第5話 経緯:生配信で無茶振り
ブイアクト1期生、導化師アルマ。
VTuberと聞いて真っ先に思い起こされる名前、そんな存在だ。
その人気配信者の仕事現場にいつの間にかお邪魔することになっていた。
「うちに帰れば良いんだよな?」
「もちろん。電車代浮いて助かるー」
「あっお二人共実家ぐらしなんですね」
四条マネージャーに運転を頼み、3人を乗せた車が発進する。
移動中はVTuberについて質疑応答の時間になった。
「一日のスケジュールってどんな感じなんですか?」
「んー、普段通りだと朝は9時起き。お昼は事務所に行ってミーティングかレッスン、で夜は配信って感じかな。結構イベントとか企業案件もあるから臨機応変にってことが多いけど」
「ミーティングって何話すんです?」
「基本は毎日の配信スケジュール。流行のゲームとか調べながら配信内容決めて、時間帯も事務所で告知を出してもらう。あとは企画のすり合わせとか……」
「おぉー……」
アルマは本気で紬を応援しているようで、聞かれた質問は全て真面目に答えていた。
紬はVTuberにハマって1日も経っていないものの、アルマの話に強く興味を持った。
ただ不安にも思っていた。本当にブイアクトに加入するのか、決めかねているからこその質問なのにここまで良くしてもらうと余計に断りづらくなりそうで後が怖いと。
そんな車での移動時間が過ぎ、現場に到着した。
「ようこそ我が家へ。そんでもってここが配信の撮影現場でーす」
「おお。ここが導化師アルマの部屋……うん?」
アルマらにとってはただの帰宅、客として招いた紬を案内する。
通された部屋を見て、紬は少々戸惑った。
目に入ったのはデスクの周りに数々の高額そうな配信機材、加えて一目で趣味が分かる内装。
「すっごい推し活部屋ぁ……これ全部VTuberのグッズ?」
「うん。自由時間とかも他の子と接点作るために配信見るし、そしたら仕事も趣味もV一色になっちゃった」
「……あのぅ、これ50人以上居ません? ブイアクトって確か13人ですよね?」
「ふっふっふ。VTuberはブイアクトだけじゃないのだよ」
説明を受けて紬は感心する。
アルマの仕事に真摯に向き合う姿勢、そして一人のオタクとして彼女の趣味に対する真剣さが理解できたから。
「ほぁー……けど実家で配信って、よく親御さんに許して貰えましたねぇ。夜とかも配信すると声響きませんか?」
「許してもらったというか……ぶっちゃけこの家私名義なんだよね」
「え」
「うち元々マンション住まいだったんだけどさ、一人暮らし面倒だから実家出たくなかったんだよね。でも配信のための防音リフォームとかオフコラボのためにもっと広い部屋欲しいなとか考えて、VTuber始めて5年目くらいの頃に思い切って家建てちゃった」
「まあ僕も、こんな立派な家建てられたら実家出る気もなくなるよな」
「わぁマネーパワースゴイ……」
「さて、もうすぐ配信時間だし準備しようかね」
豪快な行動力に目の前の女性が人気配信者であるという事実を改めて思い知る。
呆然とする紬を脇にアルマは手際よく配信準備を済ませ、デスクに着席する。
「それじゃ始めるよ」
カメラのノイズにならないように横で座り、アルマとモニタを視野に入れる。
間もなくライブ配信が開始する。
同時に、目の前の女性の顔つきと声色が変わった。
「こんあーるま♪ 迷い人の皆々様、案内役はこのワタクシめにお任せあれ! 道化を導く道化こと導化師アルマですー」
画面に現れたのは昨晩見た人気配信者の姿。
ピエロモチーフのキャラに現代風のサーカス衣装、額に被せられた赤鼻トナカイの仮面は彼女のトレードマーク。
そのイラストは目の前の女性の動きと連動している。
《待ってた!》
《こんあるまぁぁぁあ!!》
怒濤の勢いで流れるコメント。
その風景を目の当たりにして紬はようやく実感する。
今まさに、本物の導化師アルマが眼前にいることを。
「はいはーい。今日は告知通り歌枠やってきますよっと。リクエストあったらジャンル問わずコメントしてくださいねー」
《何でも歌ってくれる、ってこと!?》
《電波曲ばっかリクエスト来そうだな》
「どんな曲でもお任せあれ♪ じゃ早速歌っていっきまーすよっ!」
歌枠、つまり単独カラオケが今日予定されていた配信らしい。
一人賑やかに配信する女性の姿を紬は呆然と静観していた。
◇
「ふぅ。今日の歌枠はこれにて終幕! さてさて恒例の雑談タイムに入りますかねー」
約1時間半、アルマの歌枠配信を間近に見た。
紬は昨晩寝ていないせいで睡眠不足のはずなのに、その目は完全に冴えていた。
「どうだ? VTuberの撮影現場を見た感想は」
コメントと雑談するアルマの横で、四条マネージャーが小声で話しかける。
感想を求められても言葉はパッと思い浮かばない。
正確には、言語化ができなかった。
動画を見て、配信の裏側を見て、たった一日でアルマのファンになった。
そして見るまで半信半疑だったが、最早疑いようもない。
これは紛れもなく、自分が憧れ続けた『アイドル』の姿そのものだ。
「私も……こんな風になれるんですかねぇ……」
そう呟く紬の表情はどこか不安げだった。
憧れの眼差しというよりも、同じ舞台に立つことに対するプレッシャーを感じている様子。
なんと声を掛けたものかと男が迷っていると、その場で喋り続けているもう一人が聞き捨てならないことを言い出した。
「実は今日言ってなかったんだけどね、ゲストが来てるんですよ」
「……ん?」
《ゲスト?》
《まさかのサプライズコラボ?》
《マネージャーとか?》
「んー惜しい。マネージャーもいるけどアタシの担当じゃなくて、なんと未来の新人ちゃんが見学してるんです!」
「え」
《4期生か!》
《そいえばもうすぐデビューだね》
「ってことで自己紹介……は流石にNGだから、一発芸でもしてもらおうかな!」
「はいぃ!?」
《無茶振りすぎて草》
《驚いて声出ちゃったしw》
紬がわけも分からず混乱しているとマネージャーが不機嫌そうに小声で口出しした。
「……おい、どういうつもりだ?」
「大丈夫だって。デビュー日はもう発表してるし、この子のキャラ情報とか知らないから情報漏洩のしようがないし、個人情報だけ気をつければいいよね?」
考慮しているようでどこか楽観的な言葉に男はため息を吐く。
そのやり取りを聞いても自分がどうすべきかという結論が分からない。
「マネージャーさん。私は……どうすれば?」
「そうだな。僕から言えることがあるとすれば……やりたいようにやればいい。君が失敗したとしても悪いのは誘った奴。この人のチャンネルが荒れたとしてもただの自己責任だよ」
「えー酷くなーい?」
プレッシャーを緩和させるためなのか、マネージャーは責任の所在を明確にした。
それでも彼は「やらなくて良い」とは言わなかった。
多人数の視聴者に囲まれる中、要求された一発ギャグという無理難題。
それを私ならできると思ってくれたのか、それとも別に理由があるのか。
その真意は分からないが、不思議なことに紬はその回答に納得していた。
何故なら、紬の中にも断るという選択肢が端から存在しなかったから。
「確かにそですね……じゃあ好きにやりますぅ」
「あ、乗っちゃうんだ……いやいいんだけどねー……」
いつもの自分ならきっと逃げていたけど、今は違う。
目の前で推しを見て熱を、愛を、エネルギーを貰った。
今ならば、なんでもできる気がした。
「はいはいお待たせー。ちょっと話が長引いちゃいまして」
《アルさんおかえりー》
《待ちわびたぞ》
「ごめんねー。それで皆、さっきの歌枠どうだったかね?」
《めちゃ良かったよー》
《無限にアンコールしたい》
「ありがとー。けど無限は流石に喉が死んじゃいますなぁ」
《確かに》
《それで新人ちゃんは?》
《一発芸まだー?》
「え? 新人なら……もう喋ってますけど?」
「あのーみんな? アタシさっきから一言も喋ってないんですけどー?」
《はい?》
《??????》
突然のカミングアウトにコメント覧は疑問符で溢れかえった。
改めて理解させるために、紬はネタ明かしをする。
「"こんあーるま♪ 道化を導く道化こと導化師アルマ"……さんの声真似でしたぁ。へへ……」
《え? 似すぎじゃね?》
《全然気づけなかった……ちょっとショック》
《いや流石に自演では?》
「えっ?」
「いやいやこれが自演じゃなくてねー」
自分の特技を披露したつもりが、何故か疑いをかけられてしまう。
どうすれば嘘ではないと伝わるか。
一瞬考えた末に、もう一度披露することにした。
「「ホントにさっき紹介した新人ちゃんがアタシの声真似してるんですって!」」
《んん!?》
《ハモッてる?》
「ま「また真似してきたよこの子。いやホント上手すぎて笑えてきますねこれ。あははっ」はっ」
《なんだこれハウリング? エコー?》
《声が二重になったり遅れて聞こえたり……》
《気持ち悪!?》
「えと……信じてもらえました、か?」
明らかに一人ではできない芸当。
これで録音でも使っているんじゃないかと言われたら証明が面倒になる、と思ったがその心配は杞憂に終わった。
《マジでクオリティ高いな》
《配信乗っ取られちゃうww》
《笑い声も一緒なの怖かったわw》
《新人ちゃんの名前は決まってる? なんて呼べば良い?》
ようやく視聴者達に受け入れられ、歓迎ムードに思わず頬が緩む。
今度はちゃんと自分の声で質問に答えた。
「えぇと……名無しの引きこもり系クソ雑魚ナメクジですぅ。気安く雌カタツムリとでも呼んでくださぃ。へへっ……」
《声真似すごかったけど素のキャラも中々に濃いな》
《カタツムリに雄雌の区別ないしww」
《クソ雑魚wこの子すぐ虐められそうw》
「む、虐めは嫌ですぅ……けど皆さんも人のこと言えないんじゃ? 平日の真っ昼間からVのライブ配信見てるとか私と同類ですしぃ……?」
《ぐぅっ!?(クリティカルヒット)》
《お? 喧嘩売ってんのか?》
「あっいや、そんなつもりじゃ……」
「はいはいストーップ。新人イビリは良くないですよー」
アルマの仲裁が入り、そこからは彼女の雑談タイムに戻った。
役目を終えた私はマネージャーの横に座りなおす。
「ま、これで逃げ場はなくなったわけだな? ブイアクトの新人さん」
「逃げ場? ……あっ。私見学しにきただけなのに……もしかしてハメられました?」
「姉さんは昔からそういうとこあるからな……ともあれ歓迎するよ」
「うぅー……今更断るつもりもないですけどぉ……」
流石に観念し、VTuberになることを受け入れた。
そして正式に決まったとなれば必然、気になることも出てくるわけで。
「えと、デビューっていつ頃でしたっけ?」
「来週だよ」
「ほぇー来週……え来週?」
思わず目を丸くして聞き返す。
自分の下した判断を後悔する暇もないほどに時間は残されていなかった。
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