第20話 お友達と魔法の杖と尻叩き
ルドルとラシェールが、ライドロース上に滞在してから、もうすぐ一か月になる。
ということは……。
もうじき、お別れかぁ────
私は名残惜しい気持ちになる。
まあ、あいつはともかくとして、ラシェールとお別れするのは寂しく思う。
彼女とはこの一か月、一緒にお稽古に励んだり、フィーちゃんに乗って魔境を探検したり、リンちゃんと一緒に遊んだり、魔法勝負をしたり、戦闘訓練したりした。
最近、ラシェールからも、『こうして、フィリス様とお友達になれて、嬉しいですわ』と言われた。
私だけの、一方通行の好意ではない。
お友達……。
前世を含めて、初めてできた関係だ。
前世はともかく、この世界で親しい人は沢山いる。
だが、『お友達』と呼べる存在は、ラシェールが初めてだろう。
私は彼女から友達だと言われて嬉しくなり、『そうですわね。……わたくしたちは、お友達です。────では、あの……私たちはお友達なのですから、これからは敬称無しで、ラシェールと呼んでも良いですか?』とお伺いを立てた。
それに対して彼女は、『もちろんです!! なんだか、特別感があって嬉しいですわ。……ですが、わたくしはフィリス様の事を、フィリス様と呼び続けますわ』と返してきた。
────なんでよ?
意味が分からなかったが、お嬢様キャラの彼女らしい『こだわり』のようにも思た。
ちょっとだけ憧れのあった、『女の子同士で呼び捨てにし合う』という関係を作れると思ったが、微妙にズレてしまった。
────まあいい、彼女が私の『お友達』であることに変わりは無い。
ラシェールといえば、彼女は『魔法の杖』を持っている。
私は彼女が持つ『魔法の杖』を、密かに羨ましく思っていた。
私も、自分の杖が欲しい……。
────だが、大陸の西には売っていない。
東では、一般的なのだろうか?
そう思い、あいつに聞いてみた。
「ねえ、ルドル様。ラシェール様がお持ちの魔法の杖って、どこで売っているのかしら────?」
売り場を聞くことで、自分もそれを欲しがっていると相手に伝え、尚且つ現物をさりげなく要求する。私は高度な『おねだり』を繰り出した。
「なんだ、杖が欲しいのか? 俺が作ってやる。────素材はあるか?」
言ってみるものだ。
なんと、あいつが杖を作ってくれるらしい。
杖の素材は何でもいいが、とにかく硬い物を用意しろと要求される。
どうして硬さが必要なのか分からないが、とにかく硬い方が良いらしい。
それに本来なら、使用者に合った魔石を杖に埋め込むそうだが、『お前の場合は、必要ないだろう』と言われたので、魔石無しの杖になるようだ。
────硬い素材か。
私は部屋に仕舞ってある、フィーちゃんの卵の殻を取り出す。
「これで、良いでしょう」
それを、あいつに渡した。
「ドラゴンの卵の殻か、良い素材だ」
早速、杖を作ってくれた。
「────物質、形状変化」
ロドルが魔力を込めて、フィーちゃんの卵の殻を変化させ凝縮する。
それから、棒状に変形させた。
棒状というか、棒だった。
白い棒だ。
魔法の杖ではない。
あいつは変形させて作った棒の持ち手に、包帯を巻いて私に渡す。
「────これを使え、頑丈だからな。打撃武器としても、十分使える」
「ありがとうございます。ルドル様────大切にしますわ」
……私は速攻で、そのクソダサい杖を、タンスの奥深くに仕舞った。
今日の午後も、戦闘訓練だ。
訓練中にセレナが、水を持ってきてくれた。
休憩に入る。
運動で火照った体を、ストレッチをしながら休ませる。
────その時である。
……はっ!!
私は色仕掛けを思いつく。
そして、唐突に、トチ狂ったことをしてしまった。
私は身体を伸ばしながら、あの男に流し目を送る。
そして……。
「ねえルドル様、身体を解すのを手伝って頂けないかしら? マッサージをお願いするわ。……うっかり、お尻をさわってもよくってよ♡」
そんな風に、誘いをかけてみた。
…………。
そして、言ったそばから後悔した。
何言ってんだ、私は……?
ラシェールが『キャー、フィリス様! 大胆ですわ』とか言って盛り上がっているが、言った私は肝を冷やしている。
あの男は訓練中に、何かと理由を付けて私の尻を叩く────
きっとあいつは、尻が好きなんだろうと思っていた。
普段から何となく、そう思っていた。
だからつい、あんな軽口を言ってしまったのだ。
言ってから、猛烈に後悔した。
これじゃあ、痴女じゃないか。
ちょっと攻め過ぎだっていう、自覚はある。
内心ではかなり、恥ずかしいと思っている……。
……。
でも一方で、このくらいは言ってもいいんじゃないかという思いは、少し芽生えてきている。
私は美少女に生まれ変わった。
そんな私の挑発に、あいつはどう反応するのだろう?
きっと私はあいつが狼狽える姿を、見てみたかったのだろう。
だから、あんなことを……。
…………。
私はドキドキしながら、答えを待つ。
あいつは、こっちに歩きてくる。
私との距離を詰めて────
「────ふぎゅ!!」
あの男はあろうことか、人差し指で、私の鼻を押し上げた。
世界一可愛い美少女の、豚鼻である。
「……訓練中は、師匠と呼べ」
それだけ言うと、定位置に戻っていった。
…………。
……。
ええっ~~、これだけ……?
適当にあしらわれてしまったわ。
私が残念がっていると、あいつと入れ替わりに、セレナが近寄って来る。
「お嬢様、マッサージでしたら私が……」
そう言って、私の側に座る。
そして──
「そうそう、うっかりお尻をさわっても良い、ということでしたわね」
……えっ?
パシィィイイイイン!!!!!!
私のお尻を、引っ叩いた。
「うぎゃっん!!!!」
セレナの容赦ない尻叩き────
かなり痛かった。
十発尻を叩かれて、ようやく許して貰えた。
「お戯れが過ぎますよ、お嬢様……」
「お仕置き、ありがとうございます」
私はセレナに、お礼を言った。
お仕置きされた後は、こう言わなければいけない決まりだ。
……。
…………。
使用人はみんな、私に甘い。だが────
私が悪いことをした時には、しっかりと躾ける。
容赦なく、厳しく……。
…………。
でも、叱った後で、マッサージはしっかりやってくれた。
────この辺は、甘いのよね。
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