第33話 悪役令嬢と王子は断罪したい


 私とルドルが大広間に戻ると、会場はシーンと静まり返っていた。


 音楽は鳴りやんでいて、踊っている人間は一人もいない。


 華やかだったダンスパーティーは、中断して鳴りを潜めている。



 オーケストラの面々も、困惑気味に『舞台』の中央を見つめていた。





 この場に集まっている観衆の注目は、正面階段の先の踊り場にいる第三王子と、階段の下にいる侯爵令嬢に向けられていた。


 観客たちは、固唾をのんで彼らを見守っている。




 どうやら第三王子と侯爵令嬢が、この劇の主役のようだ。


 第三王子、『ヤコマーダ・ガルドルム』────

 彼は取り巻きたちに囲まれながら、侯爵令嬢を糾弾するように睨みつけている。


 王子と対立している令嬢の名は、『ミルフェラ・ホールデン』────

 彼女は臆することなく、王子と対峙している。


 侯爵令嬢も取り巻きに囲まれていて、強気の態度を崩さない。






 静まり返った会場の静寂を打ち破ったのは、ヤコマーダだった。



「────ミルフェラ・ホールデン! 貴様との婚約を破棄する!!」


 第三王子は衆目の中で、高らかに婚約破棄を宣言した。


 この二人は前から痴話げんかを繰り広げていたが、ついに婚約破棄にまで話が広がってしまったようだ。



 王子から、婚約破棄を言い渡された令嬢は────


「な、なんですって────!」



 ショックを受けたように、目を見開きながら叫ぶ。


 そして……。



「なんと愚かなっ!! 私は将来、夫になるあなたを支える為に、そしてこのガルドルム帝国の為に、ずっと努力を重ねてきました。……それなのに────婚約破棄ですって!? そんなこと、許しませんわ。どうして突然、そのようなことを……」



 自己アピールをしながら、疑問を呈した。


 その後────

 たった今思い当たったとばかりに、私の存在に言及する。



「はっ!! ……分かったわ! あの女ね……あの薄汚い田舎娘! あいつからなにか、吹き込まれたのですね。そうに違いないわ。────あなたはあの小娘に、誑かされているのです!!!!!」



 彼女は長台詞の後、私のことを指さして、ヒステリックに叫んだ。



 彼女のセリフは若干、芝居がかっていた。


 この事態を予期して、あらかじめセリフを用意していたのかもしれない。





 観衆の注目が、私に集まる。



 …………?


 ……何故か流れ弾が、こっちに飛んできた。


 まったく、酷い誤解だわ。



 私は第三王子を誑かしたことなど、一度たりともありません。


 ────だって、興味ないんですもの。





 ミルフェラの訴えは身に覚えのない言いがかりなのだが、彼女の中ではそれが事実として確定している。


 こうなるともう、彼女に何を言って無駄よね。



 どうしたものかしら……?






 私は対処方針を決めかねて、ボーっと突っ立ていた。


 ────その間にも、侯爵令嬢の非難はさらに続く。


「許さない! フィリス・ライドロース、辺境の田舎貴族の分際で……私の積み重ねた努力を、研鑽を、踏みにじったお前を────絶対に許さない!!!!!!」



 ミルフェラはわざわざ、私をフルネームで罵った。


 この舞台を見ている観客たちに、私が悪者であると印象付けたいのだろう。



 彼女はヒステリックに怒り狂いながら、冷静に計算して演じている。


 ────器用な人ね。 


 ちょと、感心した。


 女優に向いているんじゃないかしら?



 私は感心しながら、そんなこと考える。






 ……。


 …………。

 

 私の故郷のライドロース辺境伯領は、ガルドルム帝国の北方の田舎にある。

 そして、辺境の田舎貴族は中央から敵視されている。


 私のことを『辺境伯の娘』と強調することで、中央貴族の子弟から道場を引き出せると考えているのだろう。



 公爵令嬢がここまで激高しているのは、演技だけではなく、本音も混じっている。


 普段から田舎者と馬鹿にしていた私に、出し抜かれたと勘違いして怒っている。


 彼女に共感する者も、この場には少なからずいるはずだ。 



 ミルフェラの訴えを聞いた中央貴族の子女の反応は、ミルフェラの狙い通りだった。


 ────彼女に同情し、私に対して非難の眼差しを向けてくる。



 私がミルフェラの婚約者に手を出したというストーリーは、彼女たちの心に、すんなりと入り、共感を得やすいものなのだ。




 ミルフェラの努力アピールと、私へのヒステリックな非難は、まだ終わらない。 


 私は若干ウンザリしながら、その様子を眺めている。


 内心では『面倒臭いなー』と思いつつも、それは顔に出さない。



 余裕のある表情を作り、泰然と構えている。


 ────彼女の言いがかりに対して、ここで反論はしない。



 言葉で反論するのではなく、自分には『やましいことは一切ない』と態度で示す。この場面では、これが最善だと判断した。


 ……。


 …………。










 私なりに、この状況を解りやすく整理すると────


 攻略対象の『王子』が『悪役令嬢』に、婚約破棄を言い渡している最中……という場面だ。




 悪役令嬢は、どうでもいいような努力アピールをしながら、私のことを指さして、『絶対に許さない』だとか『思い知らせてやる』だとか言っている。



 だが、私は何も言い返さない。


 下手に彼女に絡みたくないので、お澄まし顔で堂々としているだけだ。




 暫くそのままでいると、ミルフェラに焦りが出始める。


 そして、冷静さが無くなっていった。



 ────攻め手が無いのだ。


 最初は演技臭かった彼女の怒りが、熱を帯び真に迫っていく。



 とうとう彼女は、ひたすら喚き散らすだけになった。


 その姿はヒステリックで、幼稚だった。



 

 彼女に対して同情的だった視線も、懐疑的になっていく。



 ────ふぅ。


 どうにか、自滅してくれたみたいね。


 私は胸を撫で下ろした。

 

 ……。


 …………。






「────もう止めるんだ。ミルフェラ」


 ここまで黙って彼女の訴えを聞いていた王子が、止めに入った。

 

 

 そして────


 『悪役令嬢』のミルフェラが、私を殺害しようとした計画が、『王子』ヤコマーダによって暴露される。



 その暗殺計画の証拠を、ヤコマーダがミルフェラに付きつけた。


 どうやら悪役令嬢は、私の殺害を暗殺組織に依頼していたらしい。



 『王子』は、暗殺計画の証拠を手に入れて、『悪役令嬢』に婚約破棄を言い渡し、国外追放処分を下そうとしていたのだ。





 ……そんなのがあるんだったら、最初から出しなさいよ。


 私の心の中のツッコミを余所に────



 ミルフェラは怒りで、プルプルと震えている。


 王子は勝ち誇ったドヤ顔だ。



 『断罪イベント』が、佳境を迎えていた。


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