第27話 過去:gray and ……②
これは後から聞いた話。
医者に告げられたのは、重症化した声帯結節。
喉の酷使により粘膜が腫れ上がってしまったらしい。
1ヶ月間の絶対安静を言い渡された。
(大丈夫。一生声が出ないわけじゃない)
SNSでしばらく配信できないことを報告した。
報告に対するリプライは皆優しかった。
しかし最後の配信、最後に放った言葉は様々な意見があった。
同情、反感、少なくとも嬉しい反応はない。
SNSを見るのが怖くて、ひたすら動画を眺めていた。
自分と、他VTuberの配信アーカイブ。
(また追い抜かれた……このままじゃ……)
毎日数字とにらめっこして、身を悶えさせた。
歯がゆくて、悔しくて、時間が過ぎるのが遅く感じる。
(はやく……はやく治って……)
そして一ヶ月が経過した。
グレイの声は完全に失われていた。
(あ……れ……)
医師曰く、声帯結節は完治したらしい。
ただし別の症状が出てしまった。
心因性失声症。
精神的ストレスにより声を失う心の病。
早く治れと焦るほどに彼女の声は出なくなった。
◆
あの日からずっとグレイには会っていない。
「VTuberになったことないルナに何が分かるの?」という言葉をずっと反芻している。
彼女の理解者になったつもりだったが、彼女はそう思ってくれていなかったらしい。
会うのが怖くて、こちらから接触することはないだろうと思っていた。
そんな折り、連絡があった。
「話がしたい」と。
教えられた部屋番号の病室にたどり着く。
まるで出会った日と同じ。
ただひとつ違うのは、彼女の話し声。
【久しぶり。ルナ】
「グレイ……その声は……」
【機械音声だよ。私はもう喋れないらしい。だから……私はもうグレイじゃない】
彼女は端末を操作して言葉を伝える。
まだ慣れていないからか、ゆっくり話す彼女のペースに合わせる。
【この1年、君と活動できて本当に楽しかった。けど私はもう楽しめないし、楽しませられない。みんなに私の世界を提供できなくなった】
「……ごめんなさい」
【……なんで謝るのか分からないけど、負い目に感じてくれてるなら一つ頼まれて欲しい】
「! いいよっ! 私にできることならなんでも……!」
反射的に言ってしまった。
現実が受け止めきれず、私にとって彼女はまだ最推しのままで、だからなんでもしてあげたいと思ってしまった。
【ルナ。君がVTuberになってくれないか?】
「え……」
予想外の願いに言葉を失った。
追い打ちをかけるように彼女は端末を叩く。
【気づいたんだよ。自分で世界を創れなくなったなら、誰かに創ってもらえばいいと】
間違っている、頭ではそう思った。
声を失って狂ってしまったのだろう、一度頭を冷やせ、そう伝えたかった。
けどどう伝えれば伝わってくれるだろうか。
VTuberではない者の言葉が、彼女に届くのだろうか。
【君が教えてくれたんだ。推しを推す幸福を語ってくれた。だから今度は、君が私を幸せにしてくれるかい?】
そんな言い方されてしまったら、私はもう断れない。
私は彼女の願いを静かに受け入れた。
そして胸中で決意する。
どうせやるならせめて、これ以上悲しむVTuberは出したくない。
VTuberは人を笑顔にする仕事だ。
でも笑われ者になるのは違う。
ならば私がお手本になればいい。
正しい道化になるための道標、VTuberを導くVTuber。
それが導化師アルマの生まれた目的。
◆
月日が経ち、導化師アルマが5周年ライブを控えていた頃。
誰も居ない一室、社長の灰羽メイは考えていた。
旧知の友、導化師アルマこと四条ルナについて。
現在彼女のチャンネル登録者数は200万人、その人気は凄まじい。
完全な安全に配慮しつつ最高のエンタメを提供する、誰もが手本にするVTuberの鑑。
そんな導化師アルマだが、一つだけ懸念点があった。
【ルナ……導化師を辞めたいと、そう思っているね?】
それは配信では見せない裏の顔。近しい人間の前でだけ見せる暗い表情。
人気になるにつれて、四条瑠那はどんどん病みを深めている。
何が要因でそう思っているのかは分からない。
それでも、そんな彼女を見て思わずにはいられなかった。
【それは困る。勝手に辞められては困る】
灰羽メイは過去にVTuberとして活動していた。
限界まで活動し、やがて声を失い、もう一人の自分の生涯に幕を下ろした。
そんな終わり方で未練がないわけなかった。
その未練を、灰羽メイは一人の友人に押しつけた。
一つの会社を起こし、ブイアクトというプロジェクトを立ち上げ、その代表として導化師アルマというキャラクターを生み出した。
導化師アルマの活躍を見て、もう一人の自分を供養する。
器の小さい人間だと感じながらも止められない。
だからこそ、導化師アルマに辞められては困る。
【縛りを与えなくてはな。君が変な気を起こす前に】
彼女は未だに負い目を感じてくれているようだった。
友人がVTuberとして活動できなくなったのは自分が止めきれなかったからだ、と。
その負い目が今の彼女を引き止めてくれている。
【ならばもっと深く刻みつけてやればいい】
二人で過ごした1年間、あの青春をひとときも忘れられないようにすれば、きっと彼女も辞めようだなんて思わないはず。
そのためにはどうするか。
できることなら導化師アルマの活動に関連付けて、目に見える形で残すのがベストだろう。
【そうだ。曲をプレゼントしよう】
もうすぐ開催される導化師アルマの5周年ライブ。
周年ライブ恒例の新曲として彼女に歌ってもらおう。
【君の導きは未だ道半ば。途中で放り出して終わりなんて……そんなバッドエンドは誰も望んじゃいない】
これは私からのファンレター。
あの頃君が私にくれたものと同じ。
【これは私が始めた物語、私が満足するまで終わらない】
一度は自主的にVTuberを辞めようと思ったこともあったが、君の応援がそれを引き止めた。
今は逆の立場、今度は私がエールを送る番だ。
【これは君が続けさせた物語、君には付き合う義務がある】
君がずっとVTuberを続けたくなるくらい、とびきり思いを込めたファンレターにしよう。
君だって、かつての推しを亡霊にはさせたくないだろう?
「……一生懸けてアタシを導いてね。導化師アルマ」
女は一人、願いと共に声を漏らす。
そして5周年ライブ、導化師アルマは新曲を披露する。
作詞者の名は灰羽メイ。
タイトルは――――
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