「なんだとコラ!?」

「あ、あの、お二人とも、少し落ち着かれては」

 二人はいろりが止めるのも聞かず、さらに怒声を浴びせ合う。

「人間の娘に心を乱されて地震を起こす未熟者が!!」

「な!? ……う、うるせえうるせえ! お前に関係ねえだろ!!」

「関係あるから連れて来たんじゃろうが! わしら三角頂さんかくちょうの心の乱れはこの国を滅ぼしかねんのじゃぞ!!」

――国を滅ぼす……? どういうこと……?

 いろりが気になる文字を拾った時、低く澄んだ、よく通る声が響いた。

「黙れと言うておる」

 その言葉が終わるや否や、狐雲に眼光を放たれた蛇珀と鷹海は動きを止めた。

 ――いや、動きを制されたのである。

 それだけではない。声を発することも禁じられたのだ。

 狐雲の力を持ってすれば、他の神の力を制することなど造作もないのである。

 数秒の後、解放された蛇珀は息を吐き、鷹海は狐雲に対し頭を下げた。

「も、申し訳ありません、狐雲様」

「よい。話を戻すぞ。いろり……その様子では私たち神々についても詳しく知らされていないようだな」

 いろりは困ったように蛇珀を見た。

「……俺のことは話した」

「そなたに限らず、この世のことわりすべてを話し、理解させる必要があろう。それともその場凌ぎの軽い想いか?」

「そんなわけねえだろ! 俺は添い遂げると決めてる!!」

 思わず出た本音に、いろりは驚き、蛇珀は気まずそうにやや肩をすくめた。

「……なんだよ、一生側に置いてくれって、言ってただろ……」

 好きだとは言われたが、そこまでの言葉をもらっていなかったいろりは、感動のあまり声を失いながらただ照れる蛇珀の横顔を見上げていた。

 ――しかし、神と人の恋が、そうも簡単に成就するはずがない。

「いろり、そなたも蛇珀の想いに相違ないな?」

「は、はいっ! わ、私のような普通の人間が……おこがましすぎるとは思いますが……蛇珀様と、ずっと一緒に、いたいです」

 控えめながらも明確に、凛と狐雲を見据えて想いを示すいろりに、蛇珀は胸の内が熱くなるのを感じた。

「そなたたちの気持ちはわかった。なればこの世――仙界の理を教えよう。まずは申し遅れたが、私は空を司る狐神の狐雲。よわいは千を数える」

「せ、千ッ……!?」

 想像以上の桁にいろりが驚きの声を漏らした。

「そこにおるのが海を司る鷹神たかがみの鷹海。齢は六百になったか」

「はい、狐雲様。あなた様のお手を煩わせることはありません。ここからはわしが説明いたしましょう」

「よい。任せる」

 鷹海は狐雲に心酔しており、必要がなくとも側にいる。そうしていつの間にか付き人のようになっていた。

「空、海、地を司るわしら三人の神を三角頂と呼ぶ。他にも恋神こいがみ学神まなびがみ戦神いくさがみなど様々な神がおるが、三角頂はこの世の土台となる最も重要な神であり、わしらが穏やかであれば国も平和であると言われておる」

 それを聞いたいろりはほう、と息をつきながら尊敬の眼差しを蛇珀に向けた。

「蛇珀様は神様の中でもすごい方だったんですね……!」

「お、おう! まあなー、はは!」

「その分責も重いということじゃ。わしらの心が乱れれば国も荒れる。蛇珀が地を揺らしたことで、必要以上の命が消え失せる可能性があったということじゃぞ。貴様もそれがわからぬほど愚かではあるまい」

 いろりは衝撃を受けた。

 大地震が起きれば、当然人の命に関わる。よく考えればそんなことはすぐにわかったはずなのに、蛇珀との恋に夢中で気づこうとすらしなかった自身を、いろりは恥じた。

 そんな彼女をさらに責めるように、鷹海が話を進めた。

「わしら神々の責務はこの国を安定させること。そのためには増えすぎた人口を調整する必要がある。定期的に天災が起きるのはそのためじゃ」

 人口が過度に増加すると環境破壊や大気汚染、動物たちの殺処分が増える。

 そうならないよう一定数を保つため三角頂は数年に一度、地震や台風、津波などで人の数を調整する。

 あくまで“人”としての立場でなく、日本という国の平穏を守るために。

 しかしそれは、“人”であるいろりにとって耐えられることだろうか?

 これから先、地を司る神である蛇珀が起こした地震により、いろりの友人、親族が亡くなる危険があるというのに――。

 それが、蛇珀がいろりを仙界に連れて来たがらなかった理由の一つであった。

 自身の責務を知れば、いろりの心が離れるのではと不安だったのである。

 いろりは聡いため、話を噛み砕かなくとも神々が伝えたいことを理解した。

 少しだけ、目を瞑り静寂を守ると、いろりは再び視界を開いた。

「…………ここで、私がかまいませんと申し上げるのは、今まで大事に育ててくれた母や、親しくしてくれる友人にあまりに不義でしょうか」

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