第31話 ホラーゲームのソロ配信

《くるくる……きた?》

《やっとはじまた》

《10分遅刻だぞ》


「……はぁいどうもぉ。ジメジメ七色ボイスこと異迷ツムリですぅ。遅刻の理由はぁ……まあお察しくださぁい」


《テンションひっくww》

《察しろと言われたので勝手に解釈するけど、ホラゲが嫌でトイレに篭ってたわけですな?》

《歯医者嫌がる小学生かよw》


「えっ何でそこまで分かるんですかぁ……? 最早既にホラーなんですけどぉ……まあ今日はタイトルの通りホラゲやるらしいですぅ」


《当たってたw》

《やるらしいって、他人事じゃないが?》


「だぁってー、私としてはものすんっっっ……ごくやりたくないんですけどぉ。なぜホラゲやることになったかというとぉ、前回視聴者参加型のレースゲームで最下位取っちゃってぇ、安価で罰ゲーム決めたらホラゲが選ばれてしまったわけですねぇ」


《あれは神回だった》

《1回1位取っただけでイキリ散らかした結果集中砲火でボコられるという王道展開》

《最後のバクスナ3連打ニキは本当に良い仕事してくれた》


「あの負けは正直今でも納得してませんけどねぇ……そんなわけで本日やらされるゲームはこちらぁ。『7番地下道』、間違い探ししながら進んで地上へ脱出するゲームだそうですぅ」


《最近流行ってるやつな》

《初心者向けの悪くないチョイス》


「最初聞いたときはどこがホラゲ? って思ったんですがどうやら『異変』と呼ばれてる間違い探しの部分でホラー要素が盛り込まれてるみたいでぇ……なんでそういう余計なことするんですかねぇ」


《ホラー要素ないと罰ゲームにならないからね?》

《そんなにダメなのかw確かにやってるとこ見ないけど》


「まーちゃっちゃと始めてちゃっちゃと終わらせますかぁ。ゲームスタートですぅ」


 そうして配信者と視聴者のテンション差が激しすぎるホラーゲーム配信は始まった。

 序盤のルール説明を軽く読み流し、ゲーム本編へとたどり着く。


「もう動かして良いんですかね? できれば進みたくないですけどぉ……でもここは何もなさそう? あ、最初の1回目は見本だから異変はないんですかねぇ」


《そうそう》

《安心してどんどん進んでいいよ(ニヤニヤ)》


「なんかコメント怪しいんですけどぉ……。まーいいや次に進んで……びぎゃっ!!」


《おっ暗くなった》

《悲鳴助かる》

《最初の異変で停電引くのは中々持ってるなぁ》


「ぅぅ……え、これ真っ暗なのどうすれば良いんですか? このまま進めってことですか?」


《え、進むの?》

《あーそれ下手に動くと……》


「え? あ、明るくなって……えちょ、落下してるぅ! さっき落とし穴なんてなかったじゃないでずかぁぁぁ!!」


《はい1乙》

《もう一回遊べるドン》

《今日は長くなりそうだなぁ》


「はぁ……あ、復活した。けど看板が0番になってるってことは、死んだら最初からやり直しってことですかぁ。ならある意味1回目で死んどいて良かったんですかねぇ。むぅ……怖いけどさっさと終わらせたいし進みますぅ。ここは……特に分かりやすい異変はなさそうですかねぇ」


《どうせ何回もやるしどこで死んでも変わらないっしょ》

《ホントに異変なさそうかなー》

《あっこの足音は……(察し)》


「足音? 確かに後ろから来てるような、こっちに何が……ひいぃい! なんか追っかけてきてるぅ! え? これ逃げるやつですか!? それともさっきみたいに動いたら死ぬやつですかぁ!?」


