九
その台詞が終わるや否や、天獄から目が眩むほどの光が発せられた。
いろりは思わず目を瞑り、手で光を遮った。
『規格外故、扱いにくいこともあるやもしれぬが、まごう事なき優秀な神である。大事にしてやってくれ』
いろりがゆっくりと瞼を持ち上げた時、温かい光を感じた。
視界を埋める白銀色の明かりに誘われるようにその場に立ち上がると、いろりの目の前に、大粒の涙型の翡翠色をした雫が現れる。
「蛇珀である。拾ってやってくれ」
狐雲の呼びかけにいろりは目を見張りながら、大切に水を汲むように、両掌を合わせ翡翠色の
――――刹那
巻き起こる風、弾ける雫。
水滴はやがて人型へと変わり、みるみるうちに色を成してゆく。
白い袴、若草色の狩衣、筋肉質ながらすらりと伸びた四肢、薄い唇、尖った牙、つんと筋の通った鼻に、上がった目尻、そして流れるように溢れ出る、白銀色の豊かな髪。
真っ白な世界の中で、新しく生まれた蛇珀を、いろりは確かにその目で見た。
少し背が伸びただろうか、髪は腿の長さまで伸びており、顔もやや大人びた気がする。しかしそのどこまでも透き通った翡翠色の瞳は、以前と変わらず目の前の少女だけを一途に映していた。
この瞬間、いろりは悟った。
自分は初めて蛇珀の姿を目にするため、視力を持たずに生まれたんだ、と――。
二人は瞬きすることすら忘れ、ただ見つめ合っていた。
「…………髪、伸びたな」
先に口を切ったのは蛇珀だった。
蛇珀に逢えるまで髪を伸ばすという願掛けをしていたいろりの髪は肩下まで伸びていた。
愛おしそうに目を細め、破顔した蛇珀を前にしたいろりは、次第にじわり、じわり、と胸が熱くなってゆくのを感じる。
ああ、蛇珀だ、蛇珀がいる、夢ではないのだと、やがて痛いほど幸せな現実を受け入れた。
「…………じゃ、は、ぐ、ざまだ、っで……」
堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
いろりは思いっきり蛇珀の胸に飛び込んだ。
蛇珀はそんないろりを、骨が折れそうなほど強く強く抱きしめた。
「う……うあああああああん!! じゃ、じゃはくさまあああああああ!!!」
「待たせて悪かった、いい子にしてたか?」
「ち、ちっとも、いい子ではありませんでした! あなたを想ってたくさん泣いてしまいました! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ッ……謝らなくていい、嬉しい。でももう二度と悲しい涙は流させねえから」
「うぅっ……は、い、はい……、お、おかえりなさい、蛇珀様……!」
「ああ……ただいま、いろり」
白く輝く星屑に包まれながら、渇望していた再会を噛みしめる二人を、狐雲と鷹海は見届けていた。
「……ぅ、ぐっ……」
「泣くでないぞ、鷹海。そなたの涙は海を荒らす」
「は、はっ、わかっております」
「私でも
「三百で中流神とは赤子が将軍になるようなもんじゃ……」
「これで約束通り、二人のことは私に一任くださるということでかまいませぬね? 天獄様」
『うむ、任せる』
狐雲は二人が難関を突破した暁には、自身にその行く末を見守る権利を与えるよう申し出ていたのだ。
「見事苦行を明けたそなたたちには私と天獄様より心ばかりの贈り物がある故、楽しみにしておれ」
「そうじゃ、蛇珀! 狐雲様は貴様らの件について様々な口添えをくださっておった。感謝するんじゃぞ」
鷹海にそう言われた蛇珀は、いろりを抱いていた腕を一旦緩めると、狐雲と鷹海に向き直り、真剣な面持ちで歩み寄った。
そしてなんと、立ち止まった蛇珀は二人に対し整った姿勢で頭を下げたのである。
「お二人……お気遣い、感謝いたします」
敬語にお辞儀。
想像を絶する蛇珀の真摯な姿に、狐雲も鷹海も言葉を失い目が落ちそうなほど驚嘆した。
のも束の間――。
「なぁんて言うとでも思ったのか? べーえ!」
顔を上げた蛇珀は相変わらず僅かに先が割れた舌を出しながら、それはもう憎ったらしい表情をしていた。
二人が呆気に取られている間、いろりはあまりに蛇珀らしい言動に不謹慎ながらも安堵して笑ってしまいそうになった。
やがて我に返った鷹海はわなわなと身体を震えさせた。
「――じゃはあぁぁく!! 貴様という奴はあぁぁあ!!」
「早く行こうぜ、いろり! お前に見せたい場所があるんだ!」
「は……はいっ……!!」
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