第20話 導化師アルマの矜持
「……遅いな。ツムリのやつ」
約束の時間から30分過ぎた頃、異迷ツムリのマネージャーである四条は捜索を始めた。
普段の彼女なら数分の遅れであればいつものことと思えるが、流石に少し心配になった。
捜索、と言ってもダンスレッスンの予定が入っていることも知っていたため目的地は決まっている。
案の定というか、レッスン室からはステップの音が聞こえ、覗いてみると目的の少女が居た。
「ああ居た……ん? あの振り付け……」
出会った頃に見たダンスとは比べ物にならない上達ぶりに感心して見ていると、ふと気付いた。
見覚えのある振り付け、だがそれは彼女がライブで披露するものではない。
「~~~~♪」
「……ツムリ?」
「へぁい!? っとと、痛ぁ……」
接近し声をかけると少女はオーバーな反応を見せ、バランスを崩し尻もちをついた。
マネージャーはその場でしゃがみ、目線を合わせて問いかける。
「その振り付け……どうしてライブで踊らない曲を今?」
「あっごめんなさぃ。そのぉ、どうしてもやってみたくなっちゃってぇ……へへっ」
「いや謝ることでは……ああ。約束の時間を無視したことについては謝るべきか」
「えっ? あっホントだ……重ねてすみませぇん」
誠意を感じられない気の抜けた謝罪にも慣れてしまい怒る気にもならない。
それに今は労いたい気持ちの方が大きかった。
「随分と板についてきたな。導化師アルマのコピー」
「ホントですか? ご家族にそう言って貰えると自信つきますねぇ」
嬉しそうにはにかむ少女。
このあとはミーティングの予定だったため移動するつもりだったが、マネージャーはその場で腰掛けた。
「……姉さんがきっかけなんだ。僕がブイアクトのマネージャーを志望した理由」
「へ? なんですかいきなり?」
「少し話したくなったんだ。あの人のイメージ補正の足しにでもしてくれ」
「はぁ。じゃあありがたく頂戴しますぅ」
不可解そうにしたまま、それでも耳を傾けてくれたのを確認し話し始める。
「配信で見る導化師アルマはいつも無敵だった。ファンにも、仲間にも不安を覚えさせない、強い人間に見えた……けど、5周年を迎える直前くらいかな。姉さんは酷く憔悴していたんだ。配信外では一言も喋らないくらいに」
「……ちょっと信じられないですねぇ。アーカイブを見てもそんな感じ一切なかったんですけどぉ」
「そうだろうな。彼女の変化に気づけたのは僕ら身内だけ。だというのに当の僕らはというと……何もできなかった。何に苦労しているのかも全く知らなかったから、どう声をかければいいのかも分からなかったんだ」
四条彰が見る限り、姉はまさしくプロだった。
人前に出る人間として、コンディションが悪くとも弱さを一切感じさせない強さを持っていた。
「けど5周年ライブを終えてから姉さんはまた元気になった」
「それはぁ、良かったですね?」
「良かった……と思いたいよ。だがそう言い切る自信はない。確かに姉さんは元気になったが、どこか吹っ切れた様子だったんだ。これは僕の主観だが……元のプラスに回復したんじゃなく、マイナスに振りきれたんじゃないかって」
「マイナス……」
話を聞いていただけの少女もかける言葉が見つからないようだった。
こんな話をしてツムリがイメージする導化師アルマのノイズにならないか、心配にはなったものの語りを止めることはできなかった。
「あのとき姉さんに何があったのか分からない。けど悪い予感がしている。姉さんはこのままVTuberを続ければ、どこかで壊れてしまうんじゃないかって」
「……それでマネージャーに?」
「ああ。姉さんを担当できるとは最初から思ってなかった。ただ姉さんが住む世界を知るべきだと思った。知って僕は、姉さんにかける言葉を見つけられるようになりたい」
彼が職についた経緯、彼の目的を知った。
それを知った少女はあることを聞いた。
「マネージャーさんは……私にも声をかけてくれますかぁ?」
「? ええと……それは異迷ツムリに、という意味で合ってるか?」
『私』という言葉には3つの意味が内在し得る。
それをお互い理解した上で、確認に対し少女はコクリと頷いた。
「私の特技、実は欠点があるんですぅ」
「欠点? 声真似に?」
「はい。私、昔から人に共感しやすくってぇ。同じ人を何度も真似すると精度は上がるんですけど、それだけ別人格?として大きくなって、元の自分を見失いそうで怖いんですよねぇ」
いつも弱音ばかりの少女から告げられた本気の弱音。
それを聞いて気になるのは当然今与えられている仕事、声真似どころか動作も思考すらも長期間に渡り真似ようとしている。
「それは……次のライブは大丈夫なのか?」
「あはは、一曲くらいなら大丈夫だと思いますよ。けどもし私が戻れなくなったらぁ……マネージャーさんだけは、異迷ツムリを忘れずにいてくれますか?」
マネージャーも以前から不安には感じていた。彼女はこのまま進み続けて大丈夫だろうか、と。
人真似ばかり評価され、この先彼女自身は評価して貰えるのか。
加えて今聞いた特技に脅かされる危うさ、一人のキャラクターとして不安定過ぎる。
