第26話 毒見
私はホールデン家にお呼ばれして、昼食会に参加している。
「毒が仕込んであったが、どうする────?」
裏で料理の毒見をしたルドルが、私に尋ねる。
……。
何か仕掛けてくると思っていたけれど、いきなり毒ですか……?
ミルフェラ・ホールデンは、もう敵意を隠す気もないようだ。
「……どの程度の毒ですか?」
「────遅効性の毒が少量、気分が悪くなり、眩暈がする程度だ」
私達は小声で情報共有を行う。
……。
…………。
私は少し考えてから、対処方針を決める。
「それくらいなら騒ぎ立てることもないでしょう。気付かない振りで……」
昼食会に参加しているのは、ミルフェラの派閥の令嬢たちだ。
文字通り、ここは彼女のホーム。
────私の味方は一人もいない。
少量の毒で騒ぎ立てれば、相手の思うつぼになる。
銀食器に変化はない。
銀に反応しないタイプの毒薬での攻撃────
毒の混入を立証できなければ、何もないのに騒ぎ立てて、昼食会を台無しにしたと、こちらが責められる。
────少量の遅効性の毒なら、ミルフェラが食して自身の潔白を証明することが出来る。解毒剤を同時に服用すれば、毒で苦しむこともない。
……まったく、手の込んだ嫌がらせをしてくれるわね。
暇なのかしら────?
私はそんなことを思いながら、食事に手を付ける。
毒入りと知っていても、普段通りに────
顔色一つ変えずに、笑顔を崩さずに食べ切った。
少しだが気分が悪くなり、眩暈がする。
けれど私は、体調の悪化を表には出さない。
私がこの場で、そんな失態を演じれば、周囲のご令嬢たちはこぞって私を非難するだろう。
敵の弱みに付け込むのは、戦術の基本である。
私の具合が悪いと見れば、心配するふりをして、優雅に追い打ちをかけてくる。
私は九歳で、周りのご令嬢も同年代の女の子たちなのだが……。
綺麗なドレスと装飾品で着飾ってはいるが────
この場にいる全員、魑魅魍魎の類なのだ。
……私も含めて。
私は敵の毒で体調に異変を感じたが、その異変もすぐに収まる。
毒に対する耐性は、昔から付けてきた。
特に銀食器に反応しないタイプの毒は要注意なので、社交教育の一環として、徐々に体を慣らしてきているのだ。
それに私は、毒に強い体質だった。
人よりも効きが薄いし、耐性の付くのも早い────
生まれ変わった私の身体は、そんな所まで優秀だった。
────私が何事もないかのように平然としているので、ミルフェラの機嫌が悪くなっていく。
隣に居た執事に、何かを命じた。
……。
……また何か、仕掛けてくるわね。
私は顔に出さない様に気を付けながら、うんざりした。
────やれやれだわ。
ルドルが私から離れて、食堂へと移動する。
他のご令嬢の護衛も、同じく食堂へと向かった。
帝国の貴族社会では、護衛が先に料理を食べて毒見をする。
────要人の毒殺は、昔からよく行われてきた。
毒に対する対策も、長年、積み重ねられている。
その一方で、毒も改良を重ねられてきた。
いたちごっこだ。
毒殺を完全に防ぐことは難しい。
その為、『毒見』というのも、護衛の重要な仕事になっている。
私に出される料理の毒見を終えたルドルが、料理と共に私の元に戻る。
小声で私に、結果を伝えた。
「今度の毒は、致死量を超えたものだ……」
────あら、まあ。
私が平然としていたのが、気に食わなかったのだろう。
今度は、問答無用で殺しに来た。
……沸点が低いわね。
なんて、短絡的なのかしら。
私は呆れながら、どうしたものかと悩む。
恐らくミルフェラの狙いは、毒見役のルドルを殺す事だったのだろう。
護衛を殺すことで、私にプレッシャーと、痛手を与えたかったのだ。
毒見役の護衛が死ねば、ホールデン家が毒を盛ったと非難される。
だが、この場ではそうはならない。
ライドロース家の護衛が、『急病』で急死した出来事として処理される。
この場の、私以外の全員が、それを支持する。
ミルフェラが責められることは無い。
逆に、連れて来た護衛が急死したせいで、ホールデン家に迷惑をかけたと、私が攻められることになる。
その場合、被害者であるはずの私がミルフェラに頭を下げて、謝罪しなければならなくなる。
それが、貴族としての生き方だ。
『正しさ』というのは、力があってこそ保護される。
ライドロース家とホールデン家の力関係は、歴然としている。
さらにここは敵地、周りは敵だらけの状況だ。
圧倒的に、向こうの方が強い。
力が無ければ、正しさなど意味をなさない。
力こそが正義と言わんばかりに、ミルフェラは致死性の毒を盛ってきた。
だが、私の毒見役のルドルは、死ななかった。
────平然としている。
ミルフェラにとっては、想定外でしょうね。
この男は規格外の化け物なので、この程度の毒は効かないのだ。
毒見役が死ななかったので、毒入りの料理が、私の前に並んでいる。
…………。
……。
毒を盛られたと騒ぎ立てても、こちらが不利────
だったら……。
私は毒入りの料理を、頂くことにした。
あいつほどではないが、私も毒にかなり耐性がある。
それに────
いざとなれば、ルドルの回復魔法という保険もある。
私は優雅に食事を切り分けて、口へと運ぶ。
ルドルがニヤリと笑い、『鍛錬を選んだか────』と呟いた。
……いや、私は毒の耐性を上げたくて、食べるんじゃないのよ?
誤解を解くのは面倒なので、護衛の勘違いは放っておいて、そのまま食べる。
先ほどの少量の毒とは違い、今回の毒はきつかった。
身体にかなりの異変を生じさせる。
────でも、私はそれを、決して表には出さない。
食事を食べ終え、笑顔を振りまく。
世界一の美少女の、世界一の笑顔だ。
それを見たご令嬢の何人かは、うっとりとしている。
私の笑顔は同姓であろうと、お構いなしに虜にしてしまう。
……。
致死性の毒に耐え抜いて、敵をも魅了する。
────私もまた、化け物なのよね。
自嘲するように、そう思う。
ミルフェラだけが悔しそうな顔で、私を睨みつけていた。
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