六
神々は階流により髪の長さが決まっている。下流の神である蛇珀と百恋は腰まで、中流である鷹海と学法は腿まで、そして狐雲は地につくほどである。
「そうなんですね……では、蛇珀様もいつか、上流の神様? に、なられるのですか?」
「さあな、それはわからねえ。上流神になる方法が謎だからな」
「そうなんですか?」
「ある程度功績を残し長生きすれば中流神にはなれるのですがね。上流神になるのは、年月でも真面目さでもないようです。それをご存知なのは今までで唯一、上流神となられた狐雲様のみ。……もちろんその内容を伝えることは禁じられているでしょうが」
それはつまり、禁じている“誰か”がいるということだろうか。と、いろりは推測した。
「百恋、学法、下界に降りる許可を受けに参ったのであろう」
「はーい、そうでーす!」
「行ってまいります、狐雲様」
元気に片手を挙げる百恋と頭を下げる学法に、狐雲は静かに頷いた。
「よい。そなたたちの平穏は人々の繁栄に繋がる故、励め」
「近年出生率が右肩下がりだからね。もっと恋の嵐を巻き起こさなきゃ!」
「学力の低下も示唆されていますからね。日々精進精進……では、姫君」
「じゃあね、いろりちゃん! ……また近いうちに会うことになると思うけど」
気がかりな台詞を残して、百恋と学法は遠くの霧の中へ消えていった。
下界に降りる中、百恋は先ほどからは想像もつかないほど静かに、真剣な顔つきに変わっていた。
「……姫君を連れて来るのは、三百年前の“あの神”以来ですね」
「……そうだね」
二人は無言で霧に包まれた紅い鳥居の階段を降りていく。
「……今度は僕に靡かないことを祈るよ」
百恋の呟きを、学法は黙して聞いていた。
「もういいだろ。俺たちも帰るぜ」
百恋と学法が去ったのを機に、蛇珀も踵を返そうとするが、狐雲の声がそれを許さなかった。
「蛇珀よ、重要なことを忘れておるな。とぼけても仕様があるまい」
狐雲の次の思考を予測した鷹海が、その後を紡ぐ。
「貴様、この丸一月、願い聞きをしておらんじゃろ。一体どういう了見じゃ」
蛇珀は痛いところを指摘され、ぐ、と尖った奥歯を噛みしめた。
いろりはまだことの重大さに気づいていない。
「いくら神力が強いと言っても所詮は下流神。賜った命は人間と同じ
「ど、どういうことでしょう、か……?」
「下流神は人間からいただいた寿命が一年なら一年、十年なら十年にしかならん。わしら中流神は十倍……つまり一年いただけば十年、十年なら百年分になるということじゃ。上流神の狐雲様は百倍……十年受けただけでも千年の価値に変えることができるんじゃ」
狐雲が近年下界に降りていない、と言ったのはそのためだった。もはや、ほぼ願い聞きをする必要がないのである。
下流であればあるほど、下界に頻繁に降り、人の寿命を分けてもらうことが必要なのだ。
なのに蛇珀はいろりと出会ってから、一度も願い聞きをしていなかったのである。
「
『てんごくさま?』……という新しい単語を耳にし、いろりはその意味を問いかけようとした。
――が、それは狐雲の声音により叶わなくなる。
「蛇珀、そなた…………よもや、人になろうとしているのではあるまいな」
――――仙界に、戦慄が走った。
思いがけぬ狐雲の言葉に、鷹海は目を泳がせ、気を荒くして蛇珀を見た。
「貴様……正気か!? 神が人になどなれるはずがないじゃろ!!」
鷹海の言う通り、神が“完全に人”になる、ということは例のないことである。
「貴様の残り寿命が尽きれば、露のごとく消えるだけじゃ! そんなことは貴様もわかっとるじゃろ!!」
いろりは声も出せず立ち尽くしていた。
それは、蛇珀の死を意味していたからだ。
しかし蛇珀は鷹海に応じなかった。
応じるだけの術を持っていなかったと言った方が正しいかもしれない。
「……せえ」
「……は?」
「うるせえんだよ! もうほっとけよ!!」
「――なっ……」
「行こうぜ、いろり!」
「蛇珀」
「なんだよ!?」
琥珀色の瞳が、鋭い光を持って蛇珀を射た。
「許可なく神と人の垣根を越えようものなら、天獄様のお怒りを買おうぞ」
蛇珀は二人の忠告も聞かず、未だ言葉を失っているいろりの手を握ると、強引に引きその場から逃げるように立ち去った。
「追わずともよい」
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