第15話 導化師アルマと3つのお話
「んぅ……知らない天井ですぅ……なんちゃって」
早朝、目を覚ましたツムリは一人呟いた。
一人だけ早く就寝したため他に誰も起きていないだろうと思い、静かに立ち上がる。
導化師アルマの配信部屋。
推しの部屋を見る機会なんて中々ないだろうとじっくり眺める。
(本当にすごい数のグッズ。知らない子もいるけどぉ、ブイアクトなら配置の意味まで理解できるかも)
フィギュア、アクリルスタンド、缶バッジ。
数々のグッズを眺めていたところ、ある一点で目を止める。
(少ないけどアルマさん自身のグッズもあるんだ……ん? このキャラってぇ……)
疑問が生じた瞬間だった。
背後に人の気配を感じたのは。
「デリカシーないなぁ人の部屋ジロジロ見て」
「わぁ!? あ、アルマさん?」
一言咎められ、申し訳なく思いつつも挨拶を交わす。
導化師アルマ、所属事務所の先輩であり、この部屋の主。
「おはよツムりん。二人が寝てるから静かにね」
「あ、はぃおはようございますぅ……あの、アルマさん。聞いてもいいですか?」
「なにかな? あ、グッズはあげれないよ? 残念ながら布教用は切らしていてね」
「あっそれは自分で集めたい派なんでいいんですけど……」
推し活話に花咲かせたい気持ちを我慢しながら、ツムリは抱いていた疑問を打ち明ける。
「このアルマさんの隣にいる人って誰なんですか? 配置的にブイアクト関係の子かと思ったんですけどぉ」
聞いてすぐに、少しだけ後悔した。
問われた瞬間アルマの表情が沈んだように見えたから。
「ああグレイか。この子は……私の推し、かな」
「グレイ……?」
小さく囁き、その瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
聞いたことのない名前、やはりブイアクトのメンバーでは無いようだ。
その正体が気にはなったが、それ以上追求することはできなかった。
「ツムりんは体調どう? 2日酔いとかない?」
「あっおかげさまでぇ……アルマさんも大丈夫ですか? 夜遅かったんじゃ?」
「あーうん。めっちゃ眠いね。けどツムりんに話したいことがあったのさ」
「私に?」
早起きしてまで自分に伝えたかったこととはなんだろう。
考えているとアルマは指を3本立てて口を開いた。
「3つお話があります。良い話と悪い話、それとご相談が一つずつ。どれから聞きたい?」
「わぁ選ぶのが怖い……のでどれからでも大丈夫ですぅ……」
「じゃあまず良い話、ご褒美からにしようかな」
宣言してから彼女は部屋のクローゼットを開く。
すると重そうな機材を引っ張り出して床に置いた。
「これあげるよ。私のお古だけどね」
「え、なんですかこのゴツい機械」
「マイク、カメラとか諸々の配信機材。配信でお金ないって言ってたでしょ? けど配信者にとって機材は大事だからさ」
「あっお気遣いありがとうございますぅ」
先輩からの気遣いに感動しながら感謝を述べる。
しかし渡された機材を見て少し気になった。
見るからに漂うシックな高級感、大物配信者ともなれば仕事道具も相当なモノを選んでいるはず。
「ちなみにこれお値段の方って……?」
「んー買ったときの値段だと……全部合わせれば軽自動車くらいなら買えるかな?」
「ひぃっ……!? な、なんでそんなに良くしてくれるんですかぁ……?」
驚きを越えて悲鳴を上げるツムリ。
それもそのはず。機材はお古と言うわりに手入れが行き届いており、まだまだ長く使えそうに見える。
後輩とは言え易々と渡して良い代物ではない。
対してアルマはあっけらかんと答えた。
「え、だってデビュー配信のときに優勝者はご褒美あげるって言ったでしょ?」
「デビュー配信……え、そのご褒美ってコラボ配信のことじゃなかったんですか?」
「コラボは他の新人ちゃんともするよ? それが企業ライバーの強みだもん。だからご褒美は別だね」
「ほぁ……」
ツムリは間の抜けた顔で声を漏らすことしかできなかった。
するとそれを引き締めさせるかのようにアルマは話を続けた。
「ただし、これをあげる前に悪い話、お説教をしなきゃいけません」
「うっ……私何かご迷惑おかけしましたかぁ……?」
「いや? 迷惑とかは全然ないね」
「へ? じゃあお説教って?」
自らの行動を振り返ってみても、そもそもアルマとの絡みもそれほど多くない。
説教される覚えがなく、理由を問う。
「ツムりんさ、あれから毎日配信してるよね?」
「は、はい。パソコン届いてからは頑張ってます!」
「配信の平均時間は?」
「えぇと……4、5時間ですかねぇ?」
「はい長過ぎー。しかも配信見たけど喉に負担かけすぎ。あれじゃすぐに痛めちゃうよ」
「そうなんですか? いやー楽しくてつい長くなっちゃってぇ……」
「ツムりん」
「へぁっ……」
