第一章、出逢い
一
夜闇の中、点々と並ぶ灯籠の明かりが滲む。その中央に果てなく並んだ真紅の鳥居。そこから鈴の音とともに人間界に姿を見せた蛇珀。ここは仙界――神々が集う住処と下界を繋ぐ通路になっていた。
蛇珀が大きな目をさらに見開くと視界は万華鏡のように色や景色を変え、様々な人間たちの様子が映し出される。
目まぐるしく移り変わる光景の中で、蛇珀が気に留めたのは一人の俯いた少女だった。
「よし、今日はこいつにしよう」
蛇珀は愉しげに口角を上げると、人から三十センチほどの小さな白い蛇へと姿を変えた。
そして瞬時に寿命と引き換えに願いを叶える――“願い聞き”をする人間の元へと移動した。
薄暗い部屋で、肩上長さの艶やかな黒髪をした少女はベッドに座り手に本を持っていた。腰まで布団をかけ、小花柄のワンピースであるパジャマを着ていた。
――突如、部屋の明かりが点く。
誰もスイッチを押していないのにだ。
これも言わずもがな、蛇珀の力であった。
電気が煌々とした中、少女が座るベッドの前に蛇の姿をした蛇珀が現れた。
それと同時にシャラン、とまた微かな鈴の音が鳴る。これは蛇珀が左手首につけている数珠が揺れる音で、蛇の姿をしている時は首につけられている。
「……鈴の、音?」
少女は目を瞑ったままそう口にした。
「へえ、この音が聞こえるなんて、お前相当耳がいいんだな。どうだ、驚いただろ。蛇がしゃべってるんだぜ、しかも白い蛇だ、見たことねえだろ!」
蛇珀が息巻いてそう言っても、少女はまだ目を閉じたまま不思議そうに辺りを見回しているだけだった。
「って反応薄いな、おい……ん?」
蛇珀は少女が持っていた本に凸凹した点が打たれていることに気がつくと、その様子に納得した。
「なんだ、お前目が見えねえのか。そりゃあ驚きようがねえ、悪かったな」
そう言うと蛇珀はたちまち人の姿に戻り、白銀色の鋭い爪をした右手を少女の目に翳した。
その掌から滲み溢れる白銀色の輝き。それは少女に温もりとして伝わり、その手が離された時には、彼女の目には明かりが宿っていた。
「目を開けてみな、そして俺を見ろ」
蛇珀の言葉に少女は閉じていた目を恐る恐る開き始める。瞼を持ち上げる感覚、それは生まれつき盲目であった彼女にとっては初めてであったが、それを至極当然のようにこなすことができた。
まるで蕾んでいた花が一気に咲いたように、彼女の世界が彩りを持つ。
そのつぶらな瞳は黒真珠のような神秘的な煌めきを持ち、蛇珀を見つめた。
それを見た蛇珀は満足げに笑うと、踏ん反り返るように胸を張った。
「さあ仕切り直しだ、存分に驚け! なんなら俺の神々しさに跪いたっていい」
「神、様……」
「――は?」
話の途中で口を挟まれ、思わず蛇珀は動きを止め少女を見た。
すると彼女は初めて明かりを灯した瞳に敬服と感激のすべてを込めて、蛇珀を映していたのである。
少女は興奮してベッドから飛び降りると、蛇珀の両の手を握りしめた。
「あ、あなたが神様なんですね! 初めて見ました、本当にいらっしゃるなんて! 私の目を治してくださるなんて、ああ、なんと感謝を申し上げていいのか……ありがとうございます、ありがとうございます!」
少女は蛇珀の手を離すと少し距離を取った床にひれ伏し、何度も頭を下げた。
自分で言っておきながらその通りの行動をした少女に、蛇珀は面食らった。
というのは、蛇珀の外見は蛇と同じ箇所がいくつもあるため、人前に姿を見せようものなら、皆とりあえず声を上げた。その声は悲鳴に似た嫌悪に近いものだった。
故にこのように第一声からの好意的な反応は初めてで、蛇珀はつい動揺したのである。
「お前、俺が怖くねえのか?」
「怖いなんて滅相もありません! ああ、やっぱり神様はこんなに神々しい特別な光をお持ちなんですね!」
「この目をよく見ろ、蛇と同じだ。牙もあるし、舌の先なんかちょっと割れてるんだぜ!」
よく見えなかったのか? と、なぜか自身の気に入らない部分を再確認させようと口を開けて見せる蛇珀だったが、それでも少女は怯まない。
それどころか恍惚の表情を持ち、手を合わせて拝んでいた。
「わあ、すごい、神様は皆様そのように舌をが割れていらっしゃるんですか?」
「いや俺だけだけど!」
少女の少し外れた初々しい反応に、蛇珀は肌がむず痒くなるような、居た堪れないような気持ちになった。
なんだこいつ、調子狂うな……。
蛇珀はそう思ったが、実は彼女の対応は、本来正しいものと言えた。
一見あやかしに見間違えてしまいそうな彼の容貌であるが、冷静に見ればその顔立ちがかなりの美少年であることと、神力の強さから纏うオーラは心が洗われるように清廉なことがわかる。
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