第43話 魔霧ティアの決断

 ブイアクトのみんなは個性的だ。

 配信者だから当然と言えば当然かもしれない。

 じゃあ魔霧ティアの個性って?


「昨日は、急に配信お休みして、ごめんなさい。最近色々あったから、今日は雑談配信。ティアのお話、聞いてくれる?」


 他の人に聞いたら歌って答える人が多いと思う。

 でもティアは上手く歌えるだけ。歌に個性がない。


《雑談!? めっっっずらし!》

《ぜひ聞かせてくれ!!!》

《最近色々挑戦してくれるの嬉しい》


「ほんと? 歌以外のティアも、見てくれるの?」


《そりゃ当然》

《歌だけで良いならVTuber見てないよ》


「おおーたしかに。じゃあ、お話するね」


 雑談配信と称し、視聴者に最近の出来事を話しながら自分について考える。


「カラオケ大会、出た。2位だった。リリと約束したから、同期のみんなに日程聞かなきゃ。ウラノさんとお話できて嬉しかった。カチュア様の弟子にされた。いつか絶対負かす」


 ブイアクトで歌と言えば二人。

 全力を尽くし情熱的に歌うカチュア・ロマノフ、芸術的な美声を歌に乗せる初為ウラノ。

 たぶん二人は本気で歌が好きで、その好きが伝わってくるからみんな好きになる。


 ティアも歌を好きになりたい。本気で歌ってみたい。

 自分の本気がどんな色をしているのか知りたい。

 そのためにも知る必要がある。

 個性、アイデンティティ、魔霧ティアを一言で言い表すための言葉を。


「そのときムルシェとも会って、ゲームイベントの司会やることになって、2期生のみんなに会った。ティアのお喋りの練習、付き合ってくれた。疲れたけど、みんなと話せて良かった。ちょっと成長した。むふー!」


 個性と言えば2期生の4人。

 エルはプログラミング、ツララはゲーム、リリは美食? ニオは……イタズラ?

