第7話 デビュー日の失敗
ブイアクト4期生デビュー配信日当日。
この一週間、短い時間なりに準備してきた。
そして事務所で待つ四条マネージャーの元に到着する。
「おぐれでごめんなざ……けほっ」
その声を聞いてマネージャーは戦慄した。
ほんの数日前まで聞いていた声より低く、ガラガラの汚い音。
喉が生命線の配信者にとって致命的な声。
「一応言い訳を聞こう。何故そんな声に?」
「えと……昨日トークの練習じようと思ってカラオケ行ぎまじてぇ……」
「練習だけでそんな声になったと?」
「あっいえ。休憩がてら軽く歌おうと思ったら楽じぐなっぢゃっでぇ。ぞの、ずみまぜぇん……」
「……はぁ。とりあえず、喉の一番の敵は乾燥だ。少しでも回復できるよう今はとにかく水を飲みなさい」
「はいぃ……」
水のペットボトルを渡し、飲んでいるところで別の説明を始める。
「さて、デビューに際して注意することが二つある。まず一つ、皆と仲良くしなさい」
「んくんく……ぷは。お母ざんみたいなこと言いまずねぇ」
「そんなレベルの話じゃない。ビジネスとして、少なくとも配信中は絶対だ。イジりは許されるがディスりは許されない。誰が許さないかといえば当然……」
「視聴者、でずかぁ……」
VTuberのソロ活動には限界がある。
他VTuberとコラボすることが人気の近道であることは配信者の共通認識。
コラボ相手を敵に回すということは、そのファンをも敵に回すことになる。
一度の失敗、一度の炎上がデジタルタトゥーとして一生残る、だから一つ一つの言動が命取りなのだ。
「それともう一つ、絶対に本名で呼び合わないように。自信がなければ本名を聞かない、名乗らないを徹底してくれ」
「身バレはダメでずよねぇ……あ、じゃあ私が名乗るのって……?」
「ああ。これから君が演じる、君のために作られたキャラクターが……これだ」
タブレットを操作し、キャラクターの全体像を見せつける。
「異迷ツムリ、それが君の名前だ」
「これが私の……」
渦巻く瞳、二本の触覚が飛び出ているかのような髪型、一際目立つ貝殻のような帽子。
そのキャラクターのコンセプトは一目で分かった。
「カタツムリでずかぁ。確かに可愛いんでずけど、ひょっとじてこうなったのってぇ」
「アルマさんの配信でインパクトある自己紹介が出来てたからな」
「やっぱりぃ……」
どうにも喜び辛いコンセプト、と思いつつも自分のために用意された可愛いキャラを見て、紬は頬を緩ませた。
そんな嬉しい気持ちもありつつも、現実も見なくてはならない。
「しかしその声がな……どうしたものか」
「あのぅ……やっぱりデビュー配信出じてもらえないでずかね?」
「いや、出演時間自体は短めだし問題ないはずだ。しかし……デビュー配信では新人全員に10分の時間を与えられる。自己紹介も兼ねたパフォーマンスタイムだな。各々が個性を活かしたパフォーマンスを持ってくるだろう」
デビュー配信の大まかな流れは紬も予め聞いていた。
そのため今日までの短い期間で準備をしてきたのだが……。
「元々の予定ではブイアクトメンバーの声真似をするはずだったが……できそうか?」
「えと……高い声はちょっと無理そうでずぅ……」
「そうか……」
「けどぉ、んんっ。"低い声ならいつも通り出せそうだな"」
「うおっ、それ僕の声真似か。目の前でやられるとぞわっとするな……」
高い声にかかった制限。
しかしながらブイアクトメンバーはみな女性、当然声は基本的に高音域だ。
今の紬の声にこれだけ影響が出るとなれば絶望的だろうし、どうするか……。
「いや待てよ? 例年通りなら投票形式は……だとしたらそっちの方が可能性も……よし」
「マネージャーざん?」
マネージャーはタブレットを手早く操作し、提案するように画面を提示する。
「今からこれを覚えてくれ。いけそうか?」
「え、これは……」
◇
とある休日、ブイアクト公式チャンネルにて12時開始予定のライブ配信枠が立てられていた。
既に多くの視聴者が待機している。
そして告知通り、時針が12を指し示すと同時に配信は開始される。
「皆の衆、こんヴァンプです! 夜を統べるサイキョーヴァンパイア! ブイアクト2期生紅月ムルシェなのです。今日は4期生のデビュー配信ということでムルが司会進行を任されたのです!」
《ムルちゃ!》
《こんヴァンプ!》
《本当に司会できる? 新人ちゃん達の晴れ舞台台無しにしちゃだめだよ?》
「む、失敬ですよ。サイキョーヴァンパイアは失敗なんてしないのです! ……と思ってるんですけど、何故か司会補佐をつけられたのです。ムルってそんなに信用ないのです……?」
《妥当過ぎる判断》
《普段の配信であれだけやらかしてればなぁ》
《ムルちゃは真面目にやってあれだからなおのこと……》
「うぐ……ま、まあ気を取り直して、ムルの司会進行をサポートしてくれるのはこの方なのです!」
「はいはいこんあーるま♪ 司会補佐もこのアタシにお任せあれ! 道化を導く道化こと導化師アルマでーす」
《こんあるまー》
《アルマちゃんなら安心だ》
「アルさん! ムル許せねえですよ! ムルに司会なんて無茶だって、みんなが意地悪言うのです!」
「うんうん日頃の行い見てくれてる視聴者さん沢山いてよかったねー」
「裏切られた!?」
《さすが導化師分かっておられる》
《みんなが認めるポンコツ吸血鬼》
「ほらムルちゃ。やればできるってとこ見せたかったら司会進行しようか」
「うう……分かったのです。気を取り直して今日のデビュー配信の流れを説明をしていくのです。えと、台本台本……あれ? 忘れてきた?」
「やっぱムルちゃなんだよなぁ。アタシの台本一緒に読もうね」
「ごめんなさいなのです……」
《そういうとこだぞ》
《それでこそムルちゃだ》
2期生紅月ムルシェ、ポンコツ系愛されキャラとして人気を博しているブイアクトのメンバーの一人。
そんな彼女と導化師アルマを合わせた二人の進行で4期生デビュー配信は進められた。
「これから5人の新人さんを順番に紹介します。新人さんは一人10分のアピールタイムを与えられるのです」
「例年通りだね。アピールタイムに何をするかは自由。真面目に自己紹介するもよし、ネタに走るも良し! ……って説明したら前回一人凄い子居ましたねぇ」
《居たな……10分間無言でパントマイムしてたやつが……》
《あれは伝説》
《ミュート事故だと思ったら物音とかはちゃんと聞こえたから混乱したわw》
「そしてアピールタイムが終わったら投票タイムに移るのです。投票者はブイアクトメンバーシップに加入されている視聴者の皆様。その新人さんを『推したい!』と思ったらアンケート機能から投票して欲しいのです」
「ちなみに投票は5人全員に1票ずつあげられますよ。推しは何人居てもいいですからねー」
デビュー配信のシステムをおおよそ説明し終える二人。
ここまでが台本の内容、するとアルマが悪戯めいた顔で口を開く。
「けどさ? 折角投票するのに何もなしじゃ、つまんないですよね?」
「アルさん?」
「てなわけで。得票率が一番高い子にはアタシから個人的にご褒美をあげようと思いまーす!」
《おお!》
《ご褒美って何を?》
「それはあとのお楽しみってことで。4期生のみんな、存分にアピールして楽しませてくれたまえー♪」
《さすがアルさん盛り上げ上手だなぁ》
《新人のアピールもご褒美も両方楽しみ》
司会二人のトークの間に同接数も伸び最高潮の中、舞台の幕が上がろうとしていた。
◇
同時刻、とあるSNSのグループチャットにて。
《アルマさんのご褒美……! 絶っっっ対優勝する!》
《はいはい。シューコさんは相変わらずッスねぇ》
デビュー配信を控えた4人がメッセージを送りあっていた。
《今日、5人目、来る?》
《そう聞いてるッス。どんな子なんスかねぇ?》
《面白い子だと嬉しいヨー》
《なってくれるかな……友達》
未だ知らぬ5人目の同期生。
楽しみにする者もいれば、それを歓迎しない者もいた。
《ああ。オーディションも受けずに合格したコネ娘ね。しかもあろうことかデビュー前にアルマさんとのコラボなんて羨まけしからん……!》
《あんま怒るなヨ。もうすぐデビューなんだから》
《あ、呼ばれたから、行ってくる》
《ファイトッスよティアさん》
出番の時間になり一人が離席。
その後も5人目の話題は続いた。
《別に怒ってなんてないわ。ただ本当に実力もないのにコネだけで入ったんだとしたら、ある意味可哀想だと思ってね》
《あー……まあ流石にそんな人採用しないと思うッスけど》
《どういう意味なんだヨ?》
理解している様子の者もいたが、疑問符を表した者のために意図を説明する。
《だって私達は万を越えるオーディション応募者の中で選ばれた4人よ? その中に一人紛れ込んだのがただの無能なら、過酷なVの世界で生き残れるはずないじゃない》
各々が心中に思いを抱えながらデビューの時を待っていた。
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