第24話 二人の導化師アルマ

 暗転した舞台に光が差す。

 そこに現れる2つの人影、寸分違わず同じ顔。

 前奏と同時に舞踊が開始する。


《新曲きちゃ!》

《導化師が二人……何が始まるんだ?》

《複製映像か?》

《いやこれ振り付け微妙に違くない?》

 

「"あーあ僕が二人いたらな"」

「"だって僕には2つ顔がある"」

「"ガラスの先に映るのは"」

「"貌の異なる鏡写し"」


《声重なってるってことはちゃんと二人歌ってる?》

《片方録画映像ってこと? けどアルさんがライブでそんなことするかね?》

《あっこれデジャヴ……》

《憎い演出してくれるなぁ雌カタツムリ》


 歌い始めてから観客が徐々に新曲のコンセプトを理解し始める。

 楽曲:『Re:AL=ミラージュ』

 歌唱:導化師アルマ&導化師アルマ(異迷ツムリ)


「"僕は寂しがり屋のラビット 誰かに誇れる角もない"」

「"君は虚構のマリオネット でも僕よりずっと愛されてる"」


 曲の雰囲気に慣れ、観客が乗り始めた頃。

 気になるコメントが散見された。


《片方振り付け怪しいな》

《クオリティでどっちが本物か丸わかりw》


 中傷にも見えるが、おそらくそのような意図はない。

 新人だから導化師アルマについていけないのも仕方ないか、と呆れているのだろう。


「"二人分の人生なのに 『一生』しか生きられない"」

「"そんなの勿体なさすぎるって! 絶対人生損してる!"」


 観客たちがそう思うのも無理はない。

 そう理解した上で異迷ツムリの担当マネージャーは思う。

(本物が分かる? クオリティが高い方が本物だという意味なら……見当違いも甚だしい)


「"ミラーミラー 未来を映せ 虚像に光射し肥やせ"」

「"教えて鏡に映る君"」

「"僕は君を名乗っても良いのかな?"」


(ツムリのコピーは完璧だ。レッスン通り寸分違わずアルマをコピーできている。そして本物の導化師アルマは……普段のパフォーマンスを発揮できていない)


「"僕ってホントに必要なのかな"」

「"問うても答えられない君"」

「"銀色無色の世界 アルマイトグラス"……っ、すぅ……」


(フラつく体に耐えながら声だけ気丈に振る舞っている。姉さんはもう……限界だ)


 サビを終え、2番に入っても状況は悪くなるばかり。

 片方だけ歌唱の声が徐々に弱まっていく。

 それが導化師アルマ本人と思われていないのは幸いと言うべきか。

 そして曲の終盤に差し掛かる。


「"ミラーミラー 未来を映せ 虚像に光射し肥やせ"」

「"最大の敵は自分自身?"」

「"じゃあ味方にしちゃえば無敵だね"」

「"どちらが欠けてもダメになる"」

「"僕らは二人で一人なんだ"」

「"幻影実現支配 リアルミラー……ジュ"……」


 消え入るようにフェードアウトする歌唱。

 新曲ゆえにそれが普通と思われているかもしれないが、リハーサルとは違う演出だ。

 ラスト直前のフレーズは8小節伸ばす予定だったが、それを4小節しか伸ばしていない。

 生身の本人を見ると虚ろな目をして立っているのもやっとの様子。


 アルマの体力が完全に底をついたと察する。

 曲は最後のワンフレーズをまだ残しているというのに。


(歌えるか……いやどう見ても無理だ。どうすれば、いやもう間に合わない……!)


 いくら思考を加速しても数秒間で対応できるはずがない。

 今度の失敗は流石に観客も気づくだろう、そう諦めかけていた。


「"ミラーミラー 僕らをうつせ"」


 堂に入ったいつも通りの導化師アルマの声。

 すぐに現場を見ると、ツムリが大きく息を吸っていた。


「"僕の役目は君の存在証明――――"」


 ツムリのアドリブに救われ、新曲は正しい終わりの形を迎える。

 窮地を逃れ一安心……とはならなかった。

 ツムリがこちらに目で訴えかけて来ており、その理由も察しがついた。

 まだ最後の曲、アルマのソロが残っている。

 すぐにライブ配信の映像を確認、最後のライブ演出が始まる。

 導化師アルマの鏡写しの姿、その2つが1つに融合し、ステージは光に包まれる。

 時間にして5秒間、その間だけはカメラ越しに動きを悟られることもない。


 四条マネージャーは彼女ら目掛けて全力疾走した。

 本来ならツムリが舞台袖に下がるだけの筋書きだった。

 しかし台本にない動き、スタッフ達が動揺する中、二人だけが明確な意思を持って行動する。

 ツムリはマネージャーにアイコンタクトし、アルマを突き飛ばす。

 アルマはなされるがまま倒れ、マネージャーはそれを支える。


「ツムリ、頼んでいいんだな?」

「…………」

「ツムリ?」

「ん? あ、アタシか……もっちろん。この導化師にお任せあれ♪」


 小声のやり取り、一瞬の反応。

 それだけでツムリがどんな状態なのか察する。

 しかし迷っている暇などなく、急ぎアルマ本人をカメラの外に引きずり下ろす。


 演出にギリギリ間に合い、異迷ツムリは導化師アルマに成り代わることができた。

 そう……できてしまった。


「すまないツムリ……今頼れるのはお前だけなんだ……」

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