第4話 経緯:推しに出会う
事務所の次に向かったのは個室の並んだフロア。
「ここがミーティングルームだ」
「へぇ……なんだかお金かかってそうな会議室ですね。すごく強そう」
「強そうって……一応配信することも考慮された部屋でな。防音もネット環境も完備だ」
強そうという稚拙な表現に苦笑したが、言いたいことは分からんでもない。
密室と言わんばかりに重く閉ざされる重厚な扉。
さらにパソコン、モニター、プロジェクターと高額な機器も取り揃えられている。
会議室とは名ばかりの、配信を目的とした部屋だ。
「けど誰も使ってないと……あの、思ったんですけどぉ。大手って言う割に事務所に全然人いないですね? 社長はいるのにぃ」
「そのことか。……うん、ここなら落ち着いて話せるしちょうどいいか。組織の体制について少し説明しよう」
言いながら近くのホワイトボードを引き寄せて水性ペンを手に取る。
「知っているだろうけどブイアクトはVTuber、つまりイラストをモーションキャプチャ等で動かすWeTube配信者、それをアイドルとしてプロデュースするプロジェクトだ。そしてうちの会社『レプリカ』はVTuberの他にも当然スタッフは居る。コラボなどの提案をする企画・営業、ネットやサーバー管理のシステム、その他諸々社員数は500人ってところか。そのスタッフ達は下層のフロアで仕事している」
「あっそいえば事務所が最上階でしたね」
「だからさっきの事務所はブイアクトプロジェクトの直接関係者しか来ない。じゃあ逆に、なんで事務所を分けていると思う?」
オフィスビルと組織の関係を図解して示しながら聞く。
突然の問いかけに彼女は一瞬困った顔をしたが、すぐに顔を明るくさせた。
「えーそんなこと聞かれてもぉ……あ、VTuberだからぁ……?」
「そうだな。確かにVTuberは基本顔バレNGだ。けどそれ以上に、ファンの夢を守っているんだ」
「ファン?ってぇ……まさか社員さんの?」
「ああ。うちの社訓は『推しに尽くす喜び』だからな」
「うわぁ……ある意味素晴らしい社訓ですねぇ」
少女は皮肉混じりに笑う。
対して推し活とは無縁そうな男は真面目に語る。
「どうせ働くなら推しのためになってると考えた方が楽しいだろ? それなのに推しの裏の顔を知ってしまうとちらついて推しにくくなる。だから関わる必要のない人には極力顔を見せない」
接触の削減、とはいえ同じ職場である以上完全な遮断は難しい。
現場で居合わせるスタッフなんかはどうしても顔見知りになってしまう。
しかし写真を撮られSNSに晒される、なんて危険も昨今では珍しくもないため接触の機会を防ぐだけでも意味はある。
そんな裏話も交えながら話を進める。
「そして本題。現在ブイアクトのメンバーは13人、それが1、2、3期生の3世代に大別される。そして近々デビュー予定の4期生。現在4人が既に確定していて、君が5人目の4期生というわけだ」
新たにブイアクトの構成を文字に起こしながら説明する。
すると彼女は小さく手を上げて意見した。
「あのぅ……まだ確定じゃないんですけどぉ……」
「え? ここまで説明させて断るつもりなのか? 薄情なんだな」
「ぇえ……? 見学してからって言ってたのにぃ……」
「冗談だ。説明はこれくらいにして次にいこうか」
おおよその説明を終えてミーティングルームを後にした。
そうして次に向かったのは……。
「ここがレッスンルーム。ダンスルームとボーカルルームがある」
明るく広い鏡張りのダンスルーム。
機材を取り揃えた密室のボーカルルーム。
それらが併設されたフロアに到着した。
「ここも誰もいない……アイドルなのに?」
「ライブの頻度は普通のアイドルほど多くないからな。ライブが近づけばレッスンは増やすけど、VTuberの仕事はライブだけじゃない」
「Vの仕事ってことは、動画配信?」
「そう。平日だと動画の生配信は夜の方が視聴率高いから、午前中は休んでいる人が多いんだ」
そもそも職場見学をこの時間にしたのも、平日の午前中が一番邪魔にならないだろうと思ったからだ。
ダンスルームが空いているのも想定済み、ここで彼女に提案したいことがあった。
「さて、折角だし1曲踊ってくれないか? 君の実力を見せてくれ」
「えぇやですぅ。疲れますしぃ」
「……」
生意気な顔で怠惰を口にする紬。
その広いデコに指を弾き当ててやった。
「い゛た゛い゛っ!? なにずるんでずかぁ! ぅぅ……パワハラで訴えますよぉ……!」
「パワハラのパワーは暴力って意味じゃないぞ。君はまだ社員でもないしな」
「じゃあでぃーぶいですぅ」
「ドメスティックな関係を築いた覚えもない」
稚拙な言葉選びを指摘しつつ、改めてお願いする。
「何でもいい。君が一番上手く歌って踊れる曲を見せてほしい」
「えー……じゃあ、地下アイドル時代の持ち歌がスマホに入ってるんでそれを……」
上着を脱ぎ、スマホを操作して床に置き5メートルほど離れる。
音が流れ始めると音に合わせて動き始めた。
歌い、踊り、汗を流す。
そして3分ほどの曲が終了し、彼女はこちらに近寄ってきた。
「どう、でしたかね……?」
感想を求められ、言葉を選ぶ。
やはりアイドルをやっていたというだけ合って、その動きには慣れを感じた。
聞いたことない曲だったが歌詞も振り付けも流暢。
よほど練習して体に染み付かせたことが伝わった。
しかし……。
「歌は悪くない。けどダンスは並以下だな」
「ぐぬぅ……ご希望どおり踊ってあげたんだから褒めてくださいよぉ……」
「調子に乗るから嫌だ」
「酷ぃ……」
褒めるも何も、四条はオブラートに包んだつもりだった。
歌は悪くないと言いつつ特別上手くもない。音程は合っているはずなのに心に響かない。
ダンスはとにかく動きが小さい。運動能力もリズム感も悪くないのに迫力を感じられない。
パフォーマンス全てに性格が滲み出ているようだった。
加えて普段の様子からしてコミュニケーション能力も高くない。
独特なキャラクター性だけが突出しており、アイドルに必要不可欠な愛嬌が足りない。
そうなれば当然気になるのは「アイドルの才能がある」と言っていた男のこと。
奴は彼女のどこに才能を見出した?
「君は……何が得意なんだ?」
「得意? 私が得意なのは……」
「おっはよーございまーす!」
質問の返答は大声量の挨拶にかき消された。
二人でダンスルームに入ってきた第三者に振り返る。
その顔を見て、思わず呻き声を漏らした。
「げ……」
「おーアッキー。どしてこんなところに?」
「事務所でアッキーはやめろって言ってるだろ! たく……アルマさんは今からレッスンを?」
「いんや忘れ物を取りにね。で、そっちの子は?」
フランクに話しかけてきた女性がもう一人の少女を気にかけた。
すると当の紬は戸惑いつつも、何故か目を輝かせていた。
「アルマって……まさか導化師アルマ? ブイアクトの? チャンネル登録420万の?」
「そだよ。そういう君はどなたかね?」
「うわ声カワイ……本物だぁ……」
「ミーハー限界オタクちゃんだったかー」
反応を見てアルマと呼ばれる女性は楽しんでいるようだった。
しかし我に返った紬は頬を引きつらせて聞いてきた。
「えと、お二人はどういう関係でぇ……まさかスキャ……!」
「待て待てスキャンダルじゃない。違うからスマホを下ろせ。SNSで呟こうとするな」
「まぁ呟いても見てくれるフォロワー居ないんですけどね……」
「何故君はそんなに自爆したがる。生きるの下手か?」
自分の行動で勝手にダメージを受けている、なんて哀れな生き物だろう。
そこでアルマがフォローをしてくれた。
「四条マネージャーは私の弟だよ」
「双子だけどな」
「へぁ……そうなんですかぁ……」
「ちなみにこの子はオフィスの見学中。4期生最後の一人だ」
「しれっと外堀埋めるのやめてもらえますぅ? まだ確定してないですからぁ」
間抜けヅラになったり不貞腐れたり、言葉一つでコロコロ変わる表情を見て楽しんでいると、別の疑問を投げられた。
「ふーん見学ねぇ。けど事務所だけ見てもVTuberがどんな仕事か分からなくないかね?」
「それはまあ……」
「私も……仕事の理解はできたけど具体的なイメージがまだぁ……」
「だよねだよね」
ふざけた口調で自慢げな顔をするアルマ。
名案でもあるのか? と視線を向けてみる。
「じゃあさ、私について来る? 今日も配信する予定だしさ」
「え、いいんですかぁ!?」
「それは……ちょっとサービスしすぎじゃないか?」
「いいのいいの。私も未来の後輩のために一肌脱ぎたいの。てことで善は急げ、早速現場へレツゴー!」
勝手に予定を決められ振り回される。
そんな姉の行動力にため息を吐きつつも、少しだけ感心した。
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