しかしいろりの周りにはいつも数人、親しげに話をする生徒たちがいた。

 以前いじめをしていた者たち以外に友人ができたようで、話の内容まで聞かずともいろりの楽しげな表情が学校生活の順調さを物語っていた。

 いろりは本当に自分だけの力で困難を乗り越えたのだ。

 一言言えばなんでも叶ってしまう誘惑に負けず、目先の利益に囚われず、本質を見抜く冷静さと強さが、僅か十五の少女にはあった。

「……大した女だぜ」

 よかったな、と蛇珀は思う。

 ただ――、いろりに話しかける者たちの中に、必ず男子生徒がいることが引っかかった。

 それを見る度、胸のうちにモヤがかかったような、少し苛立つような、得体の知れない感情が湧き立った。

 すべてが初めての蛇珀には、その正体が何か知れない。

「――ああ、やめだやめ! 神の癖に覗きみたいな真似!」

 蛇珀は頭を掻きむしると、いつもの翡翠色の瞳に戻し、大人しくいろりの帰りを待つことにした。

 白蛇の姿で神力を温存しつつ、押し入れの中で静かにしていると、いろりの足音が近づいてくることに気づく。

 蛇珀は急いで襖を開け押し入れを抜け出すと、人の姿に戻りいろりのベッドに横になった。

 もうすぐいろりに会えると知った蛇珀の反応たるや、まるで飼い主を待つ健気な犬の如く。もちろん本人に自覚など皆無であったが。

「ただいま帰りました」

「……ああ」

 待ってなどいないと言わんばかりに気のない返事をし平静を装う。

 しかし、その後蛇珀の自我を取り繕う余裕は一気に崩れることとなる。

「ちょっと遅かったんじゃねえか」

 身体を起こす蛇珀にそう言われたいろりは、一瞬動きを止めた。

 その違和感を、蛇珀が見逃すはずがない。

「……なんだ?」

「あ、え、ええと……」

 明らかに歯切れの悪いいろり。

 そしてその身体から微かに匂う、いろり以外の者の香り。

 神の五感は、人の比ではない。

――男の、匂い……?

 それに気がついた時、蛇珀は常軌を逸した怒りに囚われた。

「いろり……俺に嘘は通じねえぞ……!」

 風のない場所で、蛇珀の長い髪が動きを見せる。翡翠色の瞳は縦長に鋭くなり、身体からは白い光が溢れ出た。それは普段の優しい光ではなく、息ができなくなるような強い圧を持っていた。

 そして蛇珀の変化と連動するