第27話 悪役令嬢の反省会


 私は失敗した。


 あのいけ好かない小娘に、してやられてしまったのだ。




「ぅぅぅっぅううう、うっ、がぁぁァアアああアアアアアア!!!!!!!」



 ────ガシャ、ガシャ!! パリン!! グシャ!! バゴォオン!!!



 我がホールデン家主催の昼食会を終え、笑顔で来客を見送った私は、それまでのうっ憤を晴らす為に、昼食会に用いたテーブルや椅子、食器などの装飾品を手当たり次第に破壊した。






「はぁはぁ、はぁはぁ……」



 私はひとしきり暴れ終える。

 八つ当たりで物を破壊したことで、多少は留飲が下がった。

 

 ────徐々に、落ち着きを取り戻す。



「落ち着かれましたか、お嬢様────?」


 頃合いを見計らい、執事のベンジャミが声をかけてきた。



「……ええ、けれど────まだ、腹は立っています。……あれは、どういうことですの? ────ベンジャミ」




 今日はあの『身の程知らずの田舎娘』に、制裁を加えてやろうと呼び寄せた。


 本当はあんな奴をこの屋敷に招きたくは無かったが、仕置きする為にやむを得ず呼んだのだ。

 だというのに……。


 なんのダメージも、与えられなかったなんて……。




 これでは、────

 あの小娘に、我が家の豪華な料理を、恵んでやっただけではありませんか。


 あの小娘を油断させるため、今日までに二回も、奴を招待して食事会を開いた。



 狙い通り、あの小娘は油断していた。

 罠が仕掛けられているとも知らずに、今日ものこのこと現れた。


 奴に、毒入りの料理を出す。

 毒は遅効性の少量の物だ。


 あの女の護衛は、毒に気づかない────


 そこまでは、上手く行っていたのだ。



 だが、毒入りの料理を食べても、奴はケロッとしていた。



 






 ────そんな馬鹿な。

 私は焦って、もっと強い毒を入れるように指示を出す。


 けれど、それでも奴は平然としていた。



 ……。


 …………。


 なんで────? 

 どうして────?


 わからない、わからない、わからない、わからない!!!


 私の立てた計画が上手く行かないなんて、私の思い通りにならないなんて、そんなことが、この世にあってはならないのよ!!!!!!!!!!!!!!




 どうして、失敗した?


 何がいけなかった────?


 ひょっとして、我が侯爵家に裏切り者が居たのか?


 …………使用人が、毒を入れなかった?



 ────そうね。


 それ以外に、考えられないわ……。








 私はベンジャミに問い質す。


「裏切り者は、どいつかしら────?」


 八つ裂きにしなければ、気が済まない……。


「お嬢様────裏切り者などは、存在しません。……残念ながらこちらの計画は、敵の護衛に未然に防がれていたのです」




 …………は?


「どうやって……?」


 敵の護衛────?

 あの小娘の護衛は確か……。


 目隠しをした、ヘンテコな不審者よね?


 あんな奴に、そんな芸当が出来るとは思えない……。




「恐らく────あの者は、奇術師でございます」


「奇術師というと、あの大道芸で金を稼ぐ、下賤の者よね。そんな奴が……?」



 私の完璧な計略を無効化するなど、信じられないわ。


「あの目隠しをした奇抜なファッションも、計算し尽くされたものなのです。……手品師とも呼ばれるあの者達は、────例えば、こう、右手に注目を集めて、意図的に死角を作り出し、左手で物を隠すなどします」



 ────ふむ。


「あの変人は目隠しをすることで、『それで、ちゃんと歩けるのか?』と周囲に思わせ、足元に注目させる。あるいは目元や手元に、────そして、意図的に死角を作り出したのね?」


「そして、我々に気付かれぬように、解毒剤をライドロース嬢に飲ませていたのでしょう」



 ……小癪な真似を!!


「では、あの護衛は、こちらが入れた毒の種類を見抜いて────」


「……毒見の時点で、気が付いていたのだと思われます」





 毒が入っていると分かっていたのなら、料理を取り換えるように言えばいいのに、わたくしを苛立たせるために、そんな手間をかけて……。


「許せません! 許せませんわ~~~!!」



 ドガッ!!!


 わたくしは床に転がってた椅子を持ち上げて、それを壁に叩きつけた。


 その反動で、床に尻もちを搗く。



「うぎゃっ!!」


 ────痛いッ!!!



「絶対に、許さない~~~!!!」


 私の叫びが、屋敷に響き渡った。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私は馬車まで辿り着くと、倒れそうになりふらつく。


 外面を取り繕えたのは、ここまでだった。



 ────でもまあ、人目のない場所まで持てば、上出来だろう。



「────よく頑張ったな」


 ルドルがそう言って、私を抱え上げて抱っこしてくれた。

 ……久しぶりの、お姫様抱っこだ。


 馬車の周囲を囲むように、隠蔽魔法を展開してから、私に回復魔法をかけてくれる。

 帝都で魔法を使う場合はこうして、使用がバレない様に細工をする必要がある。



 私はルドルの魔法で、すっかり回復した。


 だが、今日は頑張った。

 もう少し、甘えたい気分だ。



「まだ少し、気分がすぐれないので────このままで……」


 ルドルは私を、抱きしめたまま座る。


 馬車が出発した。




 これで屋敷までは、このままだ。


 ────今日くらいは良いだろう。



 ついでに、情報収集の続きをしておこう。


「ルドル様は、どんな子供だったの───? 将来の夢とか、目標とかはあったのかしら? ────その、好きな人とかは、いたの?」


 私は随分と、踏み込んだ質問をした。



「子供の頃の目標か────ひたすら剣を振って、『最強』を目指していたな。……しかし、好きな人、か────今にして思えば、俺はあの村では最初、孤立していたからな。特に好きな相手はいなかったと思う……気に食わない奴は、いたがな」



 気に食わない相手……か。

 子供の頃からの知り合いだから、幼馴染ということになる。


 ……私の胸の奥が、ざわざわする。




 私はさらに、探りを入れた。


「その、気に食わない方、というのは────?」


「ん? そうだな……奴は俺の事を、一方的にライバル視していたな。だが、実力は俺の足元にも及ばなかった。────それが気に食わなかったのだろう。事ある毎に、俺に突っ掛かってくるような、────まあ、煩わしい奴だったよ」



 『煩わしい奴』、そんな風に言っているけれど────

 私は見逃さなかった。


 常に淡々としているこいつが、少しだけ……。


 ほんの少しだけ、嬉しそうだった。





「その方は……今どこに居るの?」


「もう──とっくに死んでいる」



 ……聞くべきでは無かった。


 『煩わしい奴だったよ』

 こいつは過去形で、そう言っていたのに────

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