五
いろりは鷹海と、狐雲に視線を巡らせた。
「……それでも、私は蛇珀様を愛しています」
嘘偽りないいろりの言葉は、蛇珀だけでなく狐雲と鷹海の心も揺さぶった。
このおなご、事態を軽んじておるわけではない。真摯に受け止めても尚、蛇珀を愛すると言うか――。
人は神のよい部分しか見ようとしない。
困った時の神頼み。都合のよい時だけ賽銭やお供えだけで頼られ、願いが達成されなければこの世に神も仏もないと離れていく。
手前勝手に創り上げられた“神様”の偶像に辟易したことのない神はいない。
しかしいろりは神に願いを託さず、本来の所業を知っても幻滅しなかった。
それは狐雲と鷹海が彼女を気に入る理由には十分であった。
しかし、いろりの目尻には涙が浮かんでいた。
それを見た蛇珀はぎょっとする。
「ど、どうした、いろり!?」
「……私、こんな悪い子ではとても蛇珀様のお嫁さんになんてなれませんよね……」
「――何言ってんだバカ! 悪いわけねえだろ!!」
蛇珀は思いきりいろりを抱きしめた。
迷いなく自身を選んでくれた彼女が、あまりに健気で愛おしく、周りの目などすっかり忘れていた。
「あ、あの、じゃ、はくさま」
羞恥でいろりが蛇珀を止めようとした時だった。
「あれーぇ? なんでこんなところに人間の女の子がいるの?」
深刻な空気には不相応な、気が抜けるほどの軽快な声が響いた。
振り向くと、果てが見えない緑の地平から二つの影が近づいて来た。
やがて見えたその一人は、薄紅色のやや癖のある髪を首の後ろで束ねており、
それを見て蛇珀は、面倒な奴が来たとあからさまに嫌な顔をした。
しかしその神は目を輝かせながら一直線にいろりの方へ向かってくる。
「うっわー! すごく可愛いね君! 名前は? 歳は? 血液型は?」
「え、あ、あの」
「いろりに近づくんじゃねえ、年中花畑頭!」
蛇珀はいろりを守るように、二人の間に身体を滑り込ませた。
「ひっどいなあ、一応僕の方が年上なんですけど」
「神に年齢なんか関係ねえだろ!」
「
百恋と呼ばれた神は狐雲の声に動きを止めた。
「それは蛇珀のものぞ」
それを聞いた百恋はあっけに取られ、口を丸く開いたまま蛇珀を見た。
「――えええ!? 嘘でしょう!? あんっなに人間嫌いで有名だったくせに何ちゃっかり恋愛してんのさ! この恋神の百恋君を差し置いて!!」
「うるっせえ! こっち来んな!!」
「その辺にしなさい、百恋。姫君が困っておられますよ」
少し甲高い声に
僅かに翠がかった黒髪は平安時代の姫君を思わせるしなやかな直毛で、腿辺りまで長さがある。目は閉じられ、その下には作り物のように形のいい鼻と口が続き、夕焼け色の狩衣を羽織っていた。
「そうは言ってもさあ、
一番ちびっ子、という言葉に、蛇珀の背後に守られていたいろりが反応した。
「あの、蛇珀様が、一番お若いんですか……?」
「そうそう、まだ三百歳だもんね。人間で言えば十五、六のひよっこだよ。僕は五百で、学法なんか千三百越えるんだから!」
「そ、そうなんですか……!」
「恥ずかしながら神の最高齢更新中でございます。ほほ」
仙界に来ていきなりいろんなことを知り、いろりは戸惑いながらも嬉しくもあった。蛇珀のことをもっと知れるからである。
「歳は関係ねえ。俺のがこいつらよりよほど神力がある」
「ああ、もうそういうとこ超ムカつくんですけど」
「お前のそのしゃべり方のが癪に触るっつうの!」
その会話にいろりはついにちんぷんかんぷんになり、首を捻り始めたので、学法が仲介に入った。
「小生は学神の学法と申します。こちらが恋神の百恋。百恋と蛇珀は下流神、小生と鷹海は
「余計なことを言わんでいい」
「ほほ、これは失礼」
鷹海の渋い表情を、学法は余裕の笑みで受け流す。
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