第3話 経緯:Vにハマる
ブイアクト。
アイドルをテーマとしたVTuberプロジェクト。
企業が擁するVTuberの中でも最大手のグループ。
その活躍は動画配信サイト『WeTube』で見られる。
「ブイアクトかぁ。そいえば名前は知ってたけど見たことなかったかもぉ……」
翌日見学することにはなったが、見るのはいわゆる業界の裏側。
表を知らずに裏だけ見てもイメージしにくいだろう。
そう思いスマホにブイアクトの文字を打ち込む。
「ゲーム実況に雑談、やっぱり動画配信が本業か……。あ、ライブ映像あったぁ」
配信者としてのブイアクトも興味はあるが、自分が目指しているのはあくまでアイドルだ。
イラストの皮を被った彼女たちにどんなパフォーマンスができるのか、それが一番の懸念だった。
だがそんな懸念も杞憂に終わる。
「おぉ、うん。思ったより悪くない……かも?」
嫌悪はなく、むしろ好感を抱いている自分に少し驚いた。
可愛く作られた色とりどりのキャラクター、プロの歌手に負けず劣らずの歌声、ダンスも生身と遜色ないほどにキレがある。
そして現実では取り入れられないパフォーマンスもCGと合成することで実現させていた。
現実のアイドルとは違った魅力、そのクオリティの高さ。
懐疑的感情を溶かされ、目を惹きつけられ、次の動画へと手を伸ばす。
「ん? この動画だけ再生数バグってない? 他と10倍くらい違うんですけどぉ……あっこの曲聞いたことある……かも……」
何気なく開いた1曲の動画。
歌い手の名は『導化師アルマ』。
「うっ……わ……」
一瞬で心を奪われた。
嗚呼、久方ぶりだ。この心に愛が満ちる感覚。
その姿の、その歌声の虜にされて。
時間を忘れて夜は更けていく。
◇
翌日、待ち合わせ時間に車で迎えに来ると、彼女はゾンビのような目をしていた。
「……大丈夫か? 目のクマ酷いぞ」
「あ、はい大丈夫ですぅ……寝てないだけなんで……」
「寝てない? 一睡も? ええと……見学中にお昼寝できるとか思ってないよな?」
「な!? そそそんなこと思わないですぅ!」
この娘の残念さに果てはないのかと絶望しかけたが、彼女の言葉に思いとどまる。
「だってぇ……一応ブイアクトのこと予習しようと思って……」
「予習? それで徹夜?」
「あ、えと……ほんとはすぐ止めるつもりだったんだけど、アーカイブ見始めたら止まんなくってぇ……」
「……ふ、ははっ。そうかそうか、案外乗り気みたいで安心したよ。それにしても君、結構オタク気質なんだな」
「む。確かにオタですけどぉ、どうして笑うんですか。ひょっとしてバカにしてますぅ?」
思わず溢れた笑いに彼女はまた不機嫌そうに拗ねる。
ただ今回ばかりは本当に悪気はない。
「いや失礼、むしろ嬉しいくらいなんだ。VTuberは多少オタクな方が向いているからな」
「そうですかぁ? でも確かに昨日見てた子も……」
「誰のアーカイブを見てたんだ?」
「えと……とりあえず一番人気って言われてる導化師アルマって子の配信をぉ……」
「ぼふっ! げほっけほっ……」
飛び出してきた名前に思わず噎せてしまった。
咄嗟に口は抑えたが、彼女はなんとも嫌そうな顔をしていた。
「うわ汚ぁ……じゃなかった。大丈夫ですかぁ?」
「あ、ああ。しかし『アルマ』かぁ……まあ人気だしな……うん。そろそろ出発しようか」
「? 了解ですぅ」
動揺を誤魔化して話題を反らす。
彼女の頭上にはハテナマークが浮かんでいるようだったが、無視して目的地へと先行した。
◇
株式会社レプリカ本社。
ここには事務所の他、様々な施設が内包されている。
つまりここがブイアクトのメンバーやスタッフ達の活動拠点というわけだ。
「ただいま戻りました」
「お……オジャマシマスぅ……」
事務所に入室し一言言うと、それに続いて小声が後ろから聞こえた。
身を小さくしながら背後を追ってくる少女。
そんな自分たちを見て声をかけてくる女性がいた。
【おかえり。四条マネージャー】
音の主は20代後半と思しき女性。
その人はスマホを握りしめ、人ならざる声でこちらとの会話を求めていた。
「機械音声?」
「文字読み上げの音声ソフトだよ。社長は声が出ないんだ」
「へーそう……って社長!?」
「ああ。ふざけたことを抜かせば一発でクビが飛ぶので気をつけるように」
「ひぃ……あ、へへっどーもぉ……お肩お揉みしましょうかぁ……?」
「期待通りの小物な反応をありがとう」
少しだけ脅してみると紬は必要以上に腰を低くした。
面白がって見ていると、機械音声に窘められる。
【あまりからかったら可哀想だろう四条くん。改めて、社長の灰羽メイだ。気軽にメイちゃんと呼んでくれ】
「え……えっと、呼んでも怒られません? 逆に呼ばなきゃ怒られます? あの、悪いことしないので怒らないでくださぃ……」
【なるほど……これは確かに嗜虐心がそそられるな】
「でしょう?」
典型的な弄られ系陰キャ、という自分の直感的印象は正しかったようだ。
同意を得られたところで話を変え、社長に聞いてみた。
「しかし珍しいですね。社長が事務所にいるなんて」
【君が戻ってくると聞いてね。それでこの子が例の?】
「期待の新人……かも? しれない子です」
【ほう。四条くんが褒めるとは珍しい】
自分としては知人の言葉を借りただけなので褒めたつもりはない。
しかしそれを聞いた少女は頬を緩めていた。
「えぇ? そんなまだ入るって確定したわけじゃないしぃ……その、期待されても困るっていうかぁ……へ、へへっ……」
【随分可愛らしい子だね。とてもチョロそうだ】
「可愛い……ふひっ……ん? チョロそう?」
社長にも気に入って貰えたようで一安心する。
そうして話に一段落ついたところで、気持ち悪い笑いかたをする少女の手を引くことにした。
「それじゃ僕はこの子に社内を案内してくるんでこれで」
【ああ。いってらっしゃい】
「あ……はい。イッテキマス……」
慣れない環境に会社のトップという重役との邂逅。
緊張しながらも彼女は自分に付いてきてくれた。
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