第12話 初めてのソロ配信

 4期生オフコラボ配信からさらに数日。

 1週間以上前に開設されたチャンネルには既にデビュー配信時の動画が一つ。

 そしてようやく1本目のライブ配信枠が立てられた。


「……あーあー。これマイク入ってますかねぇ? あっどうもぉ。ブイアクト4期生の異迷ツムリですぅ。一応初のソロ配信なんで初めましてって言った方が良いんですかねぇ」


 異迷ツムリの初配信。

 少女の声を皮切りに一斉にコメントが流れる。 


《デビューから1週間以上配信しなかったライバー》

《カタツムリだから女じゃry》


「あー……配信しなかったのは申し訳ないと思ってますよ? でもぉ、その女じゃない理論止めません? 知らないうちにSNSのトレンド入ってたんですけどぉ」


《配信しないくせに話題が尽きないカタツムリ》

《初動が異例すぎるんよ》

《デビュー前に大先輩とコラボ、デビュー時は声ガラガラ、初のソロ配信はデビューから10日後》

《改めて見ると破天荒過ぎて草》

《初配信で待機勢1万人越えとかwとんだ期待のルーキーだよw》


「うーん文章にされると自分でも凄いことしてるような実感が……」


《今日は何するの?》

《たしかに配信時間しか告知してなかったな》


「あっ今日は自己紹介がてら雑談してれば1時間くらいになるだろうってマネージャーさんがぁ」


《今さら自己紹介ww》

《もう何しても面白そう》


 初っ端から視聴者達はすでにお祭り騒ぎだった。

 それだけ楽しみにされていたことは喜ばしいことだが、どちらかと言えば玩具にされているようでツムリの心中は複雑だった。


「今さらなのは十分分かってますよぉ……けどパソコン届いたの昨日でぇ、全然詳しくないから設定とかマイクのセッティングにもたついてただけなんですけどねぇ」


《もたもた準備してる様子が目に浮かぶw》

《PCはおいくら? スペックは?》

《マイクはどこ製?》

《オーディオインターフェイスは? ダミーヘッドマイクは?》

《最後2つは流石に後回しだろw》


「わぁガジェットオタクくん湧いてるぅ……けどオーディオインターフェイスって? 調べてみよ……わ、配信者ってお金かかるぅ……」


《買うの?》


「事務所に借金してるんでそんな余裕ないですぅ……今日も今日とて極貧生活ですよぉ」


《なに食べてるの?》

《自炊?》


「一人暮らしですけどぉ、自炊は苦手ですぅ。なのでいつも半額のお弁当とかで食い繋いでおりますぅ」


《知ってた》

《生活能力よわよわは解釈一致》


 視聴者コメントの雰囲気にもようやく慣れ、自然に雑談できるようになってきたと感じ始めた頃だった。


《これでご飯食べて >¥500》


「え? なんでスパチャ? まだファンになってもらえるほど配信してないですしぃ、なにも返せないんですけど?」


 スパチャ。視聴者から配信者へコメントと共に金銭を送る、いわゆる投げ銭機能。

 VTuber配信では珍しいものでもないと理解しているものの、ツムリは視聴者の意図が分からなかった。


《ツムリちゃんはスパチャ否定派?》

《意外と真面目か》


「ダメとは言いませんよぉ推しに課金したい気持ちは痛いほど分かりますから」


《痛いほど分かるんだ》

《やはり同類だったか》


「けど私みたいな配信始めたばかりのぺーぺーより大事な推しが居るでしょう? オタクたるもの無駄金使うべからず、食費削って推し貢げですよ?」


《分かった! お金大事にする! >¥500》


「いや全然分かってないんですけど。500円もあったらお腹一杯食べれるんですけど」


《500円でお腹一杯……?》

《ひもじすぎて目から水出てきた >¥200》

《思う存分食べなー >¥300》


(あっこれやばいやつ……)


