第35話 過去:カチュア・ロマノフ
バーチャルシンガー。
バーチャル配信者の中でも歌活動に特化した存在。
その昔、カチュア・ロマノフはバーチャルシンガーとしてソロ活動していた。
ただ、活動自体はそれほど活発ではなかった。
歌ってみた動画がほとんどで、オリジナル曲はほんの数曲。
理由は単純、活動費の限界だ。
作曲依頼だけでなくバーチャルの立ち絵依頼費用は個人勢にとって安い買い物ではない。
動画編集はもちろん自作、しかし出来上がるのは素人に毛が生えた程度の拙い動画ばかり。
それでも一定数のファンがついていたのは、持ち前の歌唱力に依るところが大きかった。
それはカチュア自身も憂いていた。
歌だけなら誰にも負けないのに、と。
そんな熱意を保ち続け1年が経過しようとしていた頃、転機が訪れた。
VTuberプロジェクト『ブイアクト』からの勧誘。
カチュアは2つの理由から勧誘を受けるか迷った。
1つは自分がバーチャルシンガーであることへのこだわり。通常のバーチャル配信者のようなゲーム配信などには興味がなかったから。
もう1つは『ブイアクト』の規模感。当時は立ち上がったばかりで既存メンバーは3人のみ、知名度も弱く将来が不安だった。
それでも受け入れることに決めたのは、あまりに待遇が良かったから。
加入に同意すれば新たな立ち絵とムービーの製作、さらに継続的な新曲提供を確約してくれたから。
そんな美味すぎる話があるかと疑うこともあった。
しかし既に活動している『導化師アルマ』の動画を見てその考えは一蹴された。
あまりにも高いクオリティの動画、その技術に魅了された。
自分の不安がバカらしくなるくらい自信が湧いてきたのだった。
知名度が弱い? 何故そんなことで不安になる必要がある?
ここに入れば自分に足りないものは全て補える。
そして自分の『歌』には絶対的な自信がある。
(カチュアの実力でブイアクトを引っ張り上げれば良いだけのこと、それができなければカチュアに価値なんてない)
弱い自分との決別を誓い、ブイアクト加入を決めた。
加入後、すぐに成果が出たわけではなかった。
プロジェクトの方針に従い企画系の配信を行いつつ、歌を中心に活動した。
動画のクオリティは格段に上がった。
しかし伸び悩んでいた。
何故か、それは自分で動画を見返して気づいていた。
(自分の歌には……魅力が足りない)
今までは動画のチープさが際立っていて気づかなかった。
しかし同じブイアクトメンバーの曲と比較して、自分の未熟さに気付かされた。
気づいたのに、どう直せば良いのか分からない。
それは歌唱法という点においては確実に自分が上だったため。
なんで? カチュアのほうが上手いのに。
上手い、はず。
上手い……よね?
………歌が上手いって、なんだ?
自信の喪失、歌の活動ペースは徐々に減衰していった。
そんな頃、『導化師アルマ』とのコラボ配信後のことだった。
「カラオケ行こう!」
唐突に誘われた。しかも二人きり。
他メンバーとは最低限の交友関係しか保って来なかったので戸惑った。
けどカラオケは好きだったから、素直について行くことにした。
カラオケが好きな理由、それは自分を最も肯定できる場所だったから。
苦手な曲でなければほぼ90点以上、曲を選べば100点を取れる。
自分が歌を得意と証明できる最高の居場所。
それを披露すると彼女も褒めてくれた。とても上手だね、と。
続けてこうも言った。
「歌が上手いってなんだろう。そう思ってる?」
ぞくり、と鳥肌が立った。
見透かされたように、自分の悩みをクリティカルに言い当てた。
驚きのあまり返答できずにいると、それを肯定と捉えたのか彼女は続けた。
「カラオケで100点取れる人? なら人気歌手は皆100点だね。でも多分違う。カラオケの100点ってさ、きっと『上手い歌』じゃなくて『正しい歌』なんだよね」
『正しい歌』という表現は素直に腑に落ちた。
アルマは続ける。
「逆説的に、100点満点の正しい回答を世間は求めてないってこと。むしろ欠点すら愛せる加点要素にするのがプロ。エンタメが求めてるのは正しさじゃないのさ」
……正しいは間違い、ってこと?