 みんな特技や趣味、特徴的な武器を持ってる。


 ティアに分かるのは、みんなが楽しそうだってことだけ。

 自分はまだ歌を楽しめていない。

 でもそれが分かるようになっただけでも進歩だと思ってる。


「同期とゲームの練習した。やっぱり、一番話しやすかった。遠慮しなくていいから」


 魔霧ティアになる前は毎日が空虚で、楽しいが分からなかった。

 今楽しいのはようやくできた友達のおかげ。

 特に二人、特別な友達が居る。


「そのあとツムリにゲーム教えてもらって、お泊りもして、楽しかった。今のところ一番の友達、かも?」


 紅月ムルシェと異迷ツムリ。

 ムルシェとは交流し始めて日は浅いけど、だからこそこんな深い仲になれたことに驚いてる。

 ツムリは一番長く時間を共に過ごしてきた、疑う余地もない。

 一見共通点のない二人だけど、それぞれと共に過ごして気付いた。

 ムルシェとツムリは真逆なんだって。


「……色んな人に会った。みんな個性あって、面白い」


 愛される天才と愛を伝える天才。


 ムルシェはチヤホヤされたい、つまり愛されたいと願っていた。

 先輩同期後輩、誰が相手でも分け隔てなく接し、頼られようと見栄張って失敗して、それでも皆許してしまう愛嬌がある。

 裏表のない純粋な性格、不器用ゆえに母性をくすぐる存在。


 ツムリは良くも悪くも推しが多い、近年のオタクの典型といった印象。

 同じ箱のメンバーも、同期だろうと遠慮なく推してくる。

 言葉は上手くないけれど真っ直ぐな愛情を伝えてくるから、みんなも悪い気はせず受け入れてしまう。


 そんな二人だから友達作りが苦手なティアとも仲良くなれんだと思う。

 今だから分かる。友達が居れば楽しいわけじゃない、楽しいを共有できる存在が友達なんだって。


 今は共有してもらうばかりだけど、いつかティアの楽しいも共有できるようになりたい。

 だから自分が楽しめる何かを見つけたい。

 楽しむために、本気で歌うための、自分の個性。


「ティアには歌があるって思ってたけど、みんなの方が凄い。歌上手い人はたくさんいて、ティアはつまんないだけ」


《つまんなくないよ!》

《誰がなんと言おうとティアちゃんの歌が好きだ!!!》

《今も良いけど、もっと楽しく歌ってるところがみたいかも》


「ありがとう。楽しく歌う……うん。たしかに、楽しい歌い方、わかんないかも」


 考えて考えて、悩み続けてる。

 でもこんなに悩んでるのに全然息苦しくない。

 魔霧ティアになる前に感じてた苦しさはなく、むしろ心地良いくらい。


 自分を知るたび魔霧ティアが出来上がってゆく。

 ティアはこの自分探しの旅路を楽しいって感じてる。

 自分の楽しいを自覚した瞬間、最高潮に楽しいと思えたんだ。


「わかんないけど、ちょっとずつ勉強するから。ティアの成長、見ててくれる?」


《見るに決まってるだろ!!!》

《そういうの、大好物です》

《ティア友やっててそれが一番の楽しみまである》


「うん。ありがと、みんな」


 当面の目標は、本気で歌うための個性の獲得。 

 魔霧ティアのコンセプトはカマキリ、見掛け倒しなところが今の自分にぴったりだと思う。

 カマキリの鎌はほとんど何も切れない。歌が上手いだけで誰かに刺さるわけでもない、切れ味が足りない自分と一緒。

 でも、いつか見掛けだけじゃなくしたい。


 ………………。


「マネージャー。お願いがある」

『配信終わったばかりに急な話ですね。何かありましたか?』


 勤務時間でもないというのにティアの連絡にすぐ応じるマネージャー。

 仕事熱心なのか、それとも仕事と関係なく配信を見ていでくれたのか。

 配信主としては気になるところだが、一旦脇に置いて本題に入る。


「前に言ってた、レコーディングの話。進めて欲しい」

『! ……良いのですか? こちらは待ってたくらいなのでいつでも動けますが』


 嬉しそうに息を呑み、若干控えめに再確認してくれる。

 そんな優しい気遣いをくれるマネージャーの気持ちに応えようと、前のめりに回答する。


「大丈夫、もうすぐ分かると思うから、ティアの歌い方。……もし間に合わなかったとしても、それが今のティアだから。大丈夫」

『そうですか……では進めましょう。魔霧ティアの新たな一歩を』


 少女とマネージャー二人で作り上げる存在、それが魔霧ティアの在り方。

 少女の小さな歩幅に合わせ、ゆっくりと一歩を踏みしめる。







 部屋の一室。二人の男女。

 椅子に座り、会話を交わす。

 キーボードのタイピング音を響かせながら。

 

「S方向敵二人。気をつけよう」

「おっけー♪ 一人引き受けるからそっちお願ーい」

「うん……よしチームキル。これで勝ちだな」

「ふぅ……すー……ん? あの、マネージャーさぁん。なんで二人でこんな夜遅くまでゲームしてるんでしたっけぇ……?」

「お前が練習したいって言ったんだろ?」

「そうでしたっけぇ……そうかもですねぇ……」


 対面しているのは普段のパソコンではなく借り物。

 事務所の会議室の一室で2台のPCを並べ長時間ゲームしていた。


「でも意外でしたぁ。マネージャーがこんなにゲーム上手なんてぇ」

「僕を誰だと思ってるんだ? この年になっても姉さん……導化師アルマのゲーム相手やってたんだ。当然あの人の手癖もよく知っている」

「はぁいおかげさまでぇ、私も精度上げさせて貰ってますぅ」


 各期生対抗マジクラウォー。

 優勝するために配信外でも練習する人は多くいる。

 だが彼女は異迷ツムリとしての練習以上に、導化師アルマの練習が必要だった。


「さて、練習はこれくらいにしておいて本番の動きを再確認しておくか」

「ですねぇ。ご迷惑おかけしますぅ」

「いやこちらこそだ。なんせ今回は全体コラボ……ほぼ全員が配信に参加することになる。となればアルマとツムリ、どちらかが出なければ不自然だからな」


 同時刻の配信中に二人を演じる。

 いくら人格までコピーし得る声真似のクオリティと言えど、切り替えには数秒を要する。

 どうしても会話にラグが出てしまい、どこかで疑われる危険性は高い。

 そのためにも入念な準備が必要だった。


「社長と無月さんの協力でトーナメント初戦に1期生と4期生がぶつかることだけは回避できた」

「組織の闇を感じますねぇ。今だけは助かりますけどぉ」

「だが2チームの戦闘中は必然的に残り2チームが観戦になる。その観戦風景も配信する人が多いだろう」

「1期生はコラボ枠立てるらしいですねぇ」

「ああ。だからアルマの観戦中にツムリが対戦する場合、ゲーム操作は僕がやろう」

「助かりますぅ。でも私の操作の真似なんてできるんですかぁ?」

「下手なフリするくらい造作もないさ」

「ぐぬぅ……ナチュラルにディスらないでくださいますぅ?」

「逆に何故ツムリのときとアルマのときでゲーム操作にここまで差があるんだ……?」


 いつもの如く煽り合う男女。

 それはある意味、お互いに気をつかい合った結果だった。

 人を騙しているという現実から目を逸らすために。


「ただそうするとツムリは対戦中に声を出せないことになるが……そこは問題ないな?」

「言われた通り皆に提案しましたよぉ。作戦の一環で必要なときしか喋らないってぇ」

「よし。あとは準備だな。他の根回しもして……」


 導化師アルマが不自然にならぬよう、異迷ツムリの影武者を用立てる。

 嘘に嘘を重ねることになってしまったが、最早後には引けない。


「ほんといつもお世話になりますぅ」

「マネージャーだからな。サポートするのは当然のことだ」


 より深い共犯関係を築くこと、それが少女の心の負担を減らす唯一の手段であり、自分にできる最大のサポート。

 そう信じることで、男もまた罪悪に潰れそうな心を保っていた。


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