第22話 10周年ライブ開始
会場には1万人を超える観客。
会場の映像は配信されており、始まる前から同接数10万超え。
衆人環視の中、ライブが始まろうとしている。
出演者は注目集まる舞台には登らない。
実際に舞台に立つのは分身で、彼女らが立つのはスタジオ。
カメラ前のパフォーマンスが3Dモデルに投影される。
そして今、一人の女性の分身が舞台に現れた。
「――――ようこそおいでくださいました迷い人の皆々様。これよりお目汚しいただくのは10年の軌跡、愉快な道化の歴史、その末路」
普段の緩い挨拶とは違う畏まった登場。
スポットライトが一つ一つ点灯し、やがて舞台全体を照らす。
「案内役はこの導化師にお任せあれ♪ お聞きください。一曲目――――アルマナック!!」
導化師アルマの号令と同時に曲は始まった。
観客席のペンライトと叫声が会場を包む。
中継配信のコメントも滂沱のごとく流れてゆく。
人気配信者のライブ、まさに大盛況。
盛り上がっているということは、つまりファンの皆には彼女の姿がいつもどおりに映っているということ。
「……酷い顔、してましたねぇ」
裏で配信を見ながら、導化師アルマの素顔を見たツムリは呟く。
「無理もない。昨晩はほとんど寝てないからな」
「そういうマネージャーさんも酷い顔してますよぉ」
「付き合わされたからな……サインしたTシャツの梱包作業」
会話に付き合ってくれるマネージャーの声も疲れているようだった。
彼も導化師アルマの身内として、ブイアクトプロジェクトの一員として彼女を手伝ってくれたようだ。
「呼んでくれれば手伝ったんですけどぉ」
「ライブ出演者を前夜に働かせられるわけないだろ」
「それは今回の主役に言ってあげてくださいよぉ。まあ聞く訳ないのも分かってるんですけどぉ」
ライブ1週間前に発覚した直筆サインTシャツ騒動、3日前に届いた3000枚の手つかずのTシャツ。
アルマは隙間なく埋められたスケジュールを無理やり空けて、なんとか納品することができたらしい。
その引き換えに得たのは絶不調のコンディション。
普段と変わらずパフォーマンスしているように見せているが、注視すれば足取りの不安定さに気づける。
「"歴史に刻め我が旋律 年表穿つ偉大の誕生――――"」
アルマの歌声を聞き、1曲目が終盤に差し掛かったことに気づく。
「さ、もうすぐ1曲目が終わる。心の準備は良いか?」
「はい。緊張はしますけど……おかげさまでコンディションはバッチリです」
「……そうか。なら良い」
本音を言えば怖くて逃げたくて仕方ない。
しかし不調の先輩が頑張っているというのに体調万全の自分が逃げられるはずない。
その使命感のおかげと言うべきか、緊張は少しだけ紛れてくれた。
「異迷ツムリ、アイドルとしての初舞台だ。行って来い」
マネージャーに背中を押され、ツムリは仲間と共に舞台へ一歩踏み出した。
◇
「1曲目、アルマナックでした! そ し て、遂に始まりました、導化師アルマ10周年ライブっ! 会場に来てくれたみんな、配信を見てくれてるみんなもありがとう! 今日は楽しんでいってくれたまえ♪」
《いえぇぇぇい!!》
《1曲目アルマナックは選曲神すぎ》
《会場行きたかった……抽選漏れが悔やまれる!》
「はーいそれでは早速2曲目、行ってみようか!」
最初の曲を終え会場の盛り上がりは最高潮の中、ステージライトが暗転する。
そして次に照らされた瞬間、アルマの後ろに5人の人影が出現。
同時に2曲目の伴奏が流れ始める。
楽曲:『ニュータイプ・アイドル』
歌唱:導化師アルマ&ブイアクト4期生
「"――――掴め新時代の切符"」
「"目指せ煌めくステージへ"」
「"私達はニュータイプ♪"」
『ニュータイプ・アイドル』はブイアクトの全体歌唱曲、新人の登竜門とまで言われている。
