第30話 大貴族のお宅訪問


 ホールデン家で開催されている、パーティーに出席した。

 まずは、主催者のホールデン侯爵と、挨拶を交わす。


「────君が噂のフィリス嬢か、なるほど、殿下を骨抜きにしたのも頷ける美しさだ。……娘からも色々と話を聞いているよ。────色々とね。まあ、今後も仲良くしてくれたまえ」



 ────嫌です。


 とも言えないので、無難な答えを返しておいた。


 それに私が『骨抜きにした』のではなくて、向こうが勝手にまとわり付いて来ているだけなのだが、それも言わないでおいく……。



 ホールデン伯爵は多少厭味ったらしいが、娘と違い敵意丸出しではない。

 だが、私の味方の訳がない。



 ここは敵地だ。


 相手に、付け入る隙を見せるのは愚策────

 私は無難にやり過ごす。



「そういえば、今日の護衛は、いつもの奇術師では無いのだな……」


 ……?

 いつもの護衛と言えばルドルの事だろうが、奇術師────?


 馬鹿みたいな目隠ししているから、そんな風に思われていたんだ。



 まあいい、適当に合わせておこう。


「ええ、彼には別の仕事を任せておりますので、今日の護衛は代理の者です」



 私がそう答えると──

 ホールデン侯爵は内心を抑えきれずに、にんまりと笑った。


 ……。

 

 ……やっぱり何か、企んでいるようね。


 もうちょっと、隠す努力をしなさいよ。────と思ったが、帝国の大貴族のこの男に、腹芸は必要ないのだろう。


 なんか、油断と隙が多いのよね。この人……。


 ────大丈夫かしら?




 私の護衛があの男ではないと知って喜んでいるということは、何か仕掛けてくる気でいるのだろう。


 それはいつもの事だけど、未熟な娘ではなく、侯爵が仕掛けてくるとすれば、厄介かもしれない……。


 どんな攻撃かしら────?





 まあ、どんな罠が張ってあっても、切り抜ける自信はある。

 


 代理と言っても、ジャックだってかなり強い。


 それになにより────

 姿を隠しているが、私には風の妖精の『ベル』が付いている。


 ルドルが私の元を離れる時には、常にこの子が護衛してくれているのだ。

 


 『私の警護は万全ですのよ。お生憎さま!』と言ってやりたかったが、言わないでおく。


 わざわざ敵に、そんなことを教えてあげる義理は無い。







 パーティーは立食形式の親睦会だ。


 好きな料理を頂きながら、出席者と自由に会話を楽しむ。

 これだと毒は混入しにくい。


 ────毒殺は無いわね。

 


 ホールデン侯爵主催のパーティーだけあって、高位貴族の出席者が多い。

 初めて会う人物も、かなりいた。


 私は私で、このパーティーを利用させて貰おう。




 しばらく、料理を食べながら談笑していたが、会場に楽団が登場し音楽を奏で始めた。

 侯爵家が用意したオーケストラなだけあって、見事な演奏だった。


 曲が終わると、会場が拍手に包まれる。




 ホールデン侯爵が舞台に上がり、屋敷に展示してある美術品をアピールする。


 パーティ会場の大広間から、ぐるっと一周するように屋敷を回ることが出来るらしい。────廊下には絵画や彫刻など、美術品が展示してあるので、招待客に見て回るように促していた。


 楽団の演奏が再開される。


 ここで美食と音楽を楽しむのも良し、美術品を見て回るのも良し────



 様々な芸術を堪能する。


 今日のパーティーは、そんな趣向の様だ。



 流石は長い歴史を持つ、帝国の大貴族だ。 

 ライドロース家が真似したくても、真似のできない豪華さだわ。


 そこら辺に無造作に飾られている美術品一つで、ライドロース家のお屋敷と同じくらいの邸宅が、丸々一つ買えてしまう。



 ────財力では、到底敵わないわね。

 私は料理を食べながら、そんなことを思った。



 私の元にホールデン侯爵がやって来て、ぜひ美術品を鑑賞して貰いたいとアピールしてきた。


 パーティーの主催者に促されては、行かない訳にはいかない……。



 何らかの罠があるとは知りつつも、私はジャックとベルを伴い、美術品の鑑賞に向かう。パーティー会場の左奥の扉から出て、廊下を進む。



 廊下の所々に、ホールデン家の使用人が立っている。

 何人かの招待客も美術品を見て回っている。


 展示品の飾られた廊下は、一本道なので迷うことは無いだろう。


 




 私は絵画や彫刻、そして途中から庭園に入り、先へと進む。


「この庭園も、見事ね……」


 例え敵であろうとも、褒めるべきところは素直に褒める。



 私は庭の美しさを称賛する。


 その直後、ジャックが険しい声で────



「────お嬢様!」


 警戒を促してきた。

 私も少し遅れて、『それ』に気付く。


 庭園に潜む何者かの、押し殺した殺気……。

 殺気には気付いたけれど、敵の位置までは解からない。



 私を敵から守るように、ジャックが移動する。


 でもジャックは丸腰なのよね。


 大丈夫かしら────?




 私が心配していると


 『……大丈夫よ。任せておきなさい』


 風の乗って、ベルの声が耳に届く。



 ────ヒュッ!!


 庭園に潜む何者かが、私に向かって投げつけたナイフが、『二本』途中で掻き消える。


「あら? ……二人いたのね」



 一本目には気付けた。

 けれど、別方向からのもう一本は、想定外だったわ。



「申し訳ございません、お嬢様。────私もあちらに気を取られ、もう一人を見逃しておりました」


 私だけでなく、ジャックも気付かなかったようだ。


 『二人とも、まだまだね。────精進しなさい!』


 ベルが偉そうに説教してくる。

 『襲撃者の二人は、もう捉えておいたわ』


 いつの間に……。

 流石は、風の妖精だ。


 仕事が早い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る