第17話 ライブのレッスン①

「ワン・ツー・スリー・フォー・ワン・ツー・スリー・フォー」


 ダンスレッスンが開始した。

 アイドルがテーマのVTuberプロジェクト、『ブイアクト』。

 その一員になってから初のアイドルらしい活動。


 デビューから1ヶ月前後、今までしてきたことといえばマネージャーとのミーティングを重ねソロ配信、コラボ配信などなど。

 端的に言えば屋内で座ったまま口と手を動かしていただけ。

 そんな生活の末に待っているのは当然……運動不足だ。


「ツムリさん。遅れてますよ」

「はぁっはぁっ……キッツぅ……」

 

 ダンスレッスンのトレーナーに叱られるも、鈍った体は言うことを聞いてくれない。

 アイドル時代はほぼ毎日レッスンしていたが、そもそも運動自体あまり得意ではなかった。

 ただ叱られているのはツムリだけではないようで……。


「ティアさん。まだ休憩時間ではありません」

「無理……ダンス、むり……」

「センカさんはもっと振り付けを大きく、楽に踊ろうとしない。ダークさんとシューコさんを見習って」

「えー。本番は本気出すから許してヨー」


 ツムリ以上に踊れず項垂れる魔霧ティア、真面目にレッスンに従わない向出センカ、それらとは対称的に優秀な久茂ダークと絵毘シューコ。

 そんなブイアクト4期生の合同レッスン風景。


「はい、今日のレッスンはここまで。ツムリさんとティアさんは体力作りの走り込みメニューを毎日行ってください」

「「はぁい……」」


 レッスンの終了を告げるトレーナー。

 その顔はどこか疲れているように見えた。ちょっと申し訳ない。

 するとレッスンを終えて汗を流すシューコが話しかけてきた。


「だらしない。そんなのでよくダンスオーディション合格できたわね二人共」

「審査員の人、頭抱えてた。『歌はいいのになぁ……』って」

「直接的なオーディションはありませんでしたけどぉ、デビュー前はもっと踊れたんですよぅ。元々アイドル志望だったのでぇ」

「え、アイドル? 似合わな……」

「ちょっとぉ今も一応アイドルなんですけどぉ?」


 辛辣な言葉を投げかけられ、少しだけ涙目になるツムリ。

 ちょっとした抵抗のつもりで聞いてみることにした。


「逆に三人共よくそんなに踊れますねぇ。配信ばかりで運動不足になりません?」

「体型維持のためにジム通ってるし」

「時々実家の道場に顔出してるッス」

「センカはお散歩好きだから毎日朝活してるヨー」

「わぁ意識高い系だぁ……」


 生活スタイルが違う人間を目の当たりにして一歩引く。

 仕方ないので同じ立場の人間との慰め合いを試みる。


「一緒に頑張りましょうねぇティアさん……」

「うん。ツムリは、朝何時に起きる?」

「え? 最近は9時過ぎですけどぉ」

「ん―。じゃあ、毎朝7時集合で」

「早ぁ……いやというか、集合って何の話ですかぁ?」


 突然の提案に理解が追いつかずその意図を問う。


「トレーナーに言われた、走り込み。一緒にやろ」

「えっ!? そ、そのぉ。嬉しいですけど、私なんかと一緒で良いんですかぁ……?」

「そうしないと、ティア達はサボる。絶対」

「あ……否定できなぃ……」


 最早お互いの怠惰を把握し合う。

 それほどティアとはよく話し、交流を深めていた。


「それに、どうせやるなら、友達と楽しく」

「友達……はい! 是非お願いしますぅ!」


 ティアはよく直接的な言葉を使ってくれる。

 その度に同期と仲良くできていると実感し喜ぶツムリ。

 それを見たティアも少しだけ口角を上げた。


「じゃ、夕方から配信あるから帰るヨー」

「自分も夜にコラボ配信なんで準備するッスかねぇ」

「ツムリも、帰る?」

「あ、この後ミーティングなんでマネージャーさん待ちですねぇ」


 この後の予定をそれぞれ話して解散する流れになった頃、シューコが思い出したかのように聞いてきた。


「マネージャーといえば異迷ツムリ。あんたの担当、男の人って本当?」

「え? そうですけどぉ、変ですか?」

「変というか……やり辛くないの? 事務所に言えば変えてもらえると思うけど」


 マネージャーの性別なんて言われるまで気にも止めなかったが、シューコの言いたいことも理解できた。

 ほぼ毎日顔を合わせ、スケジュール管理など常にサポートしてくれる存在。

 昨今のコンプライアンス的には同性に担当させるのが賢明かもしれない。


「そうなんですかぁ。全然気にしたことないですけどぉ……」

「ツムリ。レッスン終わったか?」

「あ、お迎え来たんで行きますねぇ」

「うん。また明日」

「あれがあいつのマネージャーか……」


 話していると影を差されたかのように当の本人が訪れた。

 その場の全員に挨拶を告げ、その場を後にする。

 そして男のマネージャー、四条彰に接近しツムリは声をかける。


「マネージャーさぁん! お腹空きましたぁ!」

「うるさい。家帰るまで我慢しろ」

「やですぅ! もう素うどん素パスタは飽きたんですぅ!」

「はぁ? 別に好きなもの食べればいいじゃないか。給料貰ってるだろ」

「ふっふっふ。甘いですねぇマネージャーさん。私成り立てほやほやのブイアクトオタクですよ? グッズ買うの我慢できるわけないじゃないですかぁ!!」

「知るか!! まったく……それで、何が食いたいんだ?」

「さっすがマネージャーさん! チョロくて助かりますぅ」

「仕方なくだよ。ライブ前に栄養失調で倒れられても困るからな。あんまり調子乗ってると飯代給与天引きにするぞ」

「えっそれは助からないですぅ……」


 二人は慣れたように言い合う。

 それこそ気心知れたパートナーのように。

 それを見ていた二人が口を開く。


「なんか、今の時代に男のマネージャーってどうなの? とか思ってたけど……」

「お似合い、だね」

「まあ男女というより兄妹って感じだけど」


 注視していたシューコの目から疑心は晴れ、呆れたように呟いた。

 そして彼女らの視界から外れたところで四条マネージャーはとある話を始めた。


「ツムリ。姉さんから伝言を預かっている」

「アルマさんから?」

「2週間後に新曲デモが完成予定。そこからレッスンを開始するそうだ」

「――――はい。ありがとうございますぅ」


 その言伝にツムリは気を引き締める。

 あの日受けた導化師アルマからの頼み。

 次のライブの主役とのデュオ、間違いなく今までの人生における最大の舞台。

 それを数少ない恩返しのチャンスだと思い、一層レッスンに励むことを決意した。

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