言葉にすると意味不明な結論、自分でもよく分からなくなっていた。
しかしそう言われた気がして問うてみると、アルマは首を横に振った。
「これは持論だけど、正しいって基礎値なんだよ。ゲームの武器ってさ、威力の強い武器はまあまあ強いよね? でもそれだけじゃ勝てない。大抵のゲームで属性が付与されて、敵ごとに弱点が違うから使い分ける必要がある。100点ってことは基礎値がカンストしてるんだよ。でも100点じゃ火力不足だから属性が必要なんだ」
属性って、誰に刺さるかも分からないのに?
「そうだよ。世間を見て刺さりやすい属性を研究したり、新しい属性を作って新たな弱点を開拓したり、みんなそうやって戦ってるんだよ。元が強いあなたなら、刺さる属性を持てば無敵かもね」
彼女の言葉は、一つ一つ心に響く。
まるで歌詞のように、意味を深読みさせられる。
おかげで、正しさを求めた自分の人生が無駄ではなかったと思えた。
そして、興味を惹かれた。
ゲームも少しはやってみようか、なんて。
知らない世界が多いから、自分にはその発想ができなかったんじゃないかって。
だから聞いてみた。
参考までに、彼女の好きな属性とやらを。
「アタシかぁ……うん。アタシは必死に頑張ってる女の子が大好きだよ」
それを聞いて、しばらく属性について研究した。
既に活動している以上、大胆なキャラ変更はしない。
ただ今まで以上に誇張する。
『カチュア・ロマノフ』に着せられた軍服に合わせて演じる。
だがそれだけでは今まで通りの正しい解答に過ぎない。
だから、新たな属性を追加する。
「いいだろう。1つ目の属性は導化師アルマ、貴殿の弱点を選んでやる」
ギャップ、という言葉がある。
普段と異なる意外な一面、それが好印象な一面ならなお良いとされる。
今まで冷静に、余裕の表情でこなしてきた。
全ては正しくあるために、それが世間にはつまらなく映っていたのかもしれない。
必死に頑張る、それは今までのカチュアと対極の属性だ。
どうだろう? 属性山盛り過ぎて胸焼けしないだろうか?
答えは分からない。
今カチュアは正しくないかもしれない未知の世界へ、自ら足を踏み入れようとしている。
正しい歌い方だけをしてきた。
優越感に浸れるのが気持ちよくて。
最適解のパフォーマンスをすること、それが本気のパフォーマンスだと思っていた。
その正しさを残しつつ、さらに全力を尽くす。
息尽くすまで声を吐く。
脳に酸素が足らなくなる。
朦朧とする意識を振り絞る。
苦しい、苦しい……でも、楽しい。
歌い終わった瞬間、激しい快感に襲われた。
凄まじい量の脳内麻薬、中毒になりそうだ。
もう戻れないかもしれない。
本気で歌うこの快感は何にも変えられない。
「これが……100点のその先」
新たな試み、カチュア・ロマノフの全力の歌は過去最高視聴数を記録した。
正しいかどうかなんて、やってみなければ分からないものだ。
その日、カチュアは理解した。
歌は200点満点なのだと。
カラオケで得られる満点は100点。
残りの100点を決めるのは人間。
誰かにとっての100点は、誰かにとっての0点かもしれない浮動点数。
そんな歌の世界で、200点のうち手堅く100点を取れるカチュアは有利だ。
追加の100点も、既にコツは掴んだ
歌において最強は誰にも譲らない。
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次回は久々の限界オタツムリ回です。
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