第23話 目隠し
社交界に、『世界一の美少女』と称される女が現れたらしい。
北方の辺境伯、ライドロース家の娘────
九歳になった今年から、帝都にやって来たそうだ。
……フンッ!
────随分と、大仰なキャッチコピーで売り出すじゃないか。
どうせ、ライドロースが娘を華々しくデビューさせ、高く売る為の仕込みで流した噂だろう────。
田舎貴族が考えそうな、小狡い策だ。
その娘の噂を聞いた時に、俺はそう思った。
……。
…………面白い。
ひとつ、俺がダンスパーティにでも誘って、その田舎娘の化けの皮を剥いでやろう────。
面白半分にそう思い、俺はそいつに招待状を送った。
田舎者の策略に乗ってやる。
ただし、手ひどく返り討ちにしてくれるがな!!
────容赦はしない。
そう思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私達はこれから、帝国の第三王子『ヤコマーダ・ガルドルム』が主催する、ダンスパーティへと赴くところだ。
今日のパーティーは王子と同世代の者が集められた、子供の社交になる。
私はこの日の為に、新調したドレスで着飾っていた。
初めて会うことになる上級貴族の子弟も多いので、ちょっと気合を入れておめかししている。
護衛として同行するルドル・ガリュードは、正装を着て私を迎えに来た。
だが何故か、布で目隠しをしている。
……?
何のつもりかしら────?
「あの、ルドル様────その、目隠しの布は……何ですか?」
疑問に思った私は、そう問いかける。
「……ああ、これか? これはな、キャラ付けだ。────強いキャラクターというのは、こうして『目隠し』をしている奴が多いんだ。口元を隠している奴も多いんだが、俺の場合はこっちだろう」
……。
……キャラ付け。
馬鹿なんじゃないの────?
────コイツ?
「キャー! おじさま、格好いいですわ!!」
ラシェールが無責任に、褒めそやす。
────ちょ、待ちなさいッ!!
あんたはお留守番だからいいでしょうけど、私これから、コイツと一緒に出掛けるのよ。
「……格好いい、か────俺としては、自分の強さをアピールしたかったんだがな」
「ええっと、とても────強そうに見えますわ。……ですが、それでは前が見えないでしょう? 護衛任務に、差支えが……」
私は何とか、軌道修正を促す。
「心配ない。俺くらいになると、目を塞いでも、気配で状況を完璧に把握できる。それよりも、『強そうに見える』ということが、何よりも大事なんだ」
────強そうでは無く、馬鹿そうに見えます。
私はそう言いかけたが、ギリギリで踏みとどまる。
機嫌の良さそうなこの男に、無粋なツッコミをするのも野暮よね。
ここでへそを曲げられては堪らない。
私は渋々、コイツの『へんてこ』なファッションを受け入れた。
私達は馬車に乗り込み、ダンスパーティの会場へと向かう。
馬車の中は、私とルドルの二人きりだ。
御者は専属執事のジャックが務める。
ダンスパーティの会場は、第三王子の住む私邸だ。
広大な領土を有する帝国の王子だけあって、デカい屋敷に住んでいる。
私達は屋敷の入り口で馬車から降りて、邸宅の中に入る。
会場は一階の、大広間になる。
そこまで使用人に案内されて移動した。
ライドロース家は、中央から敵視されている辺境伯だ。
連れて歩ける護衛は一人までと、厳しく制限されている。
しかも護衛は、刃物の所持を禁止されている。
ルドルは白い棒を腰の後ろに差して、私の護衛に当たる。
私達が会場に入ると、ざわめきが起こる。
────そうよね。
こいつの奇怪な格好を見れば、ザワつきもするわ。
最初はそう思ったのだけれど、どうも違うらしい。
注目されていたのは、私だった。
私の周りに、男が群がってくる。
会場にいた同世代の男たちが、次々に声をかけてきた。
知り合いは────
「久しぶりですね。フィリス様」
と言い、私との関係を周囲にアピールする。
初めてあった人は、私の手を取り────
「初めまして、お名前を窺っても宜しいでしょうか?」
と言って自己紹介をしながら、アプローチを開始する。
どうやら、声をかける順番には暗黙の了解があるらしく、その場で一番地位の高い家の子供から話しかけてくる。
ルドルは私から離れ、壁際に立っている。
護衛の待機場所で、私を見守っている。
他の家の護衛も、そこに集まるように立っている。
周りの他の家の護衛達から、『────なんだ、こいつは?』みたいな目で、チラチラと見られている。
あいつは注目されて、ちょっと得意げだ。
いや……。
奇異な目で見られているんだって…………。
私は男の子たちのアプローチを笑顔で受け流しながら、あの目隠しをどうやって止めさせるか、頭を悩ませていた。
そこに────
「道を開けろ!!」
という大音声が、響き渡る。
私の周囲の男の子たちが、退き、道が出来る。
その先には、一人の男の子がいた。
そいつはまっすぐに、私の元へと歩いてきた。
そして、たどたどしく自己紹介をしてから、私の手を取り──
真っ赤な顔で、私をダンスに誘う。
男の子は帝国の第三王子、ヤコマーダ・ガルドルムだった。
私はヤコマーダ王子と、二曲続けてダンスを踊る。
三曲目も、私と踊ろうとする王子の誘いを、やんわりと断る。
王子から離れた私を、男の子たちが再び取り囲む。
その後は二人と踊った後で、壁際へと移動する。
「────大変だったわね」
声をかけてきたのは、『マーガレット・ネコルス』という名の令嬢だった。
最近仲良くなった、南方の辺境伯の娘だ。
「ええ、踊っている時からずっと、私を見ている方がいて……。あの、眼鏡の……」
正確には、第三王子が私に近づいた辺りから────
殺意の籠った目で、私を睨み続けている少女がいた。
彼女の情報を、マーガレットに求める。
「あの子は、『ミルフェラ・ホールデン』────ホールデン侯爵家のご令嬢で、ヤコマーダ王子の婚約者よ」
ああ、なんだか──
ややこしいことに、なりそうだわ。
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