止めるべきなのかも知れない。彼女のマネージャーとして。
しかし……。
「ああ。担当アイドルの管理もマネージャーの仕事だ。絶対に引き戻してやるから、安心して全力出してこい」
「……はい。ありがとうございますぅ」
誰も望んでいない選択を、彼は選ぶことができなかった。
今もずっと不安に思っている。
このとき自分はかける言葉を間違えたのではないだろうか、と。
◇
ライブまで残り1週間。
アルマとの久々の再会にして最後の合わせ。
各々が思い描いたパフォーマンスをすり合わせ、一曲を踊り切る。
「――――ありがとうツムりん。期待通りの仕上がりだよ」
その言葉だけで報われたような気がした。
この2ヶ月四六時中想い続けた相手からの、想像した通りの言葉だったからこそ。
「そう言って貰えるとロカさんのスパルタ特訓耐え抜いた甲斐がありますぅ……」
「あはは。やっぱりキツかったんだ」
「キツイなんてもんじゃないですよぉ。昼は体力尽きるまで追い込まれ、眠くなった夜も延々と思い出話を聞かされ……いやこの時間はまあまあ幸せだったんですけどぉ。終いには『違う! アルマはそんなこと言いませんの!』と厄介オタクのように怒鳴られましたねぇ……」
「あー……なんか私の同期がごめんね?」
特訓に付き合ってくれた功労者の陰口に花を咲かせる。
辛い日々も今笑い話にできるのは彼女の助力のおかげでもある。
「本当に頑張りましたよぅ……けど『辛いはスパイス、苦しいは栄養』なんですよね?」
「お、よく分かってるねぇ。うんうん。ツムりんみたいに頑張ってる女の子、私は好きだよ」
「えへぇ」
褒められたくて、認められたくて、アルマの言葉を引用して承認を要求する。
案の定アルマは欲しい言葉をくれて、そこで頑張っていたのは自分だけではないと思い出す。
「アルマさんはどうでした? 忙しかったんですよね?」
「はは……まあ大変だったけどやりがいもあったよ。お仕事貰えるのは良いことだし、それに今はライブが楽しみ過ぎてね。おかげで寝不足だよー」
そう言う彼女の顔はどこか疲れていて、よく見れば目の下には分厚くメイクが塗り重ねられていた。
本当に前向きな理由の寝不足だけが原因なのだろうか。
考え込むと暗くなりそうだったので話題を変える。
「あ、ライブと言えば。同期でライブの物販買いたいって言ってた子が居るんですけど、やっぱり難しいんですかねぇ?」
「物販かー私はあんまり関わってないからなぁ。ちなみに何が欲しいって?」
「全部だそうですけど……でも特に欲しいのは直筆サインTシャツとか言ってたようなぁ」
「ほうほう…………ん?」
本人に聞けば別ルートで購入させて貰えないだろうか、なんて打算もあって聞いてみた。
しかし彼女は不可解な顔をし、思いもよらない返答をする。
「直筆? なにそれ知らない」
「えっ……え!? でも確か公式サイトにも……あ、ありましたぁ!」
いくら忙しいと言っても彼女が知らないはずのない本人のグッズ。
自分の記憶違いじゃないか、確認のためにスマホを操作し公式サイトのライブ物販ページを開いて見せる。
「…………」
「アルマさんも知らないんですか? サプライズ……にしてはもう1週間前だしぃ。えぇと……あ、たしかに本人の直筆とは書いてないですねぇ? なんちゃってぇ……」
「ちょっと待ってて。一本電話してくる」
「ひっ……はぃ……」
アルマは無表情のまま、一言残して離れる。
今まで感じたことのない圧に恐怖を感じ生返事しかできなかった。
「マネさん。物販のTシャツ、あれどういうこと? ……はい? そういうのやめろっていつも言ってますよね?」
原因に検討はついていたらしく、その電話相手は導化師アルマのマネージャーのようだった。
アルマは丁寧口調ながらもどこか荒々しく口論を続けていた。
「はぁ……もういいです。Tシャツ発注したところの連絡先ください……はい。もちろん自費でやります。その代わり……これ以上邪魔したら本当に許さないから」
最後に一方的に告げて電話を耳から話す。
深呼吸し、彼女はツムリの元に戻った。
「ごめんねツムりん。嫌なとこ見せちゃって」
「いえ全然……それよりそのぉ、大丈夫なんですか? これからサイン描くってことですよね……」
「うん。Tシャツの方は無理言って最速で作ってもらえば……たぶんライブ3日前には届くと思う」
「3日前からサイン描き始めるってことですか? 確か枚数ってぇ……」
「3000枚。けど予定も空けられないし、夜にでも描くしかないかなぁ」
気丈に振る舞っているようだったが、事態は素人目で見ても深刻に思えた。
ただでさえスケジュールを詰めこんで疲労困憊に見えるというのに、これ以上タスクを増やす余裕があるとは到底思えない。
それでも……。
「だーいじょうぶ! 私もオタクだからさ、みんなの配信でも見てパワー貰えば何千枚だろうとあっという間だよ。この導化師にお任せあれ♪」
やはり導化師アルマは後輩の目の前で弱音を吐くような真似はしなかった。
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