《流石に逃げ一択》

《迷った時点で負け確だぞ》

《判断が遅い!》


「ぁ捕まっ……ひっ顔キモっ……ぅぇ……」


《個人的にこれ一番キツイ》

《唐突に追いかけられる系はホラゲあるある》


「む……むむむ、ムリっもうやめますぅ……むりむりむりぃ……」


《やめられるとお思いで?》

《自分で決めたこと曲げるな。やれ。 >¥1000》

《頑張れ♡頑張れ♡ >¥400》


「ひぃん……」


《ツム虐は栄養価が高いなぁ》

《ホラゲ配信は健康食品! もっと供給ください! >¥4000》


 苦しむ配信者とそれを見て喜ぶ視聴者、ある意味いつも通りの光景。

 嫌々ながらもゲームを進めながら時間は過ぎていった。


 ………………。


「ぜぇ……ぜぇ……あ、出口……なんとか2時間以内に終われましたぁ……」


《ギミック全部踏み抜かなきゃいけない呪いにでもかかってる?》

《制作者これ見てたらニッコニコやろなぁ》


「あの……流石に疲れたんで今日はこれで終わりますぅ。スパチャ読みは申し訳ないんですけど明日にさせてくださぃ……では乙ムリですぅ」


《やりきって偉い!》

《乙ムリー》


 視聴者に向けて挨拶、そして配信を終了する。

 精神疲労に脱力しようとすると、それを端末の通知音が阻害した。

 画面にはマネージャーの名が表示されており、数秒の逡巡の後通話ボタンを押す。


「予想の範疇ではあるが随分時間押したな。準備はできてるか?」

「んーだいぶメンタルやられててキツイんですけどぉ……でもやるしかないですもんねぇ」

「申し訳ないことにな……時間まであと5分だ。分かってると思うが」

「導化師アルマは遅刻しない、ですよねぇ。大丈夫ですぅ……1分もあれば切り替えれるから」


 そう告げて通話を切る。

 目を閉じて切り替えを始める。

 声を、思考を、キャラクターを。

 次に目を覚ましたとき、数分前の自分はもういない。

 心の内に潜む別人が体を支配し、配信開始のボタンを押す。


「――――こんあーるま♪ 赤鼻仮面の案内人、道化を導く道化こと導化師アルマですー。いやー最近配信出来てなくてごめんね? 前も言ったかもだけどメディア関係のお仕事増えちゃって、ほんとありがたいことなんですけどねぇ」


《こんあるまー!》

《売れっ子だし仕方ない》

《10周年記念に加え500万人記念だからなぁ》

《間違いなくVTuberの歴史に残る》


「お許しいただき恐縮でございます♪ さてさて今日は久々のソロ配信ってことでね、巷で流行りのゲームやっていきますよ。タイトルは『7番地下道』、いわゆる脱出ゲームかな」


《ついに導化師殿まで手を出したか》

《ここまで流行ったホラゲー中々ないよね》

《アルさんには物足りないかも?》


「あっホラゲーなんだこれ。ちなみに他のメンバーは誰がやってたっけ?」


《もう5人以上はやってる》

《ムルちゃはニオちゃんと一緒にやってたな》

《1期生はロカ様くらい?》

《鳩やめなー》

《本人が聞いてんだから鳩ではないでしょ》


「あーごめんごめん。今のはアタシから聞いたんで鳩云々は気にしなくいいよー。いつもマナー守ってて偉いぞ!」


 鳩、ライブ配信コメントで脈絡なく他配信者の名前を出す行為だ。

 伝書鳩から由来した言葉で、無関係の話題で配信の妨げになるなどの理由からマナー違反とされている。

 しかし明確なルールがない暗黙の了解ゆえ扱い難い面もある。

 "導化師アルマ"はコメント欄の悪い空気をいち早く察知し、制止を促す。


《ほなええかー》

《お褒めいただき恐悦至極》

《さっきまでツムりんもやってた》

《ムリムリ言ってた》


「そいえばツムりん罰ゲームでやるって言ってたっけ。アタシは配信前だしネタバレ防止で見なかったけど、あとでアーカイブ見よーかな。絶対良い声で鳴いてるだろうし」


《良い声で鳴くてw動物扱いかよw》

(異迷ツムリ)《閲覧注意ですぅ是非ともご遠慮くださぁい》

《一般通過カタツムリww》

《そりゃ自分の醜態見られたくないわなw》


「あははっ分かってると思うけどアーカイブ消すんじゃないぞー。それじゃ罰ゲームの意味ないからね」


《消しても切り抜きは残るけどな》

《お手本のように罠に引っ掛かかってたからPR動画としても良い素材》

《おかげでクリアに2時間くらいかけてたし》


「嘘っこのゲームそんな難しいの?」


《いや? 奴はいつもの如く芸人してただけ》

《アルさんなら1時間かからないと思う》

《なんならRTA目指せそう》


「RTAかー悪くないかも。じゃあ一巡クリアしたら折角だしやってみよっか。この導化師めにお任せあれ♪」


 そんな自然な空気感の配信は1時間ほど続いた。

 500万人ものファンが居て、誰一人として疑う者などいない。

 その事実こそが偽物のクオリティを物語っていた。


 …………。


「ふぅ。今日はこれにて終幕! 次回もちょっと日が空いちゃうかもしれないけど楽しみにしててね。それじゃ、乙あるま〜♪」


《乙あるまー》

《忙しそうだなぁ……分かってはいるけど寂しいなぁ》

《一月一年十年先でも待ってます!》


 マイクをオフにし、配信後の余韻に浸りつつコメントを眺める。


「待ってます、ね……そう言われると試したくなっちゃうけど、許されないだろうね……っ……! 切り替えなきゃ。今はもう導化師アルマじゃない。私は異迷ツムリ……私は、間宵紬ぃ……ふぅ」


 本来の自分を思い出し、役への没入を無理やり停止させる。

 元の自分に戻り、今度は客観的に直前の配信を振り返ることにした。


「よし、忘れないうちに反省会しないと……うわぁ、やっぱりここは失言でしたねぇ。リカバリーできたけどアルマさんなら配信の空気悪くするようなこと言わないしぃ。あーやだやだ解釈違ぃ解釈違ぃ……」


 自分を評価し、粗を見つけては自責する。

 もちろん配信内で視聴者に疑われる様子はなかったため本人にしか気づけないような小さな綻びだ。

 それでも導化師アルマの一人のファンとして、完全再現でなければ許すことができなかった。


「修正しないとぉ……もっと、頑張らないと……」


 周囲の期待に応えなければならない、完璧に演じられない自分が許せない。

 度重なるプレッシャーは徐々に彼女の精神を蝕んでゆく。


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