第54話 過去:紅月ムルシェ

 幼少期からゲーム配信が好きだった。

 お金のない子供にとって、知らないゲームを無料で楽しめる方法。

 人が楽しんでいる姿を見て楽しむ、皆が幸せになれる世界。

 いつしか自分もその世界を作った。

 リアルを恐れた自分の逃げ場にするため。


 中学生に上がって間もない頃は友達も居た。

 けれど、その友達が自分の陰口を言っている場面に遭遇してしまった。

 《天然ぶりっ子》《足手まとい》《迷惑》

 それを聞いて、友達なんて続けられるわけがなかった。

 いつしか友達を作るのも怖くなって、現実から逃げた。


 ゲーム配信を始めて、視聴者は徐々に増えていった。

 顔も名前も晒さずただ声を乗せてゲームするだけ。

 《声が可愛い》《良い反応してくれる》など、褒めてくれる人が大勢居て嬉しかった。

 失敗しても笑ってくれる。顔が見えなければ怖くない。顔を見せなければ怖くない。

 そう思っていた。


 それなりに人気になった配信者にはアンチがつくもので、SNSで陰口を見つけてしまった。

 《ドン臭い》《あざとい》《見ててイライラする》

 自分を否定する者が一人居るだけで罪でも犯しているかのように感じてしまう。

 顔も知らない人間の言葉でもチクチクと心が痛む、弱く脆い心。

 折角作った世界も、自分を恐怖させるようになった。


 そんな折、ゲーム配信を始めて2年が過ぎた頃に一つの誘いを受けた。

 エゴサを恐れてしばらく開けかったSNSからのDM通知。

 VTuber、全く関わりのない企業からのスカウト。

 未だ発展途上のコンテンツで怪しさはあった。

 しかし、新たな世界を創れるチャンスだと思った。

 またダメだったら新しくやり直そう、そんな気持ちでスカウトを受けた。


 デビューしたグループは想像より人気のあるグループだったようで、自分にファンがつくのは早かった。

 アンチが湧くのも早かった。

 《ドジっ子》《ポンコツ》《空気読んで》

 ああ、またか。やっぱり配信者向いてないのかな。

 でも現実にも居場所はないし。

 ……人生、向いてないのかな。


 一人の世界に閉じ籠もろうとした、その頃だった。

 あの人に手を差し伸べられたのは。

 導化師アルマ、道化を導く道化を名乗る所属グループの先輩。

 彼女は色んな世界を見せてくれた。


 同期に、先輩に、たくさんの人に引き合わせてくれた。

 二人コラボのときはたくさん褒めてくれた。

 『面白い!』『センス良い!』『自身持って!』

 どれだけ失敗しても、それを許して良いところを見つけてくれた。

 心地良い居場所を作ってくれた。


 相変わらず陰口を言われるのは苦手だけど、居場所があると思ったら耐えられるようになった。


「アルさんは、どうして私を誘ってくれたのですか?」


 心に余裕ができて、ふと問いかけてみた。

 自分がブイアクトにスカウトされたのは、彼女からの推薦だと聞いていたから。


「ムルちゃはデビューする前から配信者だったでしょ? アタシ実はファンだったんだよねー」

「そうなのですか?」


 昔からのファンと聞いて、少し複雑な気持ちになる。

 あの頃は楽しく配信できていたか、自信なかったから。


「うん。最後の方とか辛そうに配信しててさ。それでも毎日頑張ってるの見て、思わずキュンときちゃった」

「え……っと、は?」

「辛いはスパイス、苦しいは栄養。人生は酷があるほど味わい深くなるものなのだよ。端から見てる分には特にね♪」

「なんなのですかその言い回し。よく聞いたら滅茶苦茶歪んでますし……」

「いやー最近リリ姉さんの比喩表現にハマっててね。真似したくなったんだー」


 おどけた口調で宣う姿を見て、からかわれたのだと察した。

 正直に言えば、少しだけ不愉快だった。

 本当に辛かった頃の自分を指して、巫山戯られているように感じて。

 だからちょっとした意趣返しのつもりで不機嫌を装ってやった。


「真面目な質問のつもりだったのですが? まったく、他人事だと思って……」

「――――そうだね。人の配信なんて所詮他人事だよ」


 私の態度なんか無視して、彼女ははっきりと言い放った。


「っ……。そう、ですよね。配信なんて結局、道化を見て笑うだけの娯楽ですもんね……」


 このとき初めて、彼女から突き放されたように感じた。

 導化師アルマならきっと欲しい言葉をくれる、なんて幻想を抱いていただけにショックが大きい。

 そして彼女は続けて言う。


「うん。それにね、私にとっては導化師アルマも他人事なのさ」

「え……? でもアルさんはアルさん本人じゃ……?」

「考え方がお堅いね。ムルちゃはさ、自分に向けられた言葉を全部素直に受け取っちゃうでしょ? だから陰口一つで簡単に傷ついちゃう。ならさ、自分じゃなくて『紅月ムルシェ』に向けられた言葉だと思えば良いんだよ」


 彼女は自分の心の弱さを見抜いていた。

 その上で解決する方法を提示してくれている。

 肯定するだけじゃ人は変われない、だから彼女は過去の私を否定した。


「幸せだけが人生じゃない。なら酸いも甘いも楽しもうよ。折角VTuberっていう違う自分を操作できる、云わばロールプレイングゲームみたいな立ち位置なんだしさ。全部他人事だと思って楽しんじゃえ♪」


 自分の知らない生き方を、新しい道を示してくれた。

 彼女ほど割り切った考えはできないけれど、ゲームキャラっていうのは良い考え方だと思った。

 少しだけ胸が軽くなって、配信への恐怖が薄れた。


 それが紅月ムルシェにとって初めての、導化師アルマによる導きの記憶。

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