第55話 紅月ムルシェと導化師アルマ③

 遂に到来した配信日。

 絶対に失敗できない『導化師アルマ』との対面コラボ。


「今日はマジクラ配信! って、今日もですかね? 折角2期生のみんなで作った待機所が全然活躍しなかったので紹介していきたいと思うのです!」


《そいえば作ってたなぁ……(うろ覚え》

《まあゲーム大会がメインだし実況で説明してる暇とかなかったよね》

《ムルちゃなんか元気ない?》


「っ……! いえっ? ムルはいつも通り元気ですよ! それで今日はお客さんを呼んでいるのですよ。個人的にコラボするのもちょっと久々かもですね。……それでは、お入りくださいなのです」


 何をもって失敗とするかは曖昧だが、少なくとも視聴者に疑われないこと、そしてアルマの名を呼ばないことが絶対条件だ。

 そのための事前打ち合わせもしてある。


「今日は聖地巡礼ツアーと聞いてきたからね。相応しい正装で来ましたよ。今の私はただの一般通過オタク、気軽にオタクくんとでも呼んでくれたまえ♪」

「あっはい……えと、オタクくんさん?」


《オタクフォーム来たww》

《史上最もダサいVTuber衣装と言っても過言ではない》


 現れたのはいつもと装いの異なる導化師アルマ。

 丸メガネに丸めたポスターが刺さったリュックとチェック柄のシャツ、テンプレートな古のオタクスタイル。

 アルマがそんな格好で出演したのは名前呼びの対策。

 ムルシェが名前を呼ばずとも不自然にならない構図を作るためだ。


「それでは早速紹介していきたいと思うのです!」

「お願いしまーす!」


《おー!》

《作ってるトコは見てたけどじっくり見てなかったからちょっと楽しみ》


 自然な流れで配信を開始し、ムルシェは内心安堵する。

 よかった。今のところ普段通りにできてるみたいで。

 彼女も同じく今まで通り、導化師アルマらしい姿を見せてくれた。


「ア……あー、オタクくんさんはこの待機所見てくれましたか?」

「いやー大会のときは観戦に夢中になっちゃって見てる余裕なかったよね。だから今日ちょっと楽しみだったんだー」


 これまでずっと会話もゲームも、何を見ても導化師アルマらしさがあった。

 誰も疑わないほどのクオリティ、称賛すると同時に恐怖を感じるなら。

 どんな精神状態で演じているのか、彼女の底しれない闇に触れた気分だ。


「この辺りは屋台エリアですね。お祭り感を出すために並べてみたのです」

「雰囲気出て良いよねー。けど流石に店員はいないしただの置物かな……ん? このお店だけお金払えそう?」

「あ、それはクジ引き屋さんですね。ニオさんが『ガチャなら無人販売で問題ないよねっ』と言って設置してたのです」


 ツムリは言ってくれた。「気遣いは不要ですぅ。今の私は導化師アルマですからぁ、安心して導かれてくださぁい」と。

 そんなの無理に決まってる……なのに、なんでだろう。

 話し続けてるとこの人が偽物ってことを忘れそうになる。

 だって何も知らなかったら、本当にただのアルさんだから。


「見てないとこまで凝ってるなぁ……うーん。クジ引いてみたけどゴミしか入ってなさそうだね」

「流石に豪華景品まで用意してる時間はなかったみたいですね……」


 でも、アルさんじゃないって知ってるからこそ見える。

 辛そうだなって。

 助けなきゃって内心必死なのかな。アルさんの代役って凄い重圧だろうな。

 ……そっか。ずっと『導化師アルマ』だったアルさんは、その重圧に耐え続けてたんだ。


「前も見て思ったんだけど、あの変なオブジェなんなの?」

「エルさんが作った違法建築オブジェですね。たぶん1ブロックでも壊せば崩れるのです」

「うーんファンタジー……それもある意味一つの芸術なのかな?」


 24時間365日、休む暇もなく皆の望む『道化を導く道化』であり続けた。

 いつも助ける側だったアルさんを助けてくれる人っていたのかな?

 ……居なかったから、アルさんは居なくなったのかな。


「実はこの会場、上から見るともっと凄いのですよ」

「あ、やっぱり? 地面の色とか見て薄々そんな気してたよね」


 そういえば昔アルさんが言ってたな。

 自分にとっては導化師アルマも他人事だって。

 だからアルさんは簡単に辞められたのかな……。


「一緒に飛びましょう! ……浮遊魔法のコマンドってどれでしたっけ?」

「もー相変わらずムルちゃだなー」


 ……違う、簡単なわけがない。

 アルさんがみんなを導いてくれるのは、自分より他人を優先してしまう性格だから。

 他人事ほど大事にしてしまうアルさんが、導化師アルマのことを大事にしてないわけがない。


「ブイアクトのロゴマーク! 地面だけじゃなくて建築物も使って表現してるのかー。良い完成度だ」

「みんなで設計書作って頑張ったのです!」


 むしろ大事だからこそ、その重荷に耐えられなくなったとしたら?

 その重荷を一緒に背負ってくれる人が居ないまま、今も一人で閉じこもってるとしたら……。


「一通り見て回れましたかね? 2期生の力作は如何でしたでしょうか?」

「思った以上に見どころがありましたなぁ。これが見向きもされなかったのはちょっと惜しかったね」


 気づけば配信も終盤に差し掛かっていた。

 配信中、ずっと考えていた。

 今後『紅月ムルシェ』はどうすべきなのかと。


「みんな大会に集中してたから仕方ないのです。それはそれで司会としては嬉しかったですから。みんながゲームを盛り上げてくれて大助かりだったのです!」

「うんうん。ムルちゃが満足してくれてたならよかったよ」


 これで配信を続けられるようになっても、自分はアルさんと一切関われない。

 それで本当に良いのだろうか。

 アルさんの居ない場所が、本当に自分の居場所なのだろうか?

 

「……本当にムルは助けられてばかりなのです。だから……ムルも助けてあげたいのです」

「?」


 やっぱり助けたい。

 ムルじゃ助けになれないかもしれない。

 でも、助けられなくても……一人を二人にすることはできる。

 もしかしたら今、アルさんの新しい居場所になれるのは――――ムルだけかもしれないから。


「ピンチのときはいつでも呼んでください! 例えムルがどうなろうとも……絶対にを助けます!!」

「っ……! そっ……か……。そうだよね。ムルちゃならそう言ってくれると思ってたぞ! ……うん。ありがとね」


《ムルちゃ……立派になったなぁ……ア゛ッ(浄化)》

《急に泣かせにくるの勘弁してくれません?》

《この二人の関係ホントに好き》


 そうして配信は楽しく終わらせることができた。

 視聴者はいつも通りの満足感を得て、何気なく動画を閉じる。

 それが紅月ムルシェの最後の配信になるとは知らずに。





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第二章完結まで残り2話。

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