真っ直ぐ見つめられ、思わず息を飲む。
彼女の真剣な表情が笑って誤魔化すことを許してくれない。
これは本当に『お説教』なんだ、そう思わされた。
「デビュー配信もさ、あんなガラガラ声で無理しちゃダメだよ。VTuberは声が命なんだから」
「はい……ごめんなさぃ……」
真面目に諭され、反論の余地もなく謝罪する。
ツムリが肩を小さくしていると、アルマは別方向から質問をした。
「ツムりんはさ、アイドル目指してたんだってね」
「え? なんで……あ、マネージャーさんかぁ」
「聞いたぞー。ブイアクトは偽物のアイドルなんだって?」
「そ、それはぁ……その、にわか知識というかぁ」
「あっはっは冗談冗談。それでどうだった? アイドルがテーマのVTuberなってみて」
からかうような笑顔で問われる。
情報源である彼女の弟、つまり自分の担当マネージャーを恨みながら、VTuberになってからのことを思い返す。
「思ってたアイドルとは違ったけど、思ってた以上にアイドルでしたぁ」
「ぷ……ふふっ。なにそれ」
「だって、VTuberって普通のアイドルより距離近く感じるんですよねぇ。でもみんなキラキラしててぇ。おかげで推しがたくさん増えましたよぉ」
「それはめっちゃ分かる」
「でも……私を見てくれる人ってぇ、意地悪な人ばっかりなんですよね。アイドルを推すファンっていうより、良い音鳴らす玩具で遊びに来てるだけな気がしてぇ……私なんかいいとこ芸人、アイドルなんて名ばかりの偽物ですよぉ。へっ……」
自虐的に笑い捨てる。
推し達と自分の決定的な違い。
自分にはファンの心を愛で満たす『アイドル』には向いていない。
そう思っていたけれど……。
「でもさ。ツムりんの配信、いつも1万人近くの人が見てくれてるでしょ?」
「あ、はい。ありがたいことにぃ」
「それだけの人がツムりんとの遊びを楽しみにしてくれてるんだよ。それって紛れもなく『ファン』じゃないかな」
「それはぁ……そうなんですかねぇ?」
ツムリは気づかないうちに固定観念に囚われていた。
推しを推すファンにもマナーがあり、ファンはこうあるべきだと。
逆説的に自分のファンの理想像に当てはまらない人間はファンではないと、勝手に思い込んでいた。
「
アルマは教えてくれた。
自分の知らない価値観、ファンとしての在り方を。
言葉で教え『導いて』くれる。
「……裏でも変わらないんですねぇ。アルマさんって」
「ん?」
「道化を導く道化。本当にブイアクトのみんなを導いてくれるんだなぁって」
「……後悔したくないだけだけどね」
「?」
「あー……つまりね。私も導いてあげたいけど、ずっとは見てあげられない。だから私との約束を守ってくれるなら、ツムりんにも立派な赤鼻つけてあげるよ」
「はぁい」
丁寧に言葉を尽くしてくれる先輩からの教えを素直に受け入れる。
そうしてお説教を締め括ると、アルマは次の話に進めた。
「そんなアイドル志望のツムりんにご相談。一つお願いがあるんだ」
「お願いですかぁ?」
「4か月後、私の10周年ライブがあるの。たぶんここ最近のライブで一番大きな催しになりそうで、ブイアクトメンバー全員に出演をお願いすることになる」
「じゃあ私もライブに?」
「4期生グループとして一緒に歌ってもらうことはほぼ確定だろうね。けどもう一つあって……私と新曲でデュエットして欲しい」
導化師アルマの10周年記念ライブ。
本当なら観客席で応援したいくらいだが、ブイアクトのメンバーである以上出演は当然受け入れる。
しかしデュエットとなると話は別だ。
「えぇ……その、私みたいな新参がそんな大役、いいんですか? 他のメンバーさんがどう思うか……」
「大丈夫。皆間違いなく納得するから。これはツムりんにしかできないって」
「私にしか……もしかして、声真似?」
「せいかーい。次の新曲はアルマ二人のミラーデュオ。録音録画じゃ再現できない最高クオリティのライブ、やってくれるよね?」
彼女は断らないと確信しているかのように聞いてきた。
不安がないかと問われればゼロではない。
しかし何故だろう、断る気になれないのは。
「私なんかに期待してくれるなら……頑張りたいですぅ」
彼女に言われるとどんなに難しいことでもできる気がしてしまう
自分の力量を見てできると判断してくれたのだろう。
その信頼が心地よい。
導化師アルマの目には、人をその気にさせる魔力が宿っている。
=============
この作品を面白いと感じていただけた読者様へ。
是非レビューなど応援いただけると嬉しいです!
より多くの人に読んで欲しい、そんな作者の願いを叶えてやっていただけないでしょうか……!
何卒よろしくお願いいたします♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます