第8話 同期のパフォーマンス
「みなさんお待たせしました! 一人目の準備が整ったみたいなのです。それではアピールタイムスタートです!」
紅月ムルシェの宣言と同時に画面が切り替わる。
そこにはマイクを持った一人の3Dモデルが映し出された。
「魔霧ティア、です。ティアのモチーフ、カマキリさんらしいです。しゃー」
鎌を想起させる萌え袖の腕を前に出す少女。
視聴者も好感触の反応を示す。
《あら可愛い》
《カマキリの鳴き声ってしゃーだっけw》
「ティアはお友達沢山、欲しいです」
《いいねー》
《お友達なろー》
「なので、歌います」
《ん? なんで?》
《急に歌うよー》
視聴者が困惑する中、魔霧ティアは構わず音源を流す。
そして前奏が始まるとさらに不穏な空気が溢れた。
《え、この曲……》
《長文歌詞のボカロ!?》
《選曲エグすぎw歌えるの?w》
前奏の終わり間際に響く深い吸気音。
肺に貯めた活力を一気に放出する。
「"ボクは生まれそして気づく所詮ヒトの真似事だと知って――――"」
高速で動く小さな口。
少女は視聴者コメントも気にせず、しばらく歌唱に没頭した。
「ありがとう、ございました」
歌い切ったあとも多くは語らず、淡々とアピールタイムを終了した。
一見無愛想に見えるものの、歌唱力も相まってその姿勢は職人を思わせた。
《噛まずに歌いきったすげぇw》
《え……息継ぎどこでしてた……?》
《この曲ここまで淀みなく歌える子初めて見た》
《普通の歌パートもめちゃくちゃ上手かった》
《歌枠楽しみ。推す》
「はい! 魔霧ティアさんお疲れ様なのですー! アルさんどうでしたか?」
「いやー圧巻の一言に尽きるね! うちのメンバーにも歌上手い人は沢山いるけど、ボカロ曲に関しては勝てる人いないんじゃないかな?」
「シンプルなアピールでしたが、それだけ歌に自信がないとできない選択ですね。ムルはそこまでお歌得意じゃないので羨ましいのです……」
「アタシはムルちゃの歌好きだよ? 可愛いし」
「お慰めありがとうなのです……それでは気を取り直して投票タイムなのです!」
ひとしきりアピールの感想を述べた後、一部の視聴者に投票画面が映し出す。
集計結果は割合、現在視聴中のメンバーシップ加入者の数に対する投票数で決定する。
「得票率は86%! これはかなり評価してもらえてるんじゃないでしょうか?」
「判断が難しいところかな。こればっかりは例年通りにはならないし。ただ一つ言えることがあるとすれば、この数字が今回の基準になるってことだね」
「……基準のクオリティ高過ぎません? ムルがこの後デビューだったらゲロ吐きそうなのです」
「ムルちゃ汚ーい。あと後輩達が緊張しちゃうから司会がそういうこと言わなーい」
「あっごめんなさいなのです……」
「はいはい。それじゃ気を取り直して次行こっか」
アピールタイムと投票タイムが終わり次に進む。
デビュー配信の流れが出来上がり、雑談を交えつつもスムーズに進行していった。
◇
「絵毘シューコでーす。モチーフはエビ、ちなみに甲殻類アレルギーでーす」
《ギャルきちゃ》
《海老なのにアレルギーw》
「それでねー。アタシのアピールポイントってなんだろ? って考えたんだけど、得意なことって趣味レベルのお絵描きくらいなんだよね。でも時間10分しかないしどうしようかなーって考えてたわけよ」
《ほうお絵かき》
《イラスト描くならもっと時間欲しいよねー》
「うん。だから好きな作品のキャラ描けるだけ描くことにするわ」
《うん? だからとは?》
《今期こんなんばっかかww》
「時間無いしさっさと始めてこー。さらさらさらーっと」
《ホントに描き始めたw》
《でも筆めっちゃ速くね?》
「はい一人完成っと。次々ー」
《はっやwしかもかなり上手いw》
《まだ2分経ってないぞ》
《お絵描きRTAで草》
突然始まった短時間のお絵かき配信。
デジタルイラストのキャラクターを次々完成させながら10分が経過した。
「7人目描ききれなかったー悔しい! でも楽しかった! みんな見てくれてありがとー」
《イラスト上手くて速いの普通に尊敬する》
《ひょっとして元漫画家とか?》
《拙者オタクに優しいギャル好き好き侍。なので推します》
「はい絵毘シューコさんお疲れ様なのです! アルさん? 難しい顔してどうかしたのですか?」
「うーん……なーんかこの絵のタッチどこかで見た気がするなぁって」
「ムルは分かりませんが、コメントで言われてたみたいにホントに漫画家だったりするのですかね?」
「漫画じゃなかったような……あっ、投票タイム開始しますねー」
悩みつつ進行するアルマの号令で投票が開始。
そして結果が発表される。
「得票率は83%、ティアさんととっても僅差です! 皆さん自分のアピールポイントを全面に出せてますね」
「あ、分かった。この子アタシの配信の度にファンアート上げてくれてる子だー」
「あー迷い人さんでしたか。けどよく気づきましたね?」
「配信者たるものSNSのチェックは欠かせないからね。けどエゴサしてるのバレちゃったのはお恥ずかしいですなぁ……てれてれ」
「大丈夫ですよアルさん! エゴサなんて誰でもするのです! まあムルの場合、やらかしが多すぎて配信のあとは怖くてSNS開けないんですけどね……」
◇
「……ス……けど……」
《ん? 喋ってる?》
《マイクの音量上げてー》
「あっすみません!!! 聞こえてなかったッスか!!!」
《うお音でっかww》
《鼓膜ないなった》
「今度は大きい!? えとえと……このくらいッスかね?」
《いい感じ》
《落ち着いてやりなー》
「押忍! では気を取り直して、自分は久茂ダークっす。蜘蛛って苦手な人多いかもしれないッスけど、自分はスパイダーマン大好きなんで嬉しいッス!」
《部活の後輩みを感じる》
《ヒーロー好きの中学生感》
「好きなことは食べること。あと空手と柔道両方2段持ってます! 体力には自信あるッス!」
《完全に体育会系だなー》
《武術女子カッコいい》
「さて自己紹介はこれくらいにして、折角のアピールタイムなんで自分はダンスパフォーマンスしたいと思うッス! ミュージックスタート!」
号令と同時にBGMが流れ始める。
音に合わせてリズムよく軽快な踊りを見せた。
《結構激しいダンス》
《言うだけあって運動神経良さげ》
曲は徐々にテンポが速くなり、続くように久茂ダークの踊りも激しさを増す。
そしてピークを迎えたとき、彼女はフルパワーの動きを披露した。
「ふんっ!」
《ん? 何が起きた?》
《バク転した……のか?》
「ふっ、せい!」
《腕動いてなくね? 脱臼した?》
《首あり得ない方向に曲がってるw》
《ダンスキレキレ過ぎてモーションキャプチャ追いついてないwww》
そして曲が終了し、動きを止める久茂ダーク。
本人は決めポーズでもしているつもりなのかもしれないが、視聴者にはカオスな絵面が届けられていた。
「ふぅ。どうッスかね……ってめっちゃバグってるぅ!? あわわわマネージャーさんに怒られる……」
《めっちゃ笑ったから大成功》
《そこはかとなくポンコツの香りがするw》
《将来有望やん。押忍》
「あははははは! ひぃ……お腹痛い……」
「アルさんそんなに笑ったら可哀想ですよ! あっ久茂ダークさんお疲れ様なのです」
「だって首が、ふふっ……ふぅ。でもあれだけ無茶な動きできる身体能力は凄いね」
「そうです! 事故もありましたがそういう面も加味して久茂ダークさんを評価してくれると嬉しいのです。それでは投票スタートです!」
ある意味大盛り上がりの中で投票が開始、そして結果が表示される。
「得票率は81%! 失敗はしたもののちゃんと応援してもらえてるみたいでホッとしたのです……」
「いやー初配信から魅せてくれますなぁ」
「でもムルは親近感湧きましたよ! 音量調整ミスはやりがちですよね……是非応援したいのです!」
「この二人がコラボしたら大変なことになりそうだなぁ……」
◇
「向出センカだヨー。センカはムカデだヨー皆の衆よろしくー」
《よろしく―》
《イントネーション独特ね》
「センカは外国語話せるヨ。だから昨日あったこと色んな言語で話すヨー」
《外国語?》
《まさかルー語とか言い出さないよな……?》
宣言の後、向出センカは日本語とは異なる言語で話し始めた。
「~~~~、~~~~」
《すっげ。何言ってるか全然わかんね》
《英語めっちゃ流暢に話すな》
《さっきのが中国語で……これロシア語?》
《もうどこ語かも分からんw》
いくつもの言語に取り替えながら話し続け、一息吐いた後に日本語に戻る。
「終わりー。じゃ訳してくヨー。最初は英語、日本語訳が"銀行に通帳を作りに行った"だヨ」
《そこだけ何となく分かった》
《英語だしな》
「次が中国語、"銀行強盗に巻き込まれて出られなくなった"、その次がロシア語、"車が突っ込んできて強盗がミンチになった"。ドイツ語で"車の中に時限爆弾が仕込まれていた"だヨ」
《そんな話してたの?ww》
《え? 昨日の出来事って言ってなかった?》
《奇想天外すぎるww》
次々と自分の話した内容の日本語訳をし、その度に視聴者を色々な意味で驚かせる。
「最後がフランス語、"という夢をみたんだ"で終わりだヨー」
《やっぱ夢オチかw》
《何カ国語話せるの?》
「6つだヨー。パパが色んな国連れてってくれたから頑張って覚えたヨ」
《英才教育しゅごい》
《全部翻訳アプリ入れてみたけどガチだったわ》
《マジもんの天才じゃん。推そ》
「向出センカさんお疲れ様なのです! いやー6言語ともなるとなんかこう……凄いの一言で済ませちゃ申し訳なくなりますね! ムルも英語しか聞き取れませんでしたよー」
「そいえばムルちゃ勉強だけはそこそこできるんだっけ」
「アルさん? だけってどういう意味ですかね? 別にムルはバカキャラじゃないですからね?」
「いやーバカだなんて思ってないですよ? ただギャップが凄いなぁって……あっ投票の時間でーす」
紅月ムルシェは誤魔化すように投票をスタートした。
「得票率85%! 凄かったけど惜しくも魔霧ティアさんの86%には届かなかったのです」
「多言語も凄かったけどトークも面白かったね。この子の配信ちょっと楽しみかも」
「アルさんのお墨付きなのです! 4期生は多才ですねぇ」
「うんうん。これで残るはあと一人。ここまで来ると期待しちゃいますなぁ」
「アルさんプレッシャーかけたら可哀想なのです。それでは5人目の方、お願いします!」
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