第56話 紅月ムルシェと導化師アルマ④
ブイアクト公式SNSアカウントから一つの文書が掲載された。
紅月ムルシェの活動休止報告。
要約すると一身上の都合でしばらく休むこと、復帰時期は未定であることが記載されている。
ブイアクトのメンバーもこの掲載で初めて知ることとなった。
休止報告を受けても彼女らは配信で深く触れることはしない。
VTuberにとって配信はエンタメであり、悼む場ではないから。
心の中で無事を祈りながら、楽しい配信風景を作るだけ。
ただ、それとは裏腹に心配する気持ちは大きい。
だから抑えきれない感情はSNSの一つの投稿に託すことが多い。
今回の発表もメンバー全員が反応を示した。
特に同期である2期生は強い想いを込めて。
〔☆ニオ・ヴァイスロード☆〕
《ムルちゃとも一緒にゲームしたかった! 帰ったらまたいーーーっっっぱい遊ぼうねっっっ!!》
〔// 法魔エル〕
《こういうファンタジーは求めてないですー……。人の身である以上ヒューマンエラーは避けられない、やはり人間もAIになるべきでは? けど、寂しいって思えるのも人間の良いところですかねー……。いつまでも帰りを待ってますよー》
〔幽姫ツララ@銀世界の支配者〕
《今は安らかに眠れ、"夜を統べる支配者"よ。君の留守はこの"銀世界の支配者"に任せると良い》
〔狡噛リリ〕
《(´・ω・`)……儂の見てないところでもしっかり栄養取って健康には気をつけるんじゃぞ》
数々の投稿を見ながら、自分は2つのアカウントから何を投稿すべきか考える。
異迷ツムリとして、導化師アルマとして。
いつもならそれらしい投稿がすぐに思いついたはずだ。
けれど、あの日からずっと悩んでいる。
なぜ紅月ムルシェはあの選択をした?
私のインプットした紅月ムルシェはあんなことしない。
天然で、純粋で、失うことを恐れる小動物。
『紅月ムルシェ』を捨てることもずっと恐れていた。
なのに、彼女は覚悟を決めたような眼差しでアルマの名を呼んだ。
何が彼女を突き動かした?
私の知らない彼女がそうさせた?
私の知らない、導化師アルマと紅月ムルシェの関係性が原因?
分からない、分からない、分からない。
「どうしてぇ……なんで大事な過去に限ってアーカイブ残ってないのぉ……?」
趣味と実益を兼ねて、日常的にメンバーの配信を見て心情理解に努めていた。
配信を見ただけでは理解できない心情が、少女を深い闇へと誘う。
◇
配信という生きがいを失った空虚な時間。
端末はメンバーからの通知が鳴り止まない。
けど真実は話せないから無難な返信しかしていない。
SNSでも色んな言葉をくれているみたいだけど、相変わらず怖くて見ることができない。
無感情に天井を眺め、ポツリと呟く。
「やだなぁ。配信したいなぁ……」
虚空に放った言葉に返答してくれるものは居ない。
紅月ムルシェを休んでいる自分を、いつもの場所に居ない自分を助けてくれる人はいない。
それでも口癖のように、心の中で唱えてしまう。
助けて。助けて。誰か……。
その想いに呼応するように、端末が一つの通知を受信する。
またメンバーからのメッセージだろう。
期待せずに開く。
〔♪アルさん♪〕
《助けに来てくれる?》
その文字列を見た瞬間に飛び起きた。
一瞬のうちに支度を済ませ、閉ざされた扉をぶち破る。
電車を乗り継ぎ、何度かお邪魔したことのある彼女の家へ。
到着し、インターホンを鳴らす。
家には一人しか居ないようで、その一人はメッセージで《鍵開いてるよ》と教えてくれた。
「お邪魔します……」
そっと家に入り、記憶を辿りながら彼女の部屋の前まで進む。
扉をノックすると、そこで初めて生声の返事を貰った。
「入っていいよ」
その声を聞いた瞬間に感情が込み上げる。
似た声は聞いたばかりだけど、懐かしさを感じる本物の声。
扉を開きその姿を目にする。
「アルさん……じゃないのですよね。なんてお呼びすれば……?」
「四条瑠那。ルナでいいよ。それで、あなたは誰?」
「私は……ムルシェです。ムルはまだ、紅月ムルシェで居たいから……」
「そう、分かった。……ムルちゃ、おいで」
両手を広げ手招きする女性。
誘われるまま、彼女の腕の中に頭を置く。
香りを、体温を感じ、自然と涙が溢れる。
服を湿らせながら彼女の話を聞く。
「ごめんねムルちゃ。巻き込んじゃって……私もう導化師やっていけなくなっちゃった」
「アルさん……ルナさんは、みんなのこと好きですか?」
「当たり前じゃん。って私にそんなこと言う資格ないか……でも、みんなを見捨てるつもりは一切ないよ」
聞きたい言葉が聞けて安堵する。
緊張が解かれ、涙に溺れる。
言葉も発せないほどに。
「助けに来てくれてありがと。色々やりたいことはあるんだけど一人じゃ心細かったんだ。ムルちゃも手伝ってくれる?」
「っ……ぁ゛ぃ……」
「完全に私のワガママだけど、ずっとこのままじゃいけないからさ。――――全部、私の手で終わらせなきゃ」
四条瑠那は覚悟を決めたように宣言する。
導化師アルマを辞めてまで、成し遂げなければならないことがあると。
「大丈夫。紅月ムルシェは絶対に終わらせないから」
言葉の節々から感じる優しさは、彼女が何も変わっていないことを教えてくれた。
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