第19話 ライブのレッスン③

 最初で最後とも言えるアルマとのレッスンを終えた。

 次にアルマと会えるのはライブ直前の合わせ。

 それまでに歌も踊りも完璧に仕上げなくてはならない、そんな新曲レッスン2日目。


「さて。あなたの最低限とやら、見せて貰えますの?」


 アルマと同期にして親友、ロカ・セレブレイトは要求する。

 前回レッスンでの言葉は虚言か否か、異迷ツムリというキャラを見極めるつもりで。

 そしてツムリは返答する。


「――――お任せあれ♪」

「っ……?」


(今のアルマの口癖……それに面影も……?)


 出会ったばかりの少女に対し友の面影を錯覚する。

 そうしてロカが固まっている内にツムリは曲を流し始めた。

 その曲が止められたのは約2分後、サビまで踊り終えたタイミング。

 ツムリは動きを止めて感想を目で要求する。


「……想像以上ですわね」

「うっ……想像以上ってぇ……?」

「安心なさいな。今度は良い意味ですわ。まさか……たった3日で前回のアルマを完全再現してくるなんて」


 そのクオリティはほぼ完璧と言っても差し支えなかった。

 ただし踊りの質ではない、人真似の質。

 彼女の持つ特技には天井が見えない。


「貴女、声だけじゃなく動きまでコピーできますの?」

「体力ないんで声真似より精度低いと思いますけどぉ……それに時間かかるんですよねぇ。声と違って筋肉の細かい動きまでは見えないですしぃ。動きの感情は見えづらいのでぇ」


 感情、という言葉を聞いて少し納得する。

 異迷ツムリが他人を表現する際、見た目は違えど本能的に本人かと錯覚させられる瞬間がある。

 それは彼女が心までも投影しようとしているから。

 声と動きの機微、そして彼女の記憶に存在するコピー対象との思い出を参照して。


「最早真似の域を超えて憑依ですわね。声の音域ばかり注目されていたけれど、その異常なまでの共感能力の方が……」

「あ、分かりますかぁ? 私昔から人に共感しやすくってぇ。あんまり同じ人と長く時間過ごしてると気づかないうちに喋り方とか行動も影響されちゃうんですよねぇ」

「…………」

「え、あの……ロカさん?」


 ロカはしばらく考え込む。

 異迷ツムリの異質さ、これを見てアルマが彼女に依頼した心中を想像する。


「……そういうことですの。ならアルマがワタクシにお願いしてきたのは、ダンスレッスンだけが目的ではなさそうですわね」

「へぇそうなんですかぁ」

「ええ。ちなみに、渡した動画を完璧に再現しても無駄ですわよ」

「へぇ……え、ちょ、そうなんですかぁ!?!?」


 取り乱す姿を見て微笑する。

 ツムリを見て嗜虐心を煽られはしたが、何もからかうために意地の悪いことを言ったわけではない。


「2ヶ月もあればアルマは間違いなく、今とは次元の違うパフォーマンスを頭の中で練り上げる。ライブ中だろうとお構いなしにアドリブいれますわ。正直今のアルマの動きを覚えたところで邪魔にしかなりませんの」

