第28話 十歳の誕生日
「そ、そう、……ごめんなさい、辛い話をさせてしまいました」
私が謝罪すると、ルドルは──
「…………? 気にすることは無い、人は誰でも死ぬ。────俺はあいつらの事を誰かに話せて良かったと思ているし、あいつらも自分の事を聞いて貰えて、嬉しかったと思うぞ」
気にしなくていい、と言ってくれた。
その口ぶりから、どうやら怒ってはいないようだった。
私はホッとすると同時に、一向に治まらない、胸のもやもやに困惑している。
死んでしまった、幼馴染か────
こいつはきっと、今でもその人の事を…………。
その日、私は──
正体不明の切なさを抱えたまま、眠りについた。
翌日……。
私は前日の失敗を引きずり、午前中のダンスの稽古で失敗を繰り返してしまった。
「集中力が散漫になっていますね……。お嬢様────」
ダンスの稽古で、私の相手役を務めているのはセレナだ。
彼女から叱られてしまった。
「ごめんなさい、セレナ……寝不足かしら? 昨日盛られた毒は、ルドル様に解毒して貰ったし、残ってはいないと思うのだけれど、────集中するわ。もう一度、最初から……」
私は謝罪して、練習を再開しようとする。
だが、────
「いけません、お嬢様! 睡眠不足は美容の敵です。────今日の練習はこのくらいにして、午後はお昼寝にしましょう」
ダンスの失敗をホールデン家で盛られた毒のせいにすると、セレナは慌てて休憩を提案してきた。
セレナは厳しいが、優しい。
────そして、私に甘いのだ。
今日の私は、その優しさに甘えたい気分だった。
今日の午後は、訓練も中止となった。
私はセレナと一緒に、昼寝をする。
…………。
……目を覚ますと、隣でセレナが眠っている。
その寝顔を見ていたら、元気が出てきた。
私が気落ちしていると、心配してくれる人がいる。
誰からも好かれなかった前世とは大違いだ。
そんなこんなで月日は流れ────
私達が帝都で暮らし始めて、もう一年が経過しようとしている。
私は十歳になった。
赤ん坊のころと比べたら、もう立派なレディだわ。
今年の誕生日パーティーは、大々的に行われている。
小さな領地の辺境伯の娘のパーティなので、大貴族のように豪華ではないが、それでも十歳という節目のお祝いということもあり、いつもよりも豪勢だった。
招待客は、私が選んだ。
同じ北方出身の同郷や、辺境を領地に持つ良好な関係の相手に限定した。
……今日くらいは政治を抜きに、純粋にお祝いする会にしたかった。
誕生パーティは格上の貴族を招待する絶好の機会なので、政治利用する人は多いけれど、私は前世で誰からも祝われなかった反動からか、純粋にお祝いされるパーティーを体験したかったのだ。
────今日くらい良いわよね。
そう思っていた。
いたの、だが……。
なぜだか帝国の第三王子のヤコマーダが、呼んでもいないのに現れた。
────招待状は送っていない。
私はさり気無く、セレナとジャックをチラッと見て確認するが、二人とも首を振る。やっぱり送ってないわよね。
どこからか嗅ぎつけて、やってきたようだ。
追い返したいが、相手は帝国の王子だ。
そんな訳にはいかない。
……。
……仕方ない。
邪魔だけれど、歓迎するふりをして迎え入れた。
内心では『呼んでもいないのに、来ないで頂けませんか?』と思っていたが、それを微塵も表に出さずに、サプライズ登場した王子に驚き、嬉しがる演技で王子を歓待した。
誕生日パーティーでこんな気を使いたくなかったけれど、このくらいなら、まあいいか────
王子の相手は、私が務めなければいけない。
なるべく早く、お帰り頂いて仕切り直そう。
私が気を取り直して、そんな算段をしていると、玄関で騒ぎが起こった。
「ここを通しなさいっ! 私を誰だと思っているのっ!! ここにヤコマーダ王子が来ているのは分かっています。────あの小娘が、人の婚約者を奪い取ろうと、画策したのでしょう。……身の程を弁えず、こんな粗末な屋敷に王族を呼ぶなど、恥を知りなさい!!!」
金切り声が、響いて来る。
大声でミルフェラ・ホールデンが、喚いているのだ。
私の隣に居たヤコマーダが、慌てて奴の所に行って諫めようとするが、火に油を注いだだけだった。
ミルフェラは『これは浮気だ!!』とか、『あの小娘を火炙りにしてやる!!』とか言って、大騒ぎしている。
……あぁ。
私が行って、この騒ぎを収めないといけないのよね。
相手は王族に、侯爵令嬢……。
────面倒だわ。
痴話げんかなら、外でやりなさいよ。もうっ!
もうあの二人のことは放っておいて、パーティーを楽しみたいと思うけれど、そうもいかないのよねぇ。
どうやって、あの二人を追い返そうかしら?
思案する私の元に、目を輝かせたラシェールがやって来た。
「フィリス様! 三角関係のもつれですのね。────早くあの女から、王子を奪って来てくださいませ!!」
楽しそうに、不穏な提案をしてくる。
「────残念だけれど、私はあの王子様に、何の興味もないのよね」
本心を打ち明ける。
すると、ラシェールは大広間の入り口で、罵り合う男女を見ながら──
「……お気の毒ですわね」
と呟いた。
「同情するなら────せっかくのお祝いを台無しにされた、私を慰めてよ」
私は砕けた言葉遣いで拗ねる。
ラシェールは私の手を両手で取り、『わたくしが、お祝いしておりますわ』と言ってから、抱きしめてくれた。
────女同士の友情も、良いものね。
私はラシェールに感謝しながら、ヤコマーダとミルフェラを見る。
水でもかけてやれば、大人しくなるだろうが……。
相手が相手だけに、そんなことをする訳にもいかない。
強硬手段は使えない。
……どうにも出来ないわよね。
私はあの二人を完全に無視して、放置することにした。
招待客は大声で喧嘩を続ける二人を、苦笑いを浮かべて見ていたが、私があの二人を無視してあいさつ回りをすると、次第に皆、気にしなくなった。
正規の招待客に挨拶して回り、お祝いの言葉を受ける。
────あれはもう、出し物の一種というか、見世物として捉えて貰えばいい。
せっかくの料理が冷めるといけない、頂きましょう。
この日の料理には、毒は入っていない。
私は美味しい料理を味わいながら、皆に祝福される誕生日を過ごした。
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