第23話 最高峰のVTuber
前半5曲の後、中盤3曲を終え休憩に入った。
アルマのパフォーマンスは完璧だった。
映像で見る限り失敗はない。
どれだけ裏側で苦痛に顔を歪めていても、仮面がそれを覆い隠してくれたから。
「ぜぇ……ぜっ……ひゅぅ…………」
呼吸もままならず、酸素マスクを押し当てスタッフに介抱されている。
ここまで8曲、休憩を挟みつつ振り付けは控えめな曲が多かった。
それでも気丈に振る舞う余裕もなく、醜態を晒してしまうほどに消耗が激しい。
声をかけようと接近すると、彼女は辛苦を隠すように微笑する。
「あ……ツムりんだぁ……。4期生パフォーマンス、よかったよ。この後も……よろしくね」
「っ! それは、もちろん……」
どれだけ自分に余裕がなくとも後輩を気にかける。
そんな彼女にかける言葉を見つけられないでいると、背後に人の気配を感じた。
「まるで重病患者ですわね」
「あっロカさん……」
声の方向にはロカ・セレブレイト、それに少し離れた場所に2人の女性が見えた。
スタジオ裏に集まったということは、出番が控えているということ。
「この後は1期生3人とのデュオ。本当にやれますの?」
「すぅ……もっちろん」
呼吸を整え立ち上がり、平常時の装いを始める。
顔色は悪いままだが、表情だけ無理やり持ち直したようだ。
そうしてアルマの短い休憩時間が終了してしまった。
「なら良いですわ。貴女が決めたセトリなのだから、責任持ってやり遂げなさいな」
「はーい。この導化師にお任せあれ♪」
「……ふんっ」
ロカは何か言いたげな顔をしていたが、鼻を鳴らし明後日の方向に離れていく。
彼女もきっと心内では心配しているのだろう。
だがアルマのことを理解しているからこそ、その心配を口にしても無駄だと分かっているんだ。
導化師アルマがライブを辞退するはずないと。
「それじゃツムりん、また後でね」
「あ……はいぃ」
カメラの前に出るアルマの背中を目で追う。
不安に感じながらも、ツムリはとあることに気づいた。
「ん? 3人の後に私ってぇ……ちょっと待ってください。このセトリまさか……ラスト5曲連続? 休憩無しですかぁ!?」
「……それも姉さんが決めたことだ」
セトリ、つまりライブの曲順構成。
ロカ含む1期生3人それぞれとのデュオに続きツムリとのミラーデュオ、最後はアルマのソロ。
計5曲を通しでやる計画となっている。
「無茶ですよそんなのぉ! アルマさんはもう限界……で……」
言いかけたがツムリはとある1点を見て、それ以上口にするのを止めた。
視線の先にあったのは配信画面。
そこに居た導化師アルマは、普段と何も変わらなかった。
「さあさあライブもラストスパート! みんな盛り上がって行くぞぉっ!!」
彼女の生身を見れば、まだ土気色の表情が見えるのだろう。
だが観客はそれに気付けない。
配信コメントを見ても心配の声など一つも無い。
ライブはつつがなく進行してしまう。
1曲目は1期生カチュア・ロマノフとのデュオ。
冷たい表情に軍服を纏わせる女性、歌唱曲はそんな彼女のオリジナル曲『統率者たるもの』。
キーの低い重く響かせる歌唱と軍隊の行進を思わせる振り付けの緊張感漂う1曲。
「ふぅっ……次っ!」
2曲目、1期生科楽サイコとのデュオ。
歌唱曲は同じくオリジナル曲『依存性ケミカルブラッド』。
白衣に眼鏡と理知的な見た目に対しその曲はヘヴィメタル調、激しいシャウトなど負担の大きい演出もあった。
「はぁっはっ………」
配信画面からも疲れが表層に漏れ始める。
それもそのはず、前半の8曲と比べても消耗の激しい2曲の直後だ。
しかしアルマに息をつかせる暇も与えず、その女性は手を差し伸べる。
「シャルウィダンス?」
「っ……。――――アイドラブトゥ」
3曲目、1期生ロカ・セレブレイトのオリジナル曲『プラウド・レディ』。
社交ダンス風の緩やかな曲調に始まる楽曲。
指の先まで意識して、優雅な舞いを披露する。
積み重なる緊張と筋肉への負担が疲労を加速させる。
「"地位も名誉もすべて欲しい 私は何も終わっちゃいない"」
「"拝聴なさい誇らしき我が名"」
「"世界の隅まで響け――――"」
ロングトーンによる曲の締め。
音声からも伝わってくる息切れ。
そんな彼女を心配する声がポツポツと現れ始める。
《アルさん大丈夫か? ここまで踊りっぱなしは流石にキツイんじゃ……?》
《休んで欲しいけど一生アンコールしたい》
《いやこれ以上は我々も急性ロカアル中毒で尊死してしまう……!》
観客も察し始めた頃、体力の限界なんてとっくに越えている。
それでも彼女は……。
「すぅ……迷い人共ぉ! 愛 してる ぞぉ!!!」
《ファンサ助かる!!!》
《辛いはスパイス! 苦しいは栄養!》
《うおぉぉ迷い人になっちまうぅぅ……!》
《これだから迷い人はやめられねぇんだ》
限界を感じさせないファンサービス。
観客席の盛り上がりを維持したまま次曲へと繋げる。
次曲に備え舞台袖に控えるツムリはその勇姿を直視していた。
「あれが、現代最高峰のVTuber……」
溢れそうになる涙を堪える。
一人の後輩として、一人のファンとして感極まる。
彼女は仮面を外さない限り彼女であり続けてしまう。
(アタシはブイアクト1期生、道化を導く道化――――『導化師アルマ』だ……!!)
声に出さずとも伝わってくる。
伝わってきた想いもインプットする必要がある。
これからあの『導化師アルマ』を再現しなくてはならないのだから。
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