第51話 ゲーム大会終了

「この度はアタシの失態により優勝を逃してしまい誠に申し訳ございません……」


 ブイアクト内ゲーム大会、各期生対抗マジクラウォー1期生の配信枠にて。

 試合後のインタビューを終え、配信枠に戻ってきたアルマは早々に謝罪した。

 それに対するチームメンバーの反応はというと。


「確かに、貴殿の作戦で少々我慢は強いられたな」

「チームで協力なんてらしくないやり方だとは思ってマシタ」

「『それが勝つための最善だよ(キリッ)』などと宣っていましたわね?」

「ぐっ……少し前の自分を殴りたい……」


 敗者にふさわしいイジりを受ける。

 けれど厳しく叱責する者は誰も居ない。


「でもゲームは楽しくやるのが一番デス。良い試合デシタよ」

「当然カチュアは勝ちたかったが、勝利は自分の力で手に入れてこそだ。自分の無力を不甲斐なく思っても十分活躍した貴殿を責めるはずもない」

「そもそも戦犯探しをするのなら間違いなくワタクシでしょうしね。敵に塩を送ったのも貴女を焚き付けたのも、ワタクシが見たいもののためにやったことですわ」


 労い合い、満足したように語り合う。

 たかがゲームにムキにはならない、されど本気で遊んでこそのゲーム。

 楽しいだけを共有できる関係。


「みんな……うん。ありがとう」


《皆おつかれ! 準優勝も立派!!》

《チームらしくはないけど仲間ではあるんだよな》

《ちょっとドライな大人同士の関係、これぞ1期生の絆よ!》


「さて、そんなわけで大会も終わっちゃったし、そろそろ配信枠も閉じますかね」

「だな。久々にチームを組めて思いの外楽しめたぞ」

「ゲームは苦手ですが、それでもよろしればまたやっても良いですわね」

「今度1期生で集まりマショウ!」


 最後まで明るく振る舞って配信を終わらせることができた。

 みなが望む導化師アルマをできていたと思う。

 通話を切り、マイクの接続も切って誰にも声が届かなくなったことを確認し脱力する。

 心に抱えた暗闇を表層に出す。


「はあぁぁぁ…………」


 朦朧とする意識の中、異迷ツムリを浮上させながら思考する。

 試合が終わってからずっと気にしていること。

 それは導化師アルマの初敗北、無敗の記録に土をつけたことだった。


 導化師アルマのイメージを一つ損なった。

 それだけで自分にとっては失敗だ。

 けど、その失敗を咎める者は自分以外にいない。


 負けたのに誰も責めない。

 それどころかみんな満足してた。

 でも凄く……息苦しい。

 なんでかな……ああ、皆が見ているのが『導化師アルマ』だからか。


 誰も私を見てない。誰も私が導化師アルマの中に居るって知らないから。

 見えてる幻想に声はかけても、見えない現実にかけられる言葉はない。

 私がどれだけ本気でやっても、誰も私を責めないし、褒めないし、労らない。

 私だけ、ずっと一人……。


「ツムリ。大丈夫か?」


 孤独の世界に入りかけたとき、声をかけてくれた現実の男性。


「あ、マネージャー……すみません。ちょっと疲れちゃってぇ……」

「無理もない。動けるようになるまで休んでくれ」


 苦労を側で見てくれる唯一の人。


「その、負けちゃったけどぉ。誰にも疑われてませんよ? どうですかぁ。凄いですかぁ?」

「……いいや。凄くないし偉くない」

「えぇ……ちょっとは褒めてくださいよぉ」

「嫌だ。そういうのは性に合わん」


 拒絶され、残念な気持ちと同時に安心する。

 上っ面の肯定よりも本音の言葉が一番嬉しい。


「……けど見てるから。話も聞くから。一人で抱え込まないでくれ」


 辛辣を装う男の隠しきれない優しさに、引き締めていた気持ちが緩んでしまう。


「……悔しいんです。でも何が悔しいのかはっきりしないんですよねぇ。負けたのが純粋に悔しいのか、導化師アルマに土をつけてしまって申し訳ないからなのかぁ……」


 ここしかないから。本音を漏らして良いのは。


「私、悔しいって思っても良いんですかねぇ……?」

「良いに決まってる。本気でやってるんだから、悔しいのなんて当たり前だ」

「…………はいっ」


 すっと、胸のつかえが一つ取れる。

 感情が溢れないように引きつった笑顔で返事する。

 ほんの少し救われた気がした。


