第42話 過保護の理由
早朝、隣で寝ていた少女の動く気配を感じる。
瞳を閉じて待つ。すると彼女は静かに出ていった。
しばらくすると別の部屋から咳き込む音が響いた。
「けほっ、んんっ」
「……大丈夫ですかぁ?」
後ろから声をかけるとティアは気まずそうに振り向いた。
「ん、昨日喋りすぎただけ。いつものこと」
「いつも、なんですねぇ……」
気丈に振る舞っているものの、ツムリは既に異常を確信している。
昨晩は症状に緊急性がないことだけ確認し、とある人物に連絡しておいた。
結局心配でほとんど眠ることはできなかったけれど。
「? 心配してくれてる? 大丈夫、だよ」
「そうですかぁ。ティアさんがそう言うならぁ、私は信じますけどぉ」
「けど?」
ツムリの言葉の続きを待っていると、部屋にインターホンの音が響いた。
かなり驚いた様子のティアは来訪者を確認しに行く。
「こんな朝に、お客さん? ……え、マネージャー? なんで?」
「ツムリさんからマネージャー経由で連絡をいただきました。上げて貰えますか?」
「……分かった」
ツムリに少し恨めしそうな目を向けつつマネージャーを出迎える。
「無理をしているそうですね?」
「……全然、二人の勘違い」
「本当に勘違いなら証明できますよね?」
「……」
「病院行きますよ。ツムリさん、申し訳ないのですが今日のところはここで」
「あ、はい……その、お大事にぃ」
そうして解散することになったお泊り会。
このような形で解散することになり申し訳ない気持ちもある。
しかし共に楽しむことができるのも健康な体があってこそ。
ティアの無事を祈りつつ、ツムリは別れを告げた。
◇
「軽度の喘息ですね。前まではお薬を服用してたとのことですが……今度からは忘れないようお願いしますね」
マネージャーに連れられた病院。
医師の診断を聞いた後、待合で大人しく尋問を受ける。
「薬切らしていたこと。なぜ隠していたのですか?」
「忘れてた、だけ」
「嘘おっしゃい」
「ちっ……」
魔霧ティアのデビュー前、オーディション時点で持病があることは申告していた。
喘息持ち、しかし薬さえあれば活動に支障はないほど軽度であること。
当然マネージャーもその話を把握している。
「……病院に行くって、発想がなかっただけ。薬は、お母さんから貰うもの、だったから」
「? ではご実家に取りに帰れば……」
「やだ。……それだけは絶対、いや」
確固たる意志を感じさせる言葉。
自由気ままでワガママも多いが、ここまで明確に拒絶されたのは初めてのことだった。
「家には帰れない。帰ったら二度と、配信できなくなる、と思う」
「……確かに、配信者という職業に否定的な考えを持つ人は一定層いますね」
否定的、というのは存在そのものを嫌うという意味に限らない。
ファンの応援に依存せざるを得ない先行き不透明な職種。
親であればなおさら心配するのかもしれない。
「けどティアさんのご両親はそれほど度量に欠ける方々ではないと思いますよ」
「なんでそんなこと、分かるの?」
「分かりますよ。だって話したことありますし」
「…………うん?」
マネージャーの言葉に今まで見たことのないような顔を見せるティア。
信じられないものを見るような目で次の言葉を待っている。
「会ったことがあるのですよ。あちらから声を掛けていただいて。どうやら探偵を雇ってティアさんの居場所など突き止めたようです」
「……はぁ。そういうトコが無理だって、言ってるのに。本当に、過保護」
正直魔霧ティアをマネジメントしていて一番の危機だった。
親からの干渉にして身バレの危機。
本当に良識だけは備わっている両親で助かった。
「やり過ぎな面は否定できませんね……しかし反省もされているようでしたよ」
「反省?」
「過保護ということはそれだけ心配性なのですよ。けれど心配する余り我慢させすぎてしまったことは申し訳なく思っていると。ティアさんに避けられ、会えなくなってからそのように思い至ったそうです」
聞いた言葉をほとんどそのまま伝える。
しかしティアはどう受け止めるか迷っているようだった。
「……マネージャーから言われても、あの人達の本心は、分からない」
「ではなおさら会って確かめるべきでは? ティアさんのことですからどうせ禄に会話してこなかったのでしょう?」
「……むぅ。マネージャー、イジワル」
「ふふっ。確かに今のはずるい言い方でしたね」
不貞腐れる少女を宥めるように説得を続ける。
「それでも反省の意味も込めて、あなたが会いに来てくれるまで待つとおっしゃっていましたよ。現に居場所が分かった今でも無理に押しかけたりせず、仕送りだけは続けてくださってますよね?」
「それは……うん。合ってる」
「余計なお世話かもしれませんが……家族は大切にした方が良いと思います。ティアさんの言う友達よりも繋がりの強い人達ですから」
私的な感情も織り交ぜながらマネージャーは伝える。
その熱意に押されてか、少女の険しかった表情が和らいだ。
「……うん。そうかもね。じゃあ今度、実家帰るとき、ついてきてくれる?」
「えー……それは私の領分を超えるのですが」
「マネージャーが、焚き付けたくせに……ホントに、ダメ?」
「……仕方ありませんね。一応あなたの歌のファンでもありますし、どこまでもお供しますよ」
「ん。よろしく」
育った環境もあるが、会話を苦手としてきた少女は対話することなく諦めることが多かった。
それは無意識に、何を言っても無駄だろうと勝手に思い込んで、それを口にしたことなど一度もなかったのに。
対話の経験がなかったからこそ、自分の考えを曲げることもほとんどなかった。
その意識を、目の前の女性が改めさせてくれた。
自分のことを理解し、丁寧な言葉で諭してくれた。
口下手な少女はこの日、言葉にして伝えることの大切さを学んだ。
◆
その少女は、VTuberに不向きな性格だった。
ブイアクト4期生オーディション。
選考を通過してなお膨大な数の応募者。
何人も面接して、中には将来有望な原石も何人か居た。
「私は、お喋り上手くない。ゲームもやったことないし、ダンスもできない。歌はちょっと自信あるけど、たくさん歌う体力もない」
あまりにもVTuberに不向きな人柄。
動画選考での評価が高く通過したらしいが、面接は最悪だった。
正直さは美徳と言うけれど、何も自己アピールの場であれほど自虐することがあるだろうか。
「小さい頃から病気で、喉が弱い。簡単に言うと呼吸が下手くそ。皆は呼吸できて偉いけど、私はできないから偉くない」
おまけに持病持ち。
これほどの欠陥品、プロデュースするのはコストに見合わない。
誰もマネジメントしたがらないだろう、そんな所感だった。
「それなのに、マネージャーやってくれるの?」
少女は合格してしまった。
間違いなく歴代最低スペックの企業VTuberだろう。
しかし、それは歌以外の話だ。
「オーディションであなたを推薦したのは私です。マネージャーにも立候補しました」
彼女が面接で披露した歌に見初められた。
技術は拙いもののポテンシャルは大いにある。
それだけ可能性を感じた歌を全世界に届けたくなった。
一言で言えば、彼女を推したくなった。
「あなたの歌の行く末を見たくなったのです。ファンの一人として」
スペックは高ければ良いと言うものでもない。
大切なのは欠点すら愛せる魅力を持っていること、応援したいと思えるかどうかだ。
そんな己の直感を信じ、私は自らの意志で貧乏くじを引くことにした。
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