第24話 少し先の、未来の話


「────来客? 急だな……」

 


 その日の朝、俺との面会を求めた打診が入る。

 緊急の要件らしい────


「相手が相手だ。まあ、会ってやるか……」


 

 俺は社交とダンスの練習を終えてから、空き時間に来客の応対をした。

 

 相手は『ビッフェル・レドモンド』伯爵。

 政治力のある高位貴族で、宰相候補の一人と目されている人物だ。



 王子の俺に会いに来たということは、取り入って自分の権勢を高めようという腹積もりか────

 

 恐らく、それ相応の土産を持って来たのだろう。


 奴の差し出す『土産』次第だが……。

 将来、味方をしてやってもいい人材だ。


 こちらとしても、有能な味方は多い方が良い。

 

 俺はレドモンド伯爵の待つ、応接室へと向かった。






 俺とレドモンド伯爵は、一通り挨拶を交わし合う。

 それからすぐに、本題に入った。


 レドモンド伯爵は、無駄を嫌う性格の様だ。


 ────気に入った。

 俺も相手に合わせて、すぐに用件を尋ねる。



「それで、話というのは────?」


「実は、荒事を専門にしている組織の一つが、何者かに壊滅させられていたのを確認いたしました────」

 

 レドモンドはどうも、きな臭い話を持ってきたようだ。



「────ほう、それで?」


 俺は、先を促す。


「何があったのか気になり、その組織の拠点を部下に探らせました。────組織の構成員は全て始末されておりましたが、いくつかの興味深い書類が残されておりました」


「────書類?」


「……彼らも、自分たちが攻撃され、壊滅することが起こりうると、思っていなかったでしょう。────依頼主とのやり取り、手付金、成功報酬などの取り決めが書かれた書類が、破棄されずにそのまま……」


 ……ふむ。


 荒事を請け負うにしても、口約束だけという訳にはいかないのだろう。

 犯罪組織も利用された後に、切り捨てられては堪らない。


 そうならない様に、ある程度、依頼主との取り決めは残す訳だ。


 そういった証拠を、この男が手に入れたのだから、それを最大限に政治利用するだろう。



 ……。


 ……ということは、犯罪組織のターゲットは、俺の関係者か?


「────で? その内容は……?」


 俺としても、続きが気になる。

 レドモンドは、勿体つけずに情報を開示する。


「依頼内容は、フィリス・ライドロースの殺害……報酬は手付で金貨500枚、成功報酬で金貨2000枚と書かれておりました。────依頼主はホールデン家のご令嬢、ミルフェラ・ホールデン様でございます」


 ……は?


「なん、だと……?」


 





 ミルフェラは、俺の婚約者だ。


 あいつとの結婚は、親同士が決めた。


 ────俺はあまり乗り気ではなかったが、奴との婚約は帝国の政治を安定させるためだ。

 そういった消極的な理由からだが、婚約は受け入れている。



 そのミルフェラが、暗殺依頼……。


 しかも相手は────



「ミルフェラ嬢はヤコマーダ様のお気に入りを、殺そうとなさっていた訳ですな」


 レドモンドが、訳知り顔でそんなことを言う。


「……俺が彼女を、特別に想っていることを、────なぜ、知っている?」


「────フィリス嬢の誕生日パーティの件は、有名でございますから……」 


 ……。


 …………。


「……そうか」



 俺は別に、彼女とどうこうなりたいとは思っていない。

 ただ、親の決めた結婚までは、自由に生きたいと思っていただけだ。


 だがそれが、彼女を危険に晒す事になるとは……。


「────情報、感謝する。レドモンド伯爵。────それで、頼みがあるのだが…………」


 俺はレドモンド伯爵に、協力を依頼した。


「ええ勿論、協力させて頂きます。────ヤコマーダ様……」 


 レドモンド伯爵と共に、俺は計画の準備を進める。



 決行は、一か月後────

 王宮の大広間で開かれる、俺の誕生パーティーだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 私達が帝都に移住して、六か月が経過した。


 私はドレス姿で、鏡の前に立つ────


 

 本当に、綺麗だわ。

 生まれ変わった私は、世界一の美少女と言っても過言ではない容姿に成長した。


 前世の顔は、もう正確に思い出せない。

 鏡を見るのが嫌いで、あまり見なかったから……。


 前世で不細工だった私が、世界一の美少女に転生するだなんて……。



 ────私はふと、あの童話を思い出す。

 

 まるで、『醜いアヒルの子』みたいだわ。


 

 ……。


 あの話は、どんなだったかしら?


 …………。


 『みにくい』ことを理由に、イジメられ群れを追い出された主人公が、実は白鳥だった。────美しく成長した主人公は、白鳥の群れに迎え入れられて終る。



 確か、そんな物語だったはずだ。



 そう────


 分かっている物語の筋書きは、そこまでだ……。




 ……。


 では、この『私の物語』は……?


 これから、一体どうなるのかしら────? 




 良くない未来が、待ち構えている様な────


 私は突然、そんな不安に駆られた。


 きっとこれから、ホールデン家に行かなければならないからだろう。


 ────ちょっとネガティブになっていた。

 






 私はこれから、ホールデン家に赴く。

 ホールデン侯爵家にお呼ばれするのは、これで三度目だ。


 私の事を敵視する、ミルフェラ・ホールデン。


 彼女はやたらと、私に絡んでくる。

 今日は彼女の主催する昼食会────


 ミルフェラの誘いに応じたくはないが、相手は中央で力を持つホールデン家のご令嬢だ。

 ────誘われれば、行かない訳にはいかない。


 

 

 私は目隠しをしたルドルと共に、馬車に乗る。

 こいつのヘンテコな格好を見たら、憂鬱な気分が少し晴れた。


 どんな未来が待っていても、この男が側にいればきっと大丈夫────


 私はちょっと、気分が楽になった。



 ホールデン家に向かい、馬車が動き出す。


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