「ん、ちょっと待て。連絡が……」


 そう言って一瞬だけ震えた端末を懐から取り出し画面を見るマネージャー。

 その瞬間、彼の顔は驚きへと変化した。


「…………姉さんからだ」

「え……アルマさんが?」


 初めてとすら思える彼の姉からの連絡。

 その内容は……。







 時は少し遡る。

 順位が決まり、優勝者へのインタビューなどその後のプランも終えて司会者が配信を終わろうとしていた頃。


「――――と、いうわけで。優勝は2期生でした! ほんと主催者の癖に暴れ散らかしてごめんなさいなのです!」

「すごかった。ツララとアルマ、他のみんなも」

「ですねー。皆さん今日のために練習してくれてたみたいですし、おかげで大盛り上がりのイベントになったのです!」


《めっっっちゃ熱いバトルだった!》

《2期生おめでとう! ツラたんも初勝利おめでとう!!》

《司会の二人もお疲れ様です!》


「はい! 視聴者の皆さんも長い時間付き合っていただきありがとうなのです!」

「ん。今日はこれで終わり。司会、楽しかった。また誘ってね、ムルシェ」

「それはもちろん機会があれば是非! けど今度の大会では対戦相手になるかもですね」

「それも、望むところ」

「やる気十分ですね! まあそんな感じで少々名残惜しいですが、イベントも配信も閉じたいと思います。それでは、せーの」

「「乙マジクラー!!」」


 最後まで楽しくやり遂げた。

 イベントとしては大成功と言って差し支えないだろう。

 事務所内のスタジオから配信していた二人は見合う。


「んー! 終わったのです!」

「ん、終わっちゃった。ちょっと寂しい」


 名残惜しそうな後輩の表情を見て、一つの提案をする。


「帰りに感想会でも行きますか? ムルが先輩として焼き肉奢ってやるのです!」

「ほんと? 友達と打ち上げ、はじめて。わくわく」


 ムルシェとしてもティアの存在は新鮮だった。

 普段のキャラのせいか、後輩にも子供扱いされることが多かった。

 先輩として頼ってくれて、友人として慕ってくれる可愛らしい後輩。


「っと、その前にお手洗いに行ってくるのです。帰りの準備をして待っててもらえますか?」

「おっけ」


 少々早足になりながら部屋を出る。

 気分良く、軽い足取りで化粧室に向かう。

 その道中で聞き慣れた声が聞こえた。


「アルさんの声? ひょっとして事務所で配信しているのですかね?」


 声の方へと歩くと、会議室の一室にたどり着く

 扉が少し開いており、漏れ聞こえる声。

 最近会えてなかったこともあり、少しでも話ができたらいいなと。

 そんな軽い気持ちで部屋の中を覗いた。


「え? あれは……ツムリさん?」


 何度かリアルで見かけたこともあり、部屋の主が誰かは分かった。

 想定していた人物ではなかったことに気づくのが一瞬遅れてしまった。


「あれ? でもアルさんの声……アルさんは配信してて、ツムリさんは配信枠立ててないはずで……え…………?」


 覚束ない足取りで後ずさる。

 どれだけ思考しても理解できない。

 目にした現実を受け止められない。

 頭の中が複雑に絡み合って、意識を他に向けている余裕なんてなかった。

 そのせいで背後から接近してくる人物に気付けなかった。


【見てしまったか。紅月ムルシェ】


 機械音声。

 その話し方をする人物は、ブイアクトのメンバーであれば同じ人を連想する。


「あ、社長……お疲れ様なのです。えっと、社長は何か知っているのですか? その、今ツムリさんがやってること……」

【そうだな……社長室に来てくれるかな? 少し話をしよう、君の今後の話も含めて】

「ムルの……今後?」


 意味深な言葉に首を傾げつつ、社長に言われた通り追従する。

 自分が見てしまったものの重大さを理解できないままに。






『急用で焼き肉行けなくなりました……本当にごめんなさいm(。≧Д≦。)m この穴埋めは必ず……!』

「え、ショック……でもムルシェ、何があったんだろ。大丈夫、かな?」


 魔霧ティアの元に届いた一件のメッセージ。

 身を案じるものの、彼女の身に何が起きたのか知る由もない。

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