「いつかあいつが生まれ変わるなんてことがあって、その時まだ僕も生きていたら……今度はちゃんと、話がしたいな」

「ではそれまで、小生と抹茶でも飲みながら勉学に励み時を費やしましょうか」

「やだやだ勉強嫌いーっ!」

「ほっほ、精進精進」

 他愛もない会話を弾ませながら、二人はいろりたちと反対の道を進んで行った。


 百恋と別れてから、いろりは狐雲に従い、歩いた。

 どこまでも続く地平、果てない仙界。やはり、人が住む世界とは次元が違うのだ。

 それでも、いろりはここまで来た。

 蛇珀がいない一日は、ひどく長く感じ、しかもその苦しみは日々増していき、まるで拷問のようだった。

 いろりにとっての新しい学校生活、都会の煌びやかさはモノクロでしかなかった。

 しかし、それも今日で終わる。

本当に、本当にまた、蛇珀様に逢えるの……?

 少なくとも十年は再会できないことを覚悟していたいろりは、信じられない高揚で手が震える。叫び出してしまいたいほどの狂喜を、いろりは知性でどうにか抑えていた。

『東城いろり、よくぞ参った』

 突如地鳴りのように響く低い声。

 いろりは立ち止まり、辺りを見回した。

 すると視界を塞ぐような眩しい光に包まれたかと思うと、先刻まで何もなかった前方の地平上に、巨山が現れた。

 以前の地響きも、禍々しさの欠片もなく、その山はただ、音も鳴らさずいろりの前に静寂とともにあった。

 金と銀を混ぜ合わせたような形容し難い神々しさを帯びながら、天神羅獄山はいろりに語りかける。

『これが“天神”――本来の我の姿である』

「天獄様は二つの顔をお持ちである。極楽である“天神”のお姿。地獄である“羅獄”のお姿。常はこの美しい天神様であるが、神が苦行に入った時のみ隠してある羅獄様のお姿を晒されるのだ」

「あ……だから、以前最後に、次は『天神の姿で』とおっしゃられたのですね」

『さよう』

 狐雲がかしずき、いろりが正座をすると、後ろから鷹海もやって来る。

 蛇珀が苦行を終えたと聞いて喜んでいたのは、いろりだけではないようだ。

「鷹海様」

「ようここまで来たもんじゃ。天獄様、わしも同席してもよろしいじゃろうか?」

『かまわぬ』

 いろりを中央に、右側に狐雲、左側に鷹海が跪いた。

『此度は双方の苦行が完了した故呼び立てた次第。これにより、蛇珀と主の婚礼の儀を承認する』

 頭を下げていたいろりは、思わず顔を上げ、天獄を見た。

 その声色、口調は、心なしか以前羅獄として会った時よりもずいぶん穏やかに感じられた。

『儀式の方途は……主らが愛し合っておれば自然と成せることである故、我から説くまでもない。……東城いろり』

「は、はいっ!」

『人間には人間の言い分があるように、我にも我の言い分がある。我は数百年に一度、苦しみに耐え神樹しんじゅの葉の雫として神を生み出す。人間が己の子を手塩にかけ育むのと同じ。その子を軽率に惑わす人間は許し難い。また、己が子が過ちを犯した際、それを御するのも親が勤めである。……わかってくれ』

 天獄は優しく、諭すように言葉を連ねた。

 天獄とて、自身の子を、そしてその子の想い人を好んで痛ぶっているわけではないのだ。

 ただ、神と人との領分をわきまえ、障害にも屈さず、添い遂げる覚悟があるのか、見極める必要があった。

「は、はいっ……! 重々、承知しております! 天獄様のおっしゃることは、ごもっともだと思います……!」

『うむ……。東城いろり、最後の質問である』

「は、はい……!」

『主にはいずれ蛇珀のいんが現れよう。主が万が一、蛇珀以外の男に心奪われ、不義を働こうものなら、その愛の印はたちまち呪いの印と化し、主を内から焼き尽くす。また、蛇珀が他の女に目移りし、不義を働いた場合も同様』

「あの……それは、蛇珀様には、何も罰はないのでしょうか?」

『この件については蛇珀に対する罰は皆無である。不平等と思うやもしれぬが……』

「いえ」

 神と人の計り知れない身分差など、いろりはとっくに受け止めている。

 いろりは蛇珀に害が及ばないか、それだけを案じていた。

 そのため、天獄の返答はいろりにとって、まさに天国から舞い降りた御仏の加護のように聞こえた。

 いろりは天獄に手を合わせた。その顔は涙ぐみ、笑顔が滲んでいた。

「ありがとうございます、ありがとうございます、私から申し上げることは何もございません。本当に……ありがとうございます、天獄様……!」

『……合格である。蛇珀はよき者を選んだ』

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