第22話 動員兵力

 帝都では、魔法の使用は厳禁である。

 皆を集めて、注意喚起していた場で……


「────隠蔽魔法を併用すれば、証拠は残らんな」 


 ルドルが早速、抜け穴を示唆する。



 この男は帝国の定めたルールなど、最初から守る気はない。






「────ガルドルム帝国は魔法技術の発展の遅れた野蛮国だと思っておりましたのに、そんな魔道具があるのですね。────意外ですわ!」


 ラシェールが、ナチュラルに帝国を馬鹿にする。


 彼女の父親は魔道具作りの天才だし、母親は魔法の天才だ。

 サラブレッドのラシェールが、帝国を軽んじるのは仕方のないことではある。


 ────なにせ帝国は、魔法の研究にまったく力を入れていない。

 


 国を統治したり、周辺国を侵略したりするのに使える便利な魔道具は持っている。

 それも、かなり優秀な物を……。


 だが、それらはすべて『聖女』を通じて、神ヤコムーンから下賜された物であり、自分たちが創り出したものはない────



 神殿には人間が魔道具を開発することを、『神に対する冒涜』だと考える過激派もいるくらいだ。


 魔道具は神から与えられるものであって、人間がそれを作ることは神の領域を犯すことになのだという……。




 なんだか、頭のいい怠け者が考えたような理屈だが、ヤコムーン教の信者にはそれを当然のように思っている者が多い。

 


 ライドロース家は帝国の中枢から目を付けられている辺境伯であり、どんな言いがかりを付けられるか分からない立ち位置にいる。


 帝都では慎重に行動しなければならない。



 ……。


 大丈夫かしら、この二人……?


 私はルドルとラシェールを見て、不安に駆られた。







 帝都に住むライドロースの親戚筋に挨拶回りをして顔見せを済ませると、いよいよ新生活のスタートとなる。



 まずは、北方に領地に持っている家にお呼ばれしたり、屋敷に招いたりして親交を深める。

 


 北方でも関係の悪い相手もいるが、大方は友好的だ。


 昔からの知り合いも多いので、私は比較的、気楽に社交を楽しんだ。



 子供がメインの社交は、昼食会や、午後のお茶会をする。

 私も同年代の女の子を招いて、お茶会を催したりした。



 招いたのは、北方地域の子供達だ。


 このメンバーが、北方地域の派閥の集まりとなる。



 

 私は生まれ持った美貌と、辺境伯の娘としての地位で、派閥をまとめ上げている。────お茶会に集まった皆が、私をリーダーとして立ててくれる。


 やっぱり顔が良いと、色々と得よね。

 ちょっと複雑だが、使えるものは何でも使おう。 


 

 さて、足元を固めたところで、他所に攻め込まなければならない。

 なるべくこの帝都で、交友関係を多く持ちたい。


 


 将来、誰が私の味方となり、敵となるのか……。

 帝国との間で火種を抱える私は、味方を増やしておく必要がある。


 『仲良し大作戦』開始。


 まずは、相手を知ることから始めよう。 



 

 ライドロース家に、いくつもの招待状が届けられる。

 私はジャックやセレナと相談して、どの誘いを優先するか決める。


 

 招待状の中から、北西部の辺境伯『ニエルズ家』と『コルヴィット家』の誘いに応じることにした。後は南方の辺境伯『ネコルス家』にも行ってみる。


 辺境伯ばかりだが、まずは同格との顔合わせからだ。





 

 


 ライドロース家の動員兵力は、五千人────

 無理をして一万人程度だ。

 

 帝王とその直参の動員兵力は二百万で、辺境の外様を召集すれば、帝国兵は最大で三百万になる。 

 そして、神殿は独自に、帝国全土で二百万を動かすことが出来る……。


 兵力差は歴然としている。

 違い過ぎて勝負にもならない────


 戦ったところで、勝ち目はゼロだ。


 そこで、私の社交の目的は、少しでも味方を増やすことになる。


 

 将来、帝国でライドロースを攻めようという話が出た時に、『攻撃には反対だ』と言ってくれる仲間を多く作りたい。






 赤ん坊の頃に私を殺しに来たヤコムーンは、その後、動きがない。


 だが、私がこの世界で神を名乗っているヤコムーンから、命を狙われている『神敵』であることに変わりは無い。


 神の敵ということは、帝王や神殿とは潜在的に敵対関係にある。

 合計、五百万の動員能力を持つ勢力が、私の仮想敵だ。


 私一人が逃げようと思えば、外国に逃げて、身を隠すことは可能だと思う。

 けれど、逃げれない人も多い。

 

 なにより、故郷が火の海になるのは嫌だった。





 ────帝国の支配は盤石であり、少しくらい味方を増やしたところで、それは焼け石に水である。

 

 それでも、どれだけ絶望的な状況でも、私は争いを回避する道を探している。



 お父様やルドルにも何か考えや思惑はあるのだろうが、私は私で出来ることをしようと思う。


 味方を増やし、敵を見極める。

 






 ライドロース家は、帝国北部の東側の辺境伯だ。

 私は北西を治める二つの辺境伯の屋敷を、それぞれ訪問した。


 両家とも北方を領土に持つ貴族で、ライドロースとは距離的に近い。


 けれど、西側とは交通の便が悪く、私が交友を持つのは初めてだ。





 

 まずは『ニエルズ家』のお嬢様の、お茶会に出席────


 お嬢様は初っ端から攻撃的だった。

 私の事を田舎貴族と馬鹿にして、見下し、自分の自慢話に終始していた。


 確かに、ライドロース領は田舎だ。



 領土の大半は麦畑である。


 それにの山も多く、人の住めない土地もかなりある。




 対して北方の西側は、人口が多い。

 ニエルズ家の動員兵力は、五万くらいはある。


 同じ辺境伯という肩書とはいえ、北西の貴族は帝国と繋がりの深い家が多い。

 ニエルズ家のお嬢様、メイリーは中央の大貴族『ホールデン家』のお嬢様の派閥らしい。


 それで、自分も『中央貴族の一員』という意識が強いようだ。

 そんな背景もあって、私に対して攻撃的だった。


 かなり挑発されたが、私は笑顔でやり過ごす────


 招いておいて、この扱いはどうなのよ……?

 とは思ったが……。



 まあ、それはどうでもいい。


 ニエルズ家が私にとって、敵になる確率が高いと分かっただけで、収穫は十分だ。








 北方のもう一つの辺境伯『コルヴィット家』は、私に対してニュートラルだった。敵でもないが、味方でもない。

  

 コルヴィット家の動員兵力は、十五万────

 北方で、一番大きな街を領有している家だ。



 跡継ぎの嫡男の誕生日会に、お呼ばれして出席者と懇談した。


 跡継ぎの誕生会だけあって、出席者は多い。



 私は挨拶して回り、相手の顔と名前を憶えていく。

 軽く話して回ったが、概ね友好的だった。


 やっぱり第一印象は大事よね。


 つくづく、そう思った。



 

 南方の辺境伯『ネコルス家』の、お嬢様のお茶会にもお呼ばれする。

 ネコルス家は南方で、二番目に大きな領土の辺境伯になる。


 動員兵力は二十万。


 ネコルス家のお嬢様は、私に対して友好的だった。

 私としても、仲良くしておきたい相手である。

 


 帝都に来て二か月が経過した。

 

 順調に交友関係を築き、敵味方の選別が進んだ頃────



 ライドロース家にダンスパーティーの招待状が届く。


 差出人は、帝国の第三王子だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る