第36話 魔霧ティアと紅月ムルシェ①
ある休日の朝。
紅月ムルシェはある人物と待ち合わせしていた。
先日コラボ配信で約束を交わした相手、魔霧ティアとの約束、のつもりだった。
「あ、ティアさん! と……あれ? ツムリさん?」
待ち合わせ場所に現れたのはティアに加えて見知った顔がもう一人。
「はぁいムルシェさんお久しぶりですぅ。お二人の時間に邪魔しちゃって申し訳ないんですけどぉ、ティアさんに頼まれちゃいましてぇ」
「ティアさんが?」
目を向けると、ツムリの後ろからおずおずと姿を見せて理由を話す。
「んと、知らない人と二人、不安だったから、助っ人。コミュ力よわよわで、ごめん」
「なるほどーそういうことでしたか。ティアさんにとってムルはまだ知らない人判定ってことですね……」
「あ、違う。けどあんまり知らないから、違くない? ごめん、なさい」
「あはは、ちょっとイジワル言いましたね。ツムリさんも今日は付き添ってくれてありがとうなのです!」
「いやいやぁ。頼ってもらえて嬉しい限りですぅ」
本当に嬉しそうに微笑み、しかしすぐに一歩身を引いた。
「けど今日の私は壁なんでぇ、お喋りはお二人だけでどうぞぉ」
「え? 助けてくれないの? 裏切った?」
「ダメですよぉ苦手ならなおさら練習しないと。ちゃんと見守ってますからぁ」
「むぅ……わかった。がんばる」
「お二人仲良しそうで羨ましいのです! じゃあ立ち話もなんですし、喫茶店入りましょうか」
当初の予定通り、目的地の喫茶店に入店する。
今日の目的はコラボ配信前打ち合わせ、かつ仲を深めるための顔合わせだ。
「お待たせしました。オレンジジュース2つとアイスコーヒーです。ミルクと砂糖はいくつご入用でしょうか?」
「あっいらないですぅ」
「かしこまりました」
「ツムリ、ブラックコーヒー? 大人」
「ですね! ムル未だに砂糖たくさん入れないと飲めないのですよ……」
「私も最近飲むようになりましたねぇ。ブイアクト入ってから糖分供給過多で飲まなきゃやってらんなくてぇ」
「「?」」
「あ、分からなくて大丈夫ですぅ。そのままのお二人で居てくれると非常に助かるのでぇ。ささ、お話続けてくださぁい」
オタクの思考を理解できない二人は、仕方なく促されるまま話し始める。
「それじゃあティアさん。本題に入りましょうか」
「うん」
「今日は改めてコラボのお誘いをしようと思うのですが……って、まともに顔合わせたの初めてなんでどうしてもお堅くなっちゃいますね。もう半年も一緒に活動してるのに」
「そう」
「ゲーム配信にしようと思ってるのですけど、ティアさんの配信環境ってどんなかんじですか? 足りないものがあればムルのをお貸しするのです!」
「えっと……」
普通に話しているつもりのムルシェ、しかしティアの返答量が少なすぎてマシンガントークのようになってしまっていた。
上手く言葉が出てこず、話し相手から目を反らしてしまう。
「ツムリ、ヘルプ」
「私は壁ですぅ」
「ツムリ……ダメ?」
「ぐ……そんな顔してもダメですぅ。私は屈しませんよぉ……! 大体まだほとんど話せてないですしぃ」
「……ちっ。でも、いいや。おちょくったら、ちょっと落ち着いた」
慣れた相手で調子を整え、今度こそムルシェの目を見て会話に望む。
「本当に同期仲良さそうでいいですね。4期生はそんな感じなのですか?」
「いや全然。特に、シューコとツムリ、不仲」
「そうなのですか?」
「ちっちっち、分かってませんねぇティアさん。あれはツンデレって言うんですよぉ。ただの照れ隠しですぅ」
「そうなの? 気づかなかった。今度聞いてみる」
「あっそれはやめましょう。また口聞いてもらえなくなりますぅ……って私は良いんですってぇ。二人で話すことあるのではぁ?」
お喋り好きの少女が口を閉ざすも、脱線によって既に本題を忘れかけていた。
