 あいつにとって私は、恋愛の対象外だ。

 ……それを、自覚したくなかった。


 私が抱いた『恋心』は、『呪い』でしかなかった。


 だから、封印した。

 心の底に押し込めて、無かったことにした。





 ……。


 …………。

 


 私が今の『男からチヤホヤされる状態』を素直に楽しめないのは、恐らく、前世の影響なのだろう……。



 生まれ変わっても前世を引きずって、人生を楽しめないなんて、自分でも馬鹿だとは思う。


 ────けれど、出来ないものは出来ないのだ。


 そんな訳で、私はどれだけ熱心に言い寄られても、特定の相手と『好い仲』になる気にはなれなかった。


 …………。


 ……。







 私に求婚してきた彼らは、一度お断りをすると、しつこく言い寄ることはしない。

 

 理由は、彼らが貴族だからだ。



 しつこく言い寄る姿はみっともない、という見栄がある。

 だがそれ以上に、この北方地域ではライドロース家が一目置かれていることが大きい。


 親がしつこくしてはいけないと、事前に言い含めているし、それでも諦めの悪い子は親が強制的に引きはがす。




 私は容姿端麗で、優秀な子供だ。

 この辺境伯領の貴族社会では、そう評価されている。


 恐らく、王族から声がかかるだろうと目されているので、この辺りの貴族の親たちは、最初から諦めている節もある。



 中央と地方貴族の関係は、常にギスギスしている。


 だが、敵対一辺倒という訳でもない。


 現在の帝王の正妃は、南方の辺境伯領の出身だ。

 婚姻関係を結び、関係を強化することもある。


 私ならば、王家から声が掛かることもあるだろうと、目されている。




 それでもダメもとで親は子供にチャンスを与えるが、私は首を縦に振ることは無い────


 例え王族から求愛されても、それは変わらないだろう。


 何しろ私は、生まれてすぐに『天使』から襲撃されている存在だ。

 私は『神敵』である。


 ヤコムーン教を国教としている帝国とは、生まれた時から敵対関係にあると言っていい。


 それを考えれば、王族との結婚は避けるべきだ。

 


 ────前世には、『ロミオとジュリエット』という恋のお話があった。

 敵対する二つの勢力に所属している二人が、恋に落ちるお話だ。


 ……でもなあ。

 物語なら、ロマンチックなのかもしれないけれど────

 

 リアルだと、無いわね。


 私はそう思った。





 最近の私は、不安定だ。


 チヤホヤされて嬉しく思う一方で、気持ちにブレーキがかかる。

 心が二つあるようで、もやもやする。


 そんなもやもやを抱えながら、午後の訓練を開始した。



 私は自分の身を、自分で守れるようになりたかった。

 少なくとも、あの『天使』に勝てるくらいの力を付けたい……。



 私はセレナとンガ―ちゃんと一緒に、今日もパンチの練習をする。



 バシィ!! バシィ!! バシィ!! バシィィ! 


 本日の訓練は、ストレートの練習────


 パンチの構えはジャブと一緒、拳を最短距離で目標へと打ち込むのも一緒。────ただ、拳を打ち出すと同時に、足と腰を捻り、重心を下半身から上半身へと移して拳に載せ、威力を出すところが違う。



 パンチを打つコツは力を入れて殴るのではなく、スピードと体の回転で体重を上手く拳に載せることだ。


 右手でパンチを繰り出して、左足を踏み込み体重を乗せて威力を上げる。

 牽制で使うジャブとは違い、パンチの衝撃が標的の身体を突き抜けるように、的の奥を狙って、打つ────


 ドッ!!


 私の拳が、サンドバックにめり込んだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「失敗、だと……」


 聖ガルドルム帝国・帝都ガルドールムの中央神殿で、教皇ニヤコルム・ヤコームル十五世は怒りに震えていた。


「散々待たせておいて、結果が、これか────」


 フィリス・ライドロース討伐の為に向かわせた、特別審問部隊が全滅……。




 特別に組織した異端審問部隊が、いつまで経っても戻ってこなかったそうだ。


 そこで北方管轄教会では、その部隊の足取りを、最初から調べることとなった。



 ────どれだけ調査をしても、審問部隊が、どこで死んだのかも分からない。


 ある村を出発した後に、ぱったりと、彼らの痕跡が途絶えてしまったというのだ。


 



「ええいっ! 田舎の無能者どもめっ!!」


 教皇は机を『どん!』と叩いた後、自身の手駒である『暗部』の者を呼び、フィリス・ライドロース抹殺の任務を与えた。



「最初から、こうしておけば良かったのだ」



 教皇から直々に任務を与えられた『暗部』10名が、帝都から消え、ライドロース領へと向う。


 ────教皇は彼らが任務に失敗する可能性を、露ほども考えなかった。






 魔境スベラスト山脈で暮らすフェンリルの『リン』は、散歩に出かけていた人里の近くで、おかしな気配に遭遇する。


 彼女の主人であるフィリスに対して、殺意を抱いた人間の集団がいたのだ。


 ────リンは困った。



 フェンリルとはいえ、自分はまだ子供で、力も弱い……。


 あの人間達を殲滅することが出来るかどうか、不安に感じたのだ。



 困った彼女は、母親に助けを求めることにした。



「くぅ~ん」


 母親はすぐに、救援に駆けつけてきてくれた。



 そして、人里から移動を開始した十名の人間を一人ずつ、行動不能にしていく。


 人間たちは誰一人、フェンリルの接近に気付かないまま、やられていった。



 行動不能に陥った彼らは────

 魔境に運ばれる。そして、生きたまま木に串刺しにされた。


 人間の匂いに釣られて、魔物が現れる。


 現れた魔物を、フェンリルの親子が仕留めていく……。



 教皇からフィリス・ライドロース抹殺の命を受けた十人の暗部は、魔物をおびき寄せるエサとして使われて、その生涯を閉じた。


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