ライブの主役はあくまで導化師アルマだが、5人にもそれぞれソロパートは与えられている。
「"推しを秘めてしまうのは何故?"」
「"私は恥ずべき存在ですか?"」
各々がパフォーマンスに個性を込めて歌唱と舞いを披露する。
レッスンの成果もありクオリティは十分。
「"誇ってよ 恥を晒すのはみんなに笑って欲しいからなんだ"」
「"語ってよ 長所も短所も私の魅力語り継いでおくれよ"」
それでも浮き彫りになるのはセンターとの差。
レッスンなどほとんどしていないはずの彼女に目を惹きつけられる。
その貫禄が、その輝きが、新人の影を色褪せさせる。
「"目に見える推しの形こそ 最大級のエールになるんだ!"」
「"叫べ! 吠えろ! 高らかに! 君の推しの名は!?"」
観客による大質量のコール。響き渡る名は当然「アルマ」の3文字。
そして曲は終盤に差し掛かる。
「"登れ煌めくステージへ"」
「"私達はニュータイプ――――"」
その日、間近で見た本物のアイドルの後ろ姿。
新人アイドルの記憶として、ツムリはその光景を一生忘れられないような気がした。
◇
自分たちのパフォーマンスを終え、スタジオ裏に戻る4期生達。
緊張も相まって皆疲労が大きそうだ。
例に漏れず呼吸を乱しているツムリの元にマネージャーが駆け寄る。
「お疲れ様。どうだ? 初ライブの感想は」
「あ、はい。なんかぁ……凄かったですぅ」
「見事に語彙が死んでいるな」
未だ夢見心地といった様子で、意識に釣られ語彙力も希薄になっているようだ。
マネージャーはゆっくりと言葉を紡ぐ彼女をまった。
「やっぱり、画面越しに見るのとは全然違うなって思いましたねぇ。どれだけレッスンして仕上げても、本物のアイドルには敵わないなぁって」
苦笑するツムリはどこか自虐的にも見えた。
本物、つまり導化師アルマと自分を比較したのだろう。
それは暗に『異迷ツムリ』はまだ自身をアイドルとして認められないと言っているようなもの。
「……そうか。お前の目にはそう映っていたんだな」
「? どういう意味ですかぁ?」
「見てみるか? SNSの投稿なんだが」
見かねたマネージャーは端末を操作し画面を見せる。
そこに映っていたのはSNSのとあるワードの検索結果。
《ツムリ……お前踊れたのか……? #異迷ツムリで遊ぼう》
《立派になったなぁ……不覚にも泣いた #異迷ツムリで遊ぼう》
《ツムりんカッコ良すぎて普段とのギャップに殺されかけた #異迷ツムリで遊ぼう》
「一番注目されたのは導化師アルマかもしれないが、ファンにとっては異迷ツムリも本物だ」
呆然と画面を見つめながらスライドを進める少女。
中傷を恐怖しファンの声から目を遠ざけていたツムリにとって初めてのエゴサ。
くしゃりと破顔し、無垢な笑顔を見せてくれる。
「えへぇ……結構嬉しいですねぇこれ」
「そりゃよかった」
担当アイドルの喜ぶ姿にほっとするマネージャー。
その背後、スタジオ側で動きがあった。
「これで5曲目、一区切りか」
今までステージに立ち続けた主役が裏に戻ってきたようだ。
汗だくになり覚束ない足取りの姉を見て、男は顔をしかめる。
「休憩ですかね?」
「ライブは続いてるけどな。最初が4期生から1期生までの年代別リレー、次は公式ユニットリレー。今は予定通りバトルマーメイドの二人に2分間繋いでもらっている」
「2分だけ……」
「普段の姉さんならそれで十分だったんだろうな……」
息絶え絶えになりながら水を一気飲み。
見るからに疲労困憊、しかしライブはまだ序盤。
普段の彼女ならいざ知らず、今の彼女が最後までやり通せるのだろうか?
「あと3曲、それが終わればまた10分の休憩がある……今は耐えてもらうしかない」
家族の苦しむ姿を見守ることしかできず、男は立ち尽くしていた。
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