「どこまで話しましたっけ……ティアさんは何か聞きたいこととかありますか?」
「んー、じゃあ、1個聞きたいことある」
「なんですか? ムルに答えられることならなんでもどうぞ!」
「ムルシェはどうして、VTuberになった?」
「おっと想像の斜め上から来たのです」
「ダメ、だった?」
「いえいえ! 全然そんなことないのです!」
口下手ゆえに、聞きたいことを直球で聞いてしまう。
その質問に対しムルシェは用意してたかのように即答した。
「簡単に言うとですね……チヤホヤされたかったからなのです!」
「わお。超俗物」
「えーでも皆もそうじゃないのですか? ムルは褒められたり、可愛いって言ってくれると嬉しくなるのです」
口にするのも憚れるほどの承認欲求。
それを言い訳することなく受け止め、まだ関係の浅い後輩にも打ち明ける。
「たまに悪口見かけると落ち込みますけど……でも皆が慰めてくれるから平気なのです。だからムルは、ムルに元気をくれる皆を元気づけてあげたいのです!」
純粋で、芯のある回答。
そう言い切る姿は今までで一番先輩らしかった。
「おおー。ムルシェ、まぶしい」
「そうですか? 普通のことしか言えなかった気がするのですが……」
「そんなことない。その証拠に、ツムリが」
「ぁ……良ぃ……」
「ツムリさん!? なんで死にかけてるのですか!?」
「無視して良い。よくあること」
崩れ落ちながらサムズアップしていたツムリ。
よろめきながら状態を起こし、コーヒーを啜って落ち着きを取り戻す。
「いやぁ失礼、好きが溢れてしまいましたぁ。ほんと眼福すぎて壁冥利に尽きますぅ」
「あ、楽しんでるみたいですね。ムルはそのてぇてぇ? とか未だに分かんないのですけど」
「ティアもあんまり、わかってない」
「ただですねぇ……そろそろ逃げた方がいいかもですぅ」
「え? 逃げるって?」
「結構大きめの声だったんでぇ。ちらちら見られてますぅ」
ツムリに言われて二人は周囲に注意を向けた。
耳を澄ますと聞こえてくる声。
この声聞いたことあるかも。配信って聞こえた気がする。有名配信者とか?
などなど。ブイアクトの知名度を考えれば勘づく人が現れてもなんらおかしくない。
「あー……あはは。えと、ごめんなさいなのです……」
「しょうがない。出よ」
注目が控えめなうちに3人はそそくさと店を出た。
まだ話足りず、次はどこへ行こうかと考えているとツムリが口を開いた。
「実はこのあと用事がありましてぇ、そろそろ帰らせて貰いますねぇ。ティアさんももう大丈夫そうですしぃ」
「うん。ツムリ、ありがと」
「ツムリさん! 今日はあんまりお話しできなかったですけど、また今度お誘いしてもいいですか?」
「はぁいぜひぜひー」
助けに来てくれた同期を見送る。
しかしながら助けを呼んだ当人は少々不機嫌そうだった。
「ムルシェ、誰でも誘う? ティア誘ったのも、社交辞令?」
「え? ひょっとして妬いてくれてるのですか? えへへ、ちょっと嬉しいのです」
「むぅ……ムルシェ、きらい」
「ああっ調子乗ってごめんなさいなのです! お詫びに奢りますから今度は個室のお店行きましょう? ね?」
「……仕方ない。今度は、ゆっくり話そ」
「はいなのです!」
緊張も完全に解け、二人は更に仲を深める。
後日ティアから話を聞いたツムリは途中帰宅したことの後悔しつつも大層喜んだそうな。
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次から2話ほどツムリお休みです。
「えぇまたですぁ? 私主人公なんですけどぉ?」
ティアとムルシェのイチャイチャ回です。
「なぁんだそれを早く言ってくださいよぉ! 正座で待機してますぅ!」
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