それを聞き、立ち上がったいろりが和室の襖を開けると、少し前には灰色の玉砂利と階段が見えた。

 廊下に顔を覗かせ、左右を見ると、狐の銅像があり、確かに仙界の出入口となっているあの神社だとわかった。

「ほ、本当に、こんなところに、家が……!」

「なかなかに風情があるであろう。そこがそなたたちの新居となる。よって、蛇珀にはそこの神主として暮らしてもらう」

「俺が、神主……? 前の神主はどうしたんだよ?」

「元よりそこに人の神主はおらぬ。仙界との通路になっておる故、神圧が漂っておるのでな。私が操る人型が神主をしておったが、そなたがおるうちはその必要もなくなる。下界に神圧が充満しないよう、今のそなたならしかと抑制できるであろう」

「そういうことか」

「代わりにその間、地の神としての責務は免除とする」

 いろりは落ち着かない様子で辺りを見ながら、もう一度蛇珀の側に腰を下ろした。

「蛇珀、そなたは今まで地に関する神の賽銭をまったく使っていなかったであろう。よほど贅沢をしなければ十二分に生活できよう」

「そ、そうなんですか? 蛇珀様」

「そういやそうだな、考えたこともなかったぜ、いろりに出逢うまでは人間界に興味すらなかったからな。でもおかげでお前に苦労をかけずに済む」

 蛇珀は嬉しそうにいろりに笑いかけた。

「狐雲様、蛇珀様は、今は人間のお身体ということは、神様の力? のようなものはないんですか?」

「いや、ある」

「あるんですか!?」

「そやつの目が物語っておるが、神力は残っておる。半分ほど天獄様が預かっておられるが、知ってのように蛇珀の神力は並ではない。半分とはいえ強力なものであろう。しかしそれ故安心して神社を任せることもできる。もちろん悪事に使おうものなら取り上げるが……まあ、心配ないであろう」

「じゃあもしいろりが病になった時は治してやれるのか?」

「造作もないことである。蛇珀は神力がある身体故病も寄ってこぬし、二人とも人としての長寿をまっとうできよう」

 狐雲の言葉に、しかと理解が及んだ蛇珀といろりは互いの顔を見た。

「……聞いたか? いろり」

「は、はいっ……! じゃあ、私、これから蛇珀様と……お昼間も、人前でも、お出かけしたり、食事をしたり……できるんです、よね?」

「そうだな、神だったらできねえことも全部しようぜ」

 いろりの胸が、目頭が熱くなる。

「こ、こんなに一度に嬉しいことが起きて、あ、頭がパンクしそうです……私なんかが、こんなに幸せでいいんでしょうか」

「今そんなこと言っててどうするんだ。これからもっと幸せにしてやるから……覚悟しとけよ」

「はっ、はいぃ……!」

「いろり……」

「蛇珀様……」

「……まだ私が覗いておることを忘れておらぬか」

 途中から完全に二人の世界に昇天していた蛇珀といろりは、狐雲の声で飛び跳ねた。

「よいよい、誠懐かしき。邪魔者は退散しようぞ。……ああ、一つ言い忘れたが」

「なんだよ?」

「一応は人同士故、子を成すことも可能ぞ」

 からかうように薄く笑いながら言う狐雲に、いろりは思わず固まった。

「い、いやらしい言い方してんじゃねえ狐!」

「ふふ、人としての生活に最初は戸惑うことも多かろう。私でよければいつでも相談に乗るぞ、蛇珀」

「いらねえよ!!」

 天井に向けた蛇珀の怒声を最後に、狐雲の気配が途切れた。

「……ったく、間接セクハラじゃねえか。なあ、いろり――」

 と、目の前に視線を戻すと、愛しい少女はリンゴのように顔を真っ赤に染めていた。

 それを見た蛇珀も、つられたようについ赤面してしまう。

「……あ、あ〜〜……いろり、さんは、その……子供の、作り方を、ごぞん、じ、で……?」

 足と腕を組みながら、思わず敬語で質問をする蛇珀。

 いろりは正座で消えてなくなりそうなほど身体を縮ませていた。

「え、ええと、ついこの間までは、口づけをたくさんしたらできるのかと、思っていたんですが……じゃ、蛇珀様がいらっしゃらないうちに、少し、調べて…………は、はい」

「そ、そう、か……」

 近いうちにそれを俺とするんだが大丈夫か? と聞きたいが聞けない蛇珀に、不束者ふつつかものですがよろしくお願いいたします。と言いたいが言えないいろり。

 人間界でする紙の契約の婚姻よりも遥かに命懸けの婚姻をしているにも関わらず、未だ純情な二人であった。

「あ……ああああよかったら家の中を散策してみませんか!? なんだか広そうですしどうなってるのかなあ〜なんて!!」

「そそそそうだな調べてみようぜ! さすがいろりいい考えだ!!」

 気恥ずかしい空気を変えようとしたいろりの提案に乗った蛇珀が早速押し入れを開いた。

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