第32話 裏方の苦悩
二足のわらじを履き苦労する異迷ツムリ。
その裏で同じように精神を削りながら働く男が居た。
「はぁ、本当に申し訳無さ過ぎる……うちのバカ姉が迷惑かけて……」
事務所で思わず頭を抱え一人呟く。
以前は雑な中傷もできないほど完璧超人のように思っていた姉。
その姉が演じる導化師アルマもまた誰もが憧れるヒーロー的存在だった。
しかし今は彼女の身勝手でどれだけの人に迷惑をかけていることか。
その筆頭である己の担当タレントには本当に頭が上がらない思いだった。
「……不幸中の幸いか、アルマが苦労していたおかげで未公開のメディア映像ストックはある。それを小出しにしつつ、雑誌やリモートインタビューの仕事を受けて騙し騙しやっていけばしばらく耐えられるはず。あとは誤魔化せている間になんとかして姉さんの説得を……」
導化師アルマの中の人間の出演拒否というスキャンダルを隠し、ファンを騙している状態がいつまでも続けられるわけがない。
残された時間はどれほどか、事態の解決のために何ができるのか、言葉にしながら現状を整理する。
言葉にした結果、分からなくなることもあった。
「……説得、できるのか……?」
「あの、四条くん?」
「うおぅ!?!?」
一人の世界に入り込んでいると突然背後から声を掛けられ取り乱す。
導化師アルマの件はタレントや事務所スタッフを含めほとんどの人間に公開していない。
思い悩む余りそれを口にしていた油断を悔いながら、悟られていないことを祈りながら声の主に反応する。
「あ、肆矢さんでしたか……」
「ごめんなさい忙しかったですか? その、先日はニュースでの共演ありがとうございました」
「いやいやこちらこそですよ。ツムリも喜んでたから」
視線を向けた先の女性は異迷ツムリと同期である魔霧ティア、その担当マネージャーだ。
「それにしてもツムリさん忙しいみたいですね。しばらく空きスケジュールないなんて」
「あー……ちょっとプライベートの方で忙しくしてるみたいで」
「そう……四条くんも苦労してそうですね」
「も、ってことはティアさんの方も?」
大手VTuberプロジェクト『ブイアクト』、そのタレントに選ばれるのは一癖も二癖もある者ばかり。
その担当マネージャー同士、お互いの苦労は痛いほどに理解できた。
「違う意味で苦労させられてますね……会話が苦手なVTuberなんてどうマネジメントすれば良いのやら」
「はは……ツムリはむしろ余計な失言が多いのが問題でして。先回りして注意しないと未公開情報までバラしかねないんですよね……」
「随分振り回されてそうですね。ご飯奢らされてる話とかよく聞きますし」
「ホントあの金欠癖なんとかなりませんかね……そういう肆矢さんの方こそ、以前は遅刻が多かったとかなんとか」
「今もですよ……寝坊ならともかく単純にスケジュール忘れが多いんで毎日リマインド必須ですから」
「「……はぁ」」
お互いの愚痴に痛いほど共感し合いため息を吐く。
しかし理解できるのは苦労に限った話ではない。
「でも、やりがいはありますよ。ティアさんの歌にはそれだけの価値があるから」
「それは確かに。同期タレントのマネージャー同士頑張りましょう」
目を輝かせる同僚に共感の意を示す。
少し前までは自分も同じ目をしていたのかもしれない。
しかし今となっては……なんて暗いことを考えていると、また別の人間から声をかけられた。
「四条マネージャー、ちょっと来なさい」
「げ……無月さん……」
「肆矢マネージャー。悪いけどこの男少しだけ借りるわ」
「あ、はい。どうぞ……」
女性を追うように事務所を出る四条。
その女性、無月は導化師アルマの担当マネージャー。
一人残された肆矢は少々の疑問を抱く。
「あの二人、最近よく話してるけどどういう関係なんだろう?」
そして事務所を離れ会議室に駆け込む二人。
誰にも話を聞かれない密室空間で無月は手帳を開いた。
「早速だけど、ここのスケジュールは開けておきなさい」
「いやそこは既に異迷ツムリのスケジュールが……」
「確認した上で言ってる。まだ未告知の身内案件でしょう? こっちはマストの社外案件だからキャンセルしなさい」
予想通りの会話内容にげんなりしながら対応する。
導化師アルマのスケジュール調整、仕事のオファーとその選定は今も無月が担当していた。
そして導化師アルマ役を担う間宵紬のスケジュールを管理しているのは四条、二人のマネージャーは意見が食い違うこともあり、口論に発展することも少なくなかった。
「最近仕事詰め過ぎでは? マストと言えば何でも通ると思ってません?」
「これでも限界ギリギリまで絞ってる。これ以上仕事を減らせばファンに邪推されるでしょうね。それに、導化師アルマになると言ったのは彼女でしょう? アルマなら今のタスク量の倍はこなせるわ」
「……理解はできますよ、言ってること。けどそのタレントの意思を尊重しない合理性重視のやり方が、導化師アルマを追い詰めたんじゃないですか?」
毅然とした態度が癇に障り、厳しい物言いをしてしまう。
導化師アルマが出演拒否に至ったきっかけと思われる10周年ライブでの失敗、その一因は間違いなく無月にあると四条は考えていた。
その指摘に対し、無月は態度を変えず返答する。
「それ、本当に彼女がそう言ったの?」
「それは……言うわけないじゃないですか」
「そうでしょうね。導化師アルマは弱音を吐かない。だから私が知らないうちに無理させていた可能性もある。もちろん彼女の意向に沿わないやり方をしたこともあるから、その点は申し訳なく思ってる……けれど、無茶をしたのは本人の意思よ。そして、私が何もしなくとも彼女は常に追い詰められていた」
申し訳無いようには見えない表情で確信したように言う。
その無月の言葉に反論の余地はなく、それ以上の追求は諦める他なかった。
「……脱線しましたね。ツムリの話に戻りますが、あの子にこれ以上無理は強いられません」
「そうね。なら休みを入れると良いわ。――――ただし、ブイアクトのことを想うならどちらを休止すべきか、当然分かるわね?」
目の前の女性の言わんとしていることを理解し驚愕する。
その悪魔のような提案に思わず言葉を詰まらせる。
「は……それ本気で言ってるんですか!? あの子は……あの子の本物は異迷ツムリなんですよ」
「ファンは両方本物だと思っている。当然、導化師アルマを本物だと思ってくれている者のほうが多いわ。それで? 彼女は本当に異迷ツムリを優先することを望んでいるの? もし確認もせず言っているのなら、それは貴方のワガママになってしまうわね、四条マネージャー?」
「っ……」
「期待してるわよ。会社にとってより良い判断を、ね」
あまりにも無慈悲、正しさという名の暴力。
無月の心無い言葉を受け、姉の苦労の一端を垣間見る。
「そんなの聞けるわけないだろ……聞いたら、そう答えるしかなくなるじゃないか…………」
半年も付き合ってきた担当タレント、異迷ツムリのことはそれなりに理解してきたつもりだ。
優しすぎる彼女は、きっと自分を犠牲にしてしまう。
担当タレントを守るのもマネージャーの仕事、これ以上彼女に負担をかけてはならない。
己に誓いを立て、男は目の前の仕事に向き合う。
==========
二章プロローグ、了。
ここからは魔霧ティア視点のお話をお送りします。
ツムリと四条マネにメイン任せるとすぐに雲行き怪しくなるので……。
本作に関するちょっとした報告を近況ノートに掲載させていただきました!
ご興味がありましたら読んでいただけると嬉しいです。
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