第六章、とこしえの恋路

「…………ん……?」

 いろりは身体をよじり、やや顔をしかめて声を漏らした。

 重い瞼が徐々に持ち上がると、いろりの視界には黄色みを帯びた明かりが入った。

 目覚めて最初に認識できたのは、四角い傘を被った古めかしい電気だった。

 目を擦りながら身体を起こすと、自身がよもぎ色の畳に寝ていたことがわかる。

私……一体いつの間に寝て……? 確か、蛇珀様とまた逢えて、それから印が現れて……。

 なぜかいろりの記憶はそこからぷつりと途絶えており、徐々に頭が覚醒し始めると、もしや蛇珀とのあの逢瀬が夢だったのかと恐ろしくなった。

「蛇珀様!? 蛇珀さ、ま――……?」

 思わず焦り辺りを見回しながら蛇珀を呼ぶいろりだったが、目当ての相手はすぐ側にいた。

 いろりが座っているすぐ隣で、蛇珀は未だ夢の中――で、そこまでは理解できたのだが。その寝姿に、いろりは仰天の表情をした。

「じゃ……じゃは、く、さま……!?」

「……んん? なんだ? 俺らあれからどうして」

「じゃっ、蛇珀様! か、髪が」

「髪?」

 いろりは驚きの余り手元を狂わせそうになりながらも、セーラー服のポケットに入れていた小さな手鏡を取り出した。

 そしてそれをまどろみつつ起きた蛇珀に向け、自身の姿を確認できるように見せた。

 すると……

「――――なっ……なんだこりゃ!? 髪が、黒くなっていやがる!?」

 鏡に映る蛇珀の姿。

 それはいつもの白銀色の髪ではなく、ふわりとした黒髪に変貌していたのだ。

 当然、蛇珀の眠気は吹き飛んだ。

「ど、どういうことだ!? うおっ! つ、爪もなくなっていやがる!!」

「蛇珀様、お口はどうでしょうか?」

 戸惑いながら蛇珀が口を開くと、それをいろりが確認する。

「な、なんと、舌先が割れていませんよ蛇珀様! 牙も短くなっています、八重歯程度に!」

「マジかよ!? よくわかんねえけどやった!」

「でも、せっかくの蛇珀様のチャームポイントが……」

「なんで残念そうなんだよ!? 喜ぶとこだろそこは!」

「あ、でも目は変わっていませんね」

「一番蛇くせえとこが……」

「ふふ、いいじゃないですか。あ、よく見ると狩衣もありませんね」

「いろりの数珠もなくなってねえか?」

「あ! ほ、ほんとです」

 蛇珀にいつもの狩衣はなく、上半身が白く、若草色の袴をした神主のような姿になっていた。

 いろりはセーラー服のままであったが、左手首につけていた数珠が消えていた。

「……この姿はまるで……」

 黒髪になり、尖った爪や牙も舌先の割れもなくなった。

 この出立ちは、まるで――。

「人間……」

 蛇珀といろりはともに同じことを口走った。その直後。

「目が覚めたか、蛇珀、いろりよ」

 頭と心の中に直接話しかけてくるような声が、二人に響いた。

「狐雲……?」

「いかにも。仙界からそなたたちの内に直に語りかけておる」

「この人間みてえな格好は、お前の仕業かよ?」

「“人間みたい”ではなく…………正真正銘の“人間”であるぞ」

 蛇珀といろりは耳を疑った。

「それが、天獄様と私からの贈り物である」

 聞きたいことが山ほどありすぎて蛇珀といろりは顔を見合わせたまま、しばし茫然としていた。

「もちろん蛇珀が神であることを失くし、人堕ひとおちしたわけではない。そのようなことはあり得ぬ故な」

「じゃ、じゃあ俺は今どういう状況なんだよ!?」

「期間限定の人間……と言えば解しやすいか。いろりの命が尽きるまで、そなたも人として生きられるということ。人間のおなごを好いたなら、念願であろう。私もそうであった故わかる」

 人間である女性を愛した狐雲だからこそ、蛇珀の夢は痛いほど理解できたのだ。

「狐雲様も、やはり昔、人間の女性と、け、結婚? を、されたのですか?」

「その通りである。そなたたちと同じ苦行を越え、結ばれた。そして私も伴侶が亡くなるまで人として下界で生きた。そこは当時私たちが暮らした家屋である。狐神社の境内にある平家ひらやだ。もちろん普段はないものであるが、天獄様が特別にこしらえてくださっている」

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