「あぁ……なんか解釈一致ですぅ」


 二人の間で認識を共有する。

 あの導化師アルマが普通のパフォーマンスで満足するだろうか?と。


「だからこそ、アルマはツムリに頼んだのでしょう?」

「あ……確かに言ってましたねぇ。『録音録画じゃ再現できない最高クオリティのライブ』ってぇ」

「ええ。アルマはどんな状況も臨機応変に対応できる、もう一人の自分が欲しいのでしょう」


 二人の知る導化師アルマ像から彼女が真に求めるものを想像する。

 そして既に導き出されている解を口にする。 


「つまりワタクシの役目は、貴女が完璧に憑依させられるように教えることですわね」

「え、それって……ロカアルてぇてぇを本人の口から……!? そんなご褒美良いんですかぁ……?」

「ブレませんわね……けどこれ以上の適任もいないのでしょう」


 ロカ・セレブレイトは呆れ口調で、けれど誇らしげに、高らかに告げる。


「彼女の親友にして最古参迷い人アルマオタクのワタクシが、貴女に『導化師アルマ』を叩き込んで差し上げますわ」







 険しい日々は長く感じ、しかし終わってみればあっという間に思える。

 導化師アルマの10周年記念ライブまで残り10日を切った。

 4期生の合同練習もいよいよ大詰め。


「ふーん……案外まともにできるようになったじゃない」


 絵毘シューコはメンバー内の劣等生二人を見て感心するように言った。


「頑張って、朝練した。むふー」

「あはは……あれだけやれば流石に体力つきましたねぇ」


 自信気な魔霧ティアと虚ろ目な異迷ツムリ。

 ダンスレッスン当初はボロボロだった二人も最低限の力は備わった。


「ツムリさんは一時期死にそうになってたッスね」

「朝寝坊、多かった」

「その節はスミマセンでしたぁ……」


 ティアに謝罪するツムリ。

 しかしトレーナーから同じ特訓メニューを渡され、片方だけ段違いに疲れ果てていた状況に違和感を覚える者もいた。


「最初はティアよりツムリの方が体力もマシじゃなかったっけ? それとも秘密の特訓でもしてたんだヨ?」

「あー……当たらずとも遠からず、ですかねぇ」

「秘密? 誘って欲しかった、な?」

「うっ……ごめんなさぃ。けど本当に付き合わせるほうが申し訳ないような内容だったのでぇ……」

「冗談。ツムリからかうの、おもろい」


 ツムリはアルマとのデュオについては伏せていた。

 新人の中で一人だけライブの出番が多いとなれば反感を買うのではないかと、打ち明けるのが怖かった。

 幸い彼女らは察してか気にも止めていないのか、ツムリの事情に深入りしてくることもなかった。


「これならあとはリハーサルを待つだけッスかね」

「アルマ先輩と曲合わせする前に形になってよかったヨ」

「本当にね。脇役の私達が悪目立ちしちゃ申し訳無さすぎるもの」


 ここまで4期生のみでダンス練習してきたが、今回の主役はあくまで導化師アルマ。

 本番のセンターはアルマであり、彼女のスケジュール都合でリハーサル以外に合わせる機会はなかった。


「シューコ、嬉しくない? やっと、本物の導化師アルマに会える」

「うーん……嬉しくないわけじゃないけど解釈違いね。中の人に会いたいわけじゃないし、正直観客としてライブ参加したかったし物販も行きたかったし……」

「えっ私達物販も行けないんですかぁ!?」

「ライブ準備の時間とモロ被りよ……全部欲しかったけどせめて直筆サインTシャツだけでも買いたかった……!」

「ドンマイだヨ。オタク共」


 若干二名がお通夜状態のまま、その日のレッスンは終了し解散となった。

 しかしツムリのレッスンはまだ終わらない。

 同期の4人と別れた後はいつも通り、ロカの個別レッスンが待っていた。


「ふむ。これなら及第点はあげられますわね」

「あ……ありがとう、ございまずぅ……ぜぇ……」


 連続のダンスレッスン。

 疲労は凄まじかったが、以前の自分なら既に倒れている頃だろう。

 指導者からも成長を認めて貰え、少しだけ感動を覚えた。


「ワタクシから教えるべきことは全て伝えましたの。あとは貴女次第ですわ」

「あ、はい……えと、今日は優しいですねぇ? いつもなら……"ワタクシにここまでさせたのだから失敗は絶対に許されませんわ"ってプレッシャーで圧殺しにくると思うんですけどぉ」

「人聞き悪いですわね。しかも無駄にクオリティ高い声真似で解像度上げるのやめて貰えます?」


 不貞腐れながらツムリの言動を咎めるロカ。

 そしてどこか投槍に、安心感のある口調で言う。


「今更プレッシャーなんてなくとも貴女は十分分かっているでしょう? それに、ワタクシが何もしなくともあとはアルマがしたいように貴女を導いてくれますわよ」

「……確かにぃ。それもそうですねぇ」


 彼女から散々アルマの話を聞いてきたからか、ツムリはすんなり納得できた。

 大先輩との共演、失敗できないステージ、そう思っていてもどこか安心できる。

 それほどに導化師アルマのイメージは肥大していた。


「それでは夜の配信に備えたいので先に失礼しますわ。ツムリ、貴女も本番が近いのだから早めに帰りなさいな」

「はぁい。あ、今日もありがとうございましたぁ」


 感謝の言葉で見送り、レッスン室で一人になる。

 静寂の中、ふと背を地に向けて大の字に倒れる。


「はぁーっ! マネージャーさんとの打ち合わせまであと1時間くらいかぁ……」


 疲れもありこのまま寝てしまいたい気持ちもあった。

 しかし、何故か昂った感情は冷め止む気配がない。

 心の中で育てた、2つ目の人格とまで呼んでも良いくらい大きくなった存在がうずうずしている。


「……口調、仕草、感情も分かってきた。今ならどんな曲でも……あの曲もできるかも」


 導化師アルマを学ぶため、ロカからの話だけでなく彼女のアーカイブを見尽くした。

 その中でも最もリピートした曲の動画があって、今も脳内で鮮明に再生できる。


「……よし」


 少女は立ち上がり、心のままに踊り始めた。

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