第6話 過去:とある少女の終曲

 最初はただのアイドルオタクだった。

 テレビで見かけて、曲を聞いて、グッズを買って、ライブに参加してみて。

 ズブリズブリと沼にハマって行った。

 新たなアイドルグループを見るたびに推しが増えて、推しが増えるほど心に愛が満たされて。

 そうして今度は地下アイドルに興味を持った。

 新たな推しを見つけるため、私はライブチケットの予約を申し込んだ。


「おめでとうございます。オーディション合格です」


 なんか気づいたらアイドルになってた。

 私は地下アイドルのライブチケットを予約しただけのつもりだった。

 けどよく読まずに申し込んだのか、それがオーディション参加の申し込みだったらしい。

 まあ確かにプロフィールとか顔写真の提出とか途中でなんかおかしいな?とは思ったけど。

 それでも辞めようと思わなかったのだから実は満更でもなかったんだと思う。

 オーディションに合格したのが思いの外嬉しくて。


 そうして始まったドルオタの地下アイドル生活、駆け出しアイドルグループの一員になった。

 グループと言ってもソロデビューまでの仕事仲間。

 そんな環境で1年間アイドル活動を続けた頃、グループに大きなチャンスが巡ってきた。

 500人規模のライブで一曲分の出演枠をもらえることになったのだ。

 メンバーはギラギラとした目でレッスンに励んだ。

 たった5分のために膨大な時間を費やして、ここで名乗りを上げようと。

 私だって本気で頑張った。

 いつの間にか本気でアイドルを目指していて、なりたい自分になるために努力した。

 そして有名になるという希望は、望まない形で叶うことになる。


 ライブ当日は不運にも雨が降った。

 通り雨で一時中断したが、昼後に予定されていた自分達のライブはなんとか出演させてもらえた。

 緊張で体を震わせながらも、努力の成果を大勢の観客に披露するためステージに立った。

 しかし本当の悲劇はステージの上で起きた。

 足を滑らせステージから転落した。

 踊るのに必死になって、大雨でステージの一部が泥濘んでいたことに気づかずに。

 私は担架で運ばれ、グループのチャンスはわずか30秒で終わりを迎えた。

 幸いにも怪我は大したことなく、2週間で完治できる程度のモノ。

 だが本当に辛いのはそれからだった。

 世間は私を不憫な少女として注目した。   

 整備を怠ったステージに立たされ、下手をすれば怪我でアイドル生命を潰されていたと。


「バラエティの出演依頼が来ました!」


 プロデューサーは喜んでいた。

 しかし出演依頼は私一人だけ、当然それが気に食わない人間もいた。


「あの事故利用して運良く有名になって一人勝ちか? 私達のチャンスもついでに潰しちゃったけどわざとじゃないから許してってか? 許すわけないでしょ……ふざけんな……!」


 ようやく巡ってきたチャンスなのに不当なやり方で一人のし上がって、面白いはずがない。

 直接私には言わず、けれど私の耳に届くよう大きく陰口を言われる程度には嫌われていた。


「これはグループのためになる。絶対に出演するべきです」


 プロデューサーはそう言ってくれた。

 けど私は辞退した。

 納得できなかったから。

 グループメンバーに恨まれて、余計に不況を買うことがグループのためか?

 それは私の望むアイドルのあり方じゃない。

 アイドルは愛に溢れてなくてはいけない。

 誰かの不幸の上に成り立つ愛なんて、私自身が許せない。


 それからの日々は酷いものだった。

 メンバーからは冷遇され続けた。

 私も負い目を感じていたから、迷惑だけはかけないようにと注意し続けた。

 ライブがあっても決して目立とうとはせず、チャンスは全て譲り続けた。

 一度は注目されたものの気づけば私は過去の人、世間からは忘れ去られた。

 グループも空中分解してデビューできないまま一人になった。

 最早アイドルとして生きることを諦めていた。


「良いニュースと悪いニュースがあります」


 グループメンバーが一人になり、今や私専属のプロデューサーにそう声をかけられた。

 

「まず悪いニュースから……クビです。明日からもう事務所には来ないでください」


 事務所から正式に解雇を言い渡された。

 これで私のアイドルとしての道は閉ざされたというわけだ。

 しかしまだ良いニュースが残っている。

 完全な終わりを告げておいて、私に何を知らせるというのか。


「次に良いニュース……かどうかはあなた次第ですね。あなたに会いたいと言っている人物がいます。今から言う場所に向かってくれませんか?」


 イマイチ要領を得ないニュースという名の要求。

 しかし彼が冗談を言っているようにも見えなかったので了承した。


「あなたがデビューできなかったのは僕のプロデューサーとしての能力不足です。申し訳ありません……けど勘違いしてはいけない。あなたには間違いなくアイドルとしての才能がある」


 本当に後悔しているような悲しげな表情で頭を下げる。

 彼が悪いだなんて思ったことはないのに。

 結果が伴わなかったのは偏に自身の力不足としか思っていないのに。


「あなたの輝かしい未来を、これからは一人のファンとして応援しています」


 このプロデューサーの一言がなかったらアイドルを目指すのを辞めていたかもしれない。

 ……心のどこかでは、既にそう願っていたのかもしれない。

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