第19話 色仕掛けをやってみた


 ルドルとラシェールがこの城に滞在して、半月が経過した。


 褐色少女の『ドヤコちゃん』が、正式にライドロース家のメイドとなり、ンガ―ちゃんと共に、私の専属になった。


 この日も、午後から、私達は戦闘訓練に精を出す。 


 人数も増えたので、二人ずつペアを組んでスパーリングを行っている。


 今日のスパーリングのパートナーはドヤコちゃんだ。

 彼女を相手に、一通り蹴りの練習をする。






 私の練習相手のドヤコちゃんは、私より年下で、背も小さい。

 褐色が眩しい、美幼女である。


 彼女は私達の暮らす『フォーン大陸』の南にある、『サルーグス大陸』出身ので身寄りがなかったので、あの男が引き取って商隊で育てていた。



 彼女が赤ん坊の頃────


 ドヤコちゃんの部族が、周辺部族と抗争状態になり、殺し合いが起こった。


 部族同士の戦いは、相手を殲滅するまで終わらない。 

 負けた側のドヤコちゃんの部族は、皆殺しになる。



 廃墟と化した村の、近くの森の中に隠され、一人生き残った赤ん坊のドヤコちゃん。

 そんな彼女を見つけたルドルが、育てることになった。


 森の中で泣きもせずドヤ顔でふんぞり返り、ふてぶてしくしていたので、ドヤコという名を付けたそうだ。






 ドヤコちゃんがミットを構えて、私の攻撃を待ち構えている。


 私が練習しているのは、相手の腹部を狙い足の裏で攻撃する前蹴り。



 敵がこちらを攻撃しようと、距離を詰めるタイミングで繰り出すのが最も効果的な蹴り技だ。



 ────他の蹴りでも言えることだが、相手との距離を取ったり、相手の動きを制限したい時などに牽制として使う。

 牽制ではなく攻撃を当てる場合は、相手の意表を突くことが大事になる。




 次に練習するのは、相手の太ももから顔面までを狙える膝蹴り────

 そして、ジャンプしながら攻撃を加える飛び膝蹴り……。


 私は敵の意表を突く、飛び膝蹴りが好きだ。



 最後に、軸足を深く沈めながら、回転し、足を振り上げて敵の頭部を狙う、後ろ回し蹴り……。切れのある回転で、優美に力強く攻撃できる。






 戦闘訓練を始めてから、二年以上になる。


 様々なパンチとキックの練習を繰り返してきた。



 ────結構、様になって来たわね。

 私がそう思って、『むふふん』とニヤつく、すると……。




 パシィィイイイイイインン!!!!!!!!


 あの男にお尻を、引っ叩かれた。



「んぎぃいぃいいいいいぃぃぃぃ!!!!!!」


 ものすっごく、痛いわ────



「酷いです! ルドル様……」


 私が涙目で抗議すると──


「────調子に乗るな。それと、修行中は師匠と呼べ」



 と言って、怒られた。


 この男は戦闘訓練になると、途端に厳しくなる。





 

 

「────お嬢様は筋が良いですね。すぐに強くなれますよ!!」


 ルドルに怒られてしょんぼりしていた私を、ドヤコちゃんが励ましてくれる。


 ────まあ! 

 なんて、いい子なのかしら。


 後でお菓子を上げましょう。



「────そうかしら? 自分ではよく分からないけれど、……えっと、師匠から見て、どうですか?」


 訓練を見てくれているあいつに、聞いてみた。


 さっき『俺の事は、師匠と呼べ』と言われているので、その通りに呼んでやる。




「……上達は早い。才能もある。────だが、自惚れるな。才能に頼らずに、何度も同じ動作を繰り返し、身体に覚え込ませろ。────気を抜けば、また、ケツを引っ叩くからな」


 師匠なだけあって、褒めるよりも小言が多い……。

 私は褒められて伸びるタイプなのだから、もっと褒めて欲しいのに……。



「根を詰めすぎるのも良くありません。そろそろ休憩にしましょう」


 筆頭メイドのセレナが、私の体調を気遣って、休憩を提案してくれた。

 ルドルも『そうだな』と同意し、休憩になった。



「────フィリスお嬢様、お水です……」


 ンガ―ちゃんが、水筒に入った水を手渡してくれる。

 お嬢様の休憩と言えばお茶なのだけれど、ティーカップ一杯のお茶じゃあ全然足りない。


 これだけ運動して汗をかいた後だと、水分を大量に摂取したい。


 優雅にお淑やかになんて、飲んでいられないのよ。

 




「ありがとう、ンガ―ちゃん」


「……んがー」



 私は受け取った水筒の水を、一気に飲み干す。


 お嬢様としては『はしたない』行為だけれど、トレーニング中はセレナもうるさく言わない────


 水分補給は大事なのだ。



 

 格好も動きやすいように薄着だし、髪もポニーテールで雑にまとめている。

 ────そして、汗だくだ。


 前世の私の乏しい『異性に関する知識』によれば、殿方は女性のこういう格好が好きらしい────



 …………。


 ……。


「……ねえ、ルドル様……私って、綺麗────?」


 小首をかしげながら、聞いてみた。


「まあ! 大胆なアプローチですわ!!」


 ラシェールが目を輝かせながら、興奮している。

 恋バナとか好きなんだろう。



 ……。


 …………。


 私はこの男と『手を組もう』と思っている。

 世界一可愛いと評判のこの美貌で、惹き付けておく必要があるのだ。


 これは、恋とかではない。


 言うなれば、戦略的色仕掛け……。

 高度な外交戦術である。



 私の問いに、ルドルは────


「ああ、綺麗だと思うぞ」


 ストレートに褒めてくれた。



 う~ん。

 ……ちょっと物足りない。


 もっと、慌てふためく姿を見たかったのに……。






 私がちょっと残念っがっていると、向こうで専属執事のジャックが、ルドルを嗜めていた。


「ルドル殿、……そのような野獣の如き眼光で、お嬢様を見つめるのは御控え下さい」

 

 ────別に私は構わないし、ルドルの目も普通なのだけれど……。


 普段は穏やかな好々爺なのだが、私の事となると怒りっぽくなるのよね。




 ジャックはルドルから、剣を習っている。

 だから、あいつの強さを熟知しているし、到底敵わない相手である事も解っている。


 だが、剣の師匠のルドルに対しても、筆頭執事は物怖じしない。



 お爺様から私を任されているジャックは、責任感が強いのだ。


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