第2話 経緯:スカウト
街中のファミレス、その一席で少女と向かい合う。
男は知人から少女を紹介してもらった。
その知人曰く、彼女にはアイドルの才能があると。
「間宵紬。アイドル歴2年。活動記録だけ見れば目立った経歴は特になし、と――――」
男はアイドル関係の業種に就いているため、ぜひスカウトしたいと言って出会いの場を設けてもらった。
そして差し出されたのは……。
「ひっ……ぅぅ……何見てんですかぁ。も、もしかして自分より下の人間を見て安心したいとかそういうあれですかぁ……? むぅ……ぶっ飛ばしますよぉ……?」
臆病でネガティブで口の悪い、第一印象最悪というアイドルとして致命的な娘だった。
想像の斜め下過ぎて思わず態度に出てしまう。
「はぁ……」
「た、ため息っ!? くっ……残念な物を見るような目で見やがって……や、やんのかこらぁ……」
「あ、ああすまない。他意はないんだ」
嘘だ。滅茶苦茶他意はある。
しかし初見の悪印象という意味では人のことを言えないかもしれないと反省しながら声をかける。
「むぅ……」
「あー……気を悪くしたならすまない。ここは奢るから好きなものを頼んでくれ」
「ほ、ホントですかぁ!? あ、店員さん! こ、このデザート、ここからここまで全部! へ、ふへへっ、一度言ってみたかったやつぅ……」
口を開くほどに露呈し続ける残念さ。
この娘を紹介してきた知人に問い正したくなってくる。
「さて、食べながらでいいから本題に入って良いかい?」
「ん、仕方ありませんねぇ。た、食べ終わるまでは聞いてあげましょう」
「……そりゃどうも。簡潔に話すとだ、君をスカウトしたいと思っている」
「スカウト……ど、どうして私なんかにぃ……?」
言葉の節から感じられる自己肯定感の低さ。
仮に才があるとしてもアイドルとして大成できなかったのはその辺りが原因か。
「ただし、君が想像しているアイドルのスカウトではないかもしれない」
「え? えと……アイドルじゃない、かもしれない?」
「名刺を見せたほうが早いな。僕はこういう者なんだ」
男は懐から取り出した一枚の名刺を見せる。
株式会社『レプリカ』
VTuberプロジェクト『ブイアクト』
マネージャー『四条彰』
「VTuberって……バーチャル配信者と言われるあの?」
「そうだな」
「ブイアクトって超大手じゃないですか」
「ありがたいことにな」
「え、けどスカウトってブイアクトの? 私が? えぇ……なんでぇ……?」
緊張が増したように顔を強張らせて困惑する紬。
無名のアイドルを続けていたからなのか、彼女の卑屈は少々過剰な気もする。
「それはブイアクトのテーマが『アイドル』だから。ブイアクトは新時代のアイドルなんだ」
「……アイドル?」
「ん? 何か気に触ったか?」
「だってぇ……顔も出さず、生身でパフォーマンスできない人たちが『アイドル』ですかぁ……?」
紬は口角を下げ目を細める。
明らかな悪態から彼女の心情を読み取るのは難しくなかった。
「ふむ……つまり君はアイドルはそんなに甘いものじゃないと言いたいんだな? 自分がなりたくてもなれなかったから」
「うっ……そ、そうですよ……。どれだけ顔がよくても、歌やダンスが上手くてもそれだけじゃ一流にはなれないのに……」
アイドルの過酷さを経験してきたからこその視点。
その気持ちは理解できなくもないが、その見下すような発言は看過できない。
「僕から言わせれば、君はアイドルを神聖視しすぎているな」
「神聖視ぃ……?」
「ああ。アイドルを勝手に大きな存在だと思い込んで憧れの存在にしてしまった。だからアイドルになれなかったんじゃないか? 君は」
「っ!? それは! っ……そんなこと……」
事実を突きつけられ反論に詰まらせる。
少し大人気なかっただろうか?
「一応言っておくがVTuberもそこまで甘くはない。アイドルとは違った苦労が山程ある。だがこの二つの本質は共通している。分かるか?」
「えと……ファンを楽しませること、ですか?」
「そう。そしてファンからすれば我々がどんな苦労をしているかなんて関係ない。ただ直感的に『推したい』と思えるか否か、それだけだ」
アイドルもVTuberも知っている人からすれば尊ぶべき存在、しかし深く知らない一般世間からすれば単なる有名人。
彼女はアイドルを知っていてVTuberを知らなかっただけ。
知らないものより知っているものを優遇したくなるのは当然の感情だ。
「だからあとは君次第だ。君がアイドルを目指した理由、それはVTuberじゃできないことなのか?」
「アイドルになりたい理由……」
あとは彼女が判断するだけ。
バーチャル配信者という存在を受け入れられない人は少なからず存在する。
3次元と2次元の狭間にいる2.5次元の存在、両者を融合することで生まれるのはメリットだけではない。
それを彼女が許容できないと言うのなら、こちらも押し付けるつもりはない。
選択を委ねるつもりで返答を待った。
すると彼女は頬を緩ませる。
「ちょっと興味出てきました。VTuber」
「本当か!?」
「けど一つだけ質問に答えてもらえますかぁ?」
質問、と言われVTuberについて問われるものと思っていたが、予想に反した問いが投げかけられる。
「あなたは何ができる人ですかぁ?」
「僕? 何って言われても……何だろうな?」
「ふ、不合格ですぅ」
「……は?」
「ひぃっ……えと、じ、自己プロデュースもできない人が、他人をプロデュースできるわけないじゃないですかぁ……。思い上がらないで貰えますかぁ……?」
怯えながらも煽ることをやめない陰キャ系メスガキ少女。
しかし失礼な物言いに腹は立ったが、言っている事自体は的を射ているように思えた。
「……確かに、今のは僕が悪かったな。僕は君たちアイドルのように歌いも踊りもしない……だが支えることはできる。環境面、生活面、精神面。君たちがパフォーマンスだけに集中できるよう、それ以外をサポートする支柱となる。それがマネージャーである僕の役目だ」
自分の非を認め、誠心誠意の答えを返す。
すると彼女もまた誠意を返してくれた。
「ギリ及第点をあげますぅ」
「それじゃあ?」
「でもその……いきなり活動開始っていうのはハードル高いと言うかぁ……」
「そうか。なら見学してみるか?」
「あ、そうさせて貰えるとぉ」
流石に内気な性格はすぐには治せないらしい。
それでも前向きに検討してくれるだけで一歩前進できているだろう。
心なしか今まで俯きガチだった彼女の顔も少しだけ上を向いたように見える。
「それじゃあ早速事務所の方へ……」
「あ、あの……ちょっと待ってぇ……」
「ん?」
立ち上がったところを引き止められ振り返る。
すると彼女は目前にある大量のデザートを見ながら涙目になっていた。
「その……お腹いっぱいでぇ……食べるの手伝って貰えませんかぁ……?」
「……はぁ。今日は遅くなりそうだし、また明日だな」
もう一度大きくため息を吐いて、甘味へと手を伸ばす。
どうか教えてほしい。
彼は一体、この娘のどこにアイドルの才能を見出したんだ?
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