 視聴者の応援の気持ちを金銭という形で受け取る。

 それ自体は配信者冥利に尽きるものだが、ツムリは内心焦っていた。







「これは……風向きが悪いな」

【トラブルかい?】

「ああ社長……ちょうど今ツムリの初ソロ配信でして」

【ふむ? ……ああ。そういうことか】


 事務所にて、四条マネージャーが配信を眺めながら呟くと、社長の灰羽メイが側に寄ってきた。


「投げ銭自体は有難いことではあるが……」

【早すぎる、な】


 ライブ配信コメントにて投げ銭しやすい空気になることがある。

 例えば偉業達成の瞬間、更なるファンサを求められる瞬間、そして「今投げれば配信が面白くなる」と思われた瞬間。

 最後の一つが特に問題になりやすい。


「少なくとも配信初日で大きな金が動くことは必ずしも良いことじゃない。世間の印象的にも、本人の精神衛生上も」


 一度のVTuber配信における最高合計額は4000万を越えると言うが、普段なら高くても精々100万に届くか否かという程度。

 スパチャの分配割合は配信サイト運営が3割、残りを事務所と折半しさらに税金の諸々を差し引いた3割程度がVTuber本人の手元に届く。

 事務所から貰う給料とは別枠の臨時報酬だ。


 しかし推し活に寛容な時代とは言え、生活に支障を来すレベルで貢がせてしまうこともあり、そういう意味では世間の風当たりは厳しい。

 ゆえに貰うことに感謝こそすれ、配信者自ら視聴者に強要することなど絶対NG。

 そして貰う人間によっては受け取り方が変わってしまう。

 素直に喜び次を期待してしまう者。

 金額相応の仕事をしなければ、と使命感に駈られる者。

 投げ銭により性格がねじ曲がってしまうこともあり、「スパチャ殴り」と言う言葉が生まれるくらい投げ銭機能は暴力として扱われる側面もある。


「ツムリはワガママな部分もありますが、根は自己評価の低い小心者ですから。過ぎた応援は返って恐怖に感じるかと」

【最悪配信から逃げてしまうかもしれないね】


 本人の性格からしてメンタルの強い方ではないことも予想できている。

 守るべきだ、そう思うものの……。


「連絡するか? けど今個別メッセージを送るのは逆に不安を煽るか……?」

【ブイアクト公式から警告するという案もあるが……まだ早計だろうな。今彼女は波に乗っている。そこに運営の過保護で水を差しては、今後の異迷ツムリの方針に影響するだろう】

「本人に乗り越えてもらうしかない……ですね」


 対応策もなく、二人はただ配信を見守っていた。







(とにかくやめさせなきゃ……!)

 ツムリの頭の中には視聴者を鎮静させることしか頭になかった。

 彼女自身は推しに貢ぐことに一切抵抗のない一人のオタク。

 しかしツムリにとって推しとは時間をかけて愛を育む尊いもの、況してや初のソロ配信で貢がれる覚えなどあるはずがない。


「だからぁ私はもういいんですってぇ。私みたいなどこの豚の骨かも分からん女にお金投げつけてどうなるって言うんですかぁ?」


《馬の骨な》

《つまり豚の貯金箱ってこと? >¥300円》


「貯金なら銀行にでも入れといてくださぁい!」


 悪ノリに次ぐ悪ノリ、何を言っても視聴者の空気は冷めやまない。


《カタツムリには塩って言うしな。喰らえ清めの塩 >¥400》

《4と0で塩ってことかw >¥400》


「……あのぉ、それどういう気持ちでお金投げてるんですか? 虐められながら貢がれるのってどう反応すれば良いんです?」


《感謝の気持ちを忘れなければなんでもいいと思うよ》

《それはそれとして困って欲しいって気持ちもありますな >¥4000》


「そりゃ感謝はしますけど、ってなんか一桁違う人いるしぃ……」


 エスカレートする善意の暴力。

 不味いと思いながらも止める方法も見つからず、諦めかけていた頃。


 視聴者のコメントやスパチャには送信者のハンドルネームが表示される。

 その送信者が動画配信者であれば、そのチャンネル名で送られることになる。

 ふと¥4000の送り主の名前を見ると、そこには見覚えのある名前。

 ツムリは思わず声を大にしてツッコんでしまう。


「ちょ、アルマさぁん!? なにやってるんですかぁ!?」


 次いで視聴者達も送信者のハンドルネームが『導化師アルマ』であることに気づく。

 ユーザーはブイアクト1期生導化師アルマのチャンネルにリンクしており、なりすましなどではない。


《アルさん来たwもうこれファンだろw》

《導化師もよう見とる》

《先輩からお塩の贈り物》

《塩の塊デカすぎて最早岩塩》

《岩塩スパチャは草》


「えぇ……いや嬉しいですけどぉ、アルマさん何しに来たんですか? ホントに悪ノリしに来ただけなんですか?」


(アルマ)《連絡ついでに応援に来ちゃった♪ あと視聴者の皆はそろそろ虐めるのやめたげなー? 初配信だしさ、新人さんにスパチャ殴りはキツイと思うなぁ》

《そういや初配信かこれ》

《殴りやすいボディしてるもんでつい楽しくなっちゃって》


「アルマさぁん助かりましたぁ……けど連絡って? なんでわざわざ配信で?」


(アルマ)《コラボのお誘いだよ。そいえばまだご褒美あげてなかったなーと思ってさ、告知もできるしちょうど良いかなって》


「ご褒美って……もしかしてデビュー配信のときの優勝賞品?」


《コラボ告知いいね》

《アルツム絡み多くて良きかな》

(アルマ)《日程はDMで送るね》


 導化師アルマからのコメントはそこで途切れた。

 たった数回のコメント、視聴者達と同じ立場からでも彼らの暴走を制止しつつ、企画の誘いで配信の空気をより良いものに換えてくれた。

 彼女のカリスマ性を肌身に実感した。


「……あっ。じゃあその、配信の方もそろそろ終わりますかね」


《おつかれー》

《10万人おめー》


「10万人? え、登録者すごい増えてる……なんでぇ……?」


《応援されてるからでしょ》

《お前が推しになるんだよぉ!》

《次も楽しみにしてる》

 

「あ、えと……へへ。ありがとうございますぅ。あとお待たせしちゃってごめんなさい! 今日からはたくさん配信しますのでぇ……その、見てくれると嬉しいですぅ」


 敵にすら見えていた視聴者だったが、怯える必要なんかないと気づくことができた。

 ただ自分にVTuberとしての自覚が足りなかっただけ。

 応援してくれるファンはこれからもっと増えるのだから、推される覚悟を持つべきなんだ。

 そんな気づきを得た初配信になった。

  

 余談、その日のSNSトレンド4位に『岩塩スパチャ』がランクインしていた。

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