第38話 不可解な攻撃
天主創世教────
俗に『ヤコムーン教』と呼ばれているこの宗教は、『聖ガルドルム帝国』の国教である。天主(神)であるヤコムーンは、この国に『聖女』を出現させてきた。
ヤコムーンに見い出された歴代の聖女たちは、様々な恩恵を神から与えられる。
天主から、光の奇跡と共に任命された聖女たちは、帝国を治める為、そして、支配領域を拡大する為に、魔道具を授けられるのだ。
このフォーン大陸で、ガルドルム帝国が最大の面積を支配し、領土を維持出来ているのは、この神の恩恵があればこそである。
神の使いである『天使』が、王宮の大広間に降臨し、侯爵令嬢ミルフェラ・ホールデンを『聖女』に認定した。
これで彼女は、この国にとって最重要人物となった。
…………。
マズいわね……。
決まりかけていたミルフェラの国外追放も、これでうやむやになってしまう。
大広間は天使の降臨と、新たな聖女の誕生に静まり返っていた。
静謐な環境で、厳粛に聖女の誕生を神に感謝している────
という訳ではない。
この場には、喜びも興奮も感謝もない。
あるのは、顔面を蒼白にして、怯え切った人々の姿……。
背筋が凍り、怖気づく……。
舞踏会の会場にいるほぼすべての人間が、恐怖と畏れに支配されていた。
────それは、聖女に選ばれたミルフェラも同様である。
今にも死にそうな、そんな顔をしている。
彼らは、コトン、と小さな物音がしただけで、この世の終わりに直面したような、恐怖に覆われた表情で震え出す。
この会場にいる人間が、恐怖に支配されている。
その、原因────
それは、天使の降臨と同時に、あの化け物たちから放射状に放たれている、魔力波動の影響だ。
魔力波動はこの場の人間すべてに、異常を発生させる。
周囲の生物に、『恐怖』状態を付与する魔法……。
王宮の大広間全域が、そんな強力な魔法の影響下にある。
それに対抗する魔法で自身を守り、状態異常を免れているのは────
この会場の中で、私一人のようだ。
私があの化け物に遭遇するのは、これで二度目────
赤ん坊の時は対抗できずに、めちゃくちゃ怖い思いをした……。
しかしその時に、対抗する魔法を編み出している。
自分で考案した、状態異常を解除する回復系魔法────
私はその魔法で、体を包むように覆っている。
魔法の使用記録が残らない様に、魔力の気配を隠す結界を張ってから、状態異常をキャンセルする魔法を使っている。
これで、私が魔法を使ったことは、帝国の監査機関にはバレない。
状態回復魔法も、上手く機能している。
ひょっとして、私って、天才なんじゃないかしら────?
「うふっ、うひひ……」
────いけないわ。
調子に乗って、つい、不気味な笑いを漏らしてしまった。
「……どうした?」
あの男がこちらを向いて聞いてくる。
「────なんでもありませんわ。ルドル様、お気になさらずに……オホホホ」
「……そうか」
────ったく、気が利かないわね。
レディの失敗は、見て見ぬ振りをするのが礼儀なのよ!
私は心の中で、あいつに理不尽な怒りをぶつける。
────もうっ!!
私は心の中でプンスカ怒りながら、ルドル・ガリュードを見る。
────あいつは、平然としている。
天使の放つ、強力な状態異常付与魔法の効果範囲にいながら、何事もないかのように泰然と立っている。
私のように回復魔法を使っている訳ではない。
ルドル・ガリュードは、天使たちの恐怖付与魔法を受けながら、何事もないかのように、自然体でいる。
きっとこの男の事だから、『これも修行の一環だ』とかの理由で、敵の攻撃をそのまま受けているのだろう。
こいつはそういう、子供っぽい所があるのだ。
回復できるのだから、魔法を使えばいいのに……。
そんなことを考えていた私は、あることに気づく。
『天使』たちの魔法が、赤ん坊の頃に受けた時よりも威力が小さいように思う。
……うーん、やっぱりそうだ。
……恐らく、あの時よりも、少ない魔力で魔法を使っているのだと思う。
何とか人が動ける程度に、威力を押さえている。
そんな感じがする。
この場には『聖女』や『教皇』などの重要人物が集っている。
高出力の魔法で、彼らの気が狂わない様にという配慮かも知れない。
────あの化け物も、そういう気遣いが出来るのね。
私がそう納得していると、聖女に認定されたミルフェラが、今にも死にそうな顔で動き出した。
震えながら、私に向かって指をさす。
彼女は恐怖に引き攣った顔で────
半狂乱になりながらも、天使に要求を突き付けた。
「て、天使たちよ! 聖女として命じます。あそこにいる、あの『ブス』を殺しなさい!! その手前にいる護衛の男も、一緒に! ……二人纏めて切り刻んで、魚の餌にしてしまいなさい!!!!!」
物騒なことを言い出した。
震えるほど怯えているのに、あの『化け物』に命令するなんて……。
凄い根性だわ、あいつ……。
私は若干、呆れながら感心した。
……って。
────感心している場合ではないわ。
マズいわね……。
ルドルは確かに、天使を圧倒するほど強い。
でも、この場で大っぴらに、『天使』を殺してしまう訳にもいかない。
例え天使に勝てたとしても、その後が面倒────
いえ、面倒どころではないわ。
ヤコムーン教から指名手配されて、帝国を完全に敵に回することになる。
それに────
私の推測では、ルドルは吸血鬼……。
帝国が崇める神、ヤコムーンの敵なのだ。
この場であの天使たちに、それを告発されれば…………。
天使を倒しても、倒さなくても……。
私とルドルだけではなく、ライドロース家そのものが破滅することになる。
……。
…………。
さっきまでは悪役令嬢の追放劇を外側から眺めていただけなのに、いつの間にか、私達が追放劇の当事者になっている。
ライドロース家が、存亡の危機に立たされている。
いつの間にか、私も舞台に上がっていた。
けれど、こちらからは下手に動けない────
相手の出方に応じて、動くしかないわね。
私は固唾を呑んで、天使の様子を窺う……。
────さて、どうでるのかしら?
あの『化け物』たちは、その身に紫電を纏う。
バチッ、バチバチバチィッ……。
そして────
ドゴォッォオオォオッォオオオンンンンンンン!!!!!!!
「ぐぎゃぁっぁっぁあああああああ!!!!!!」
『聖女』ミルフェラに、鉄槌を下した。
天使から放たれた雷撃が、侯爵令嬢の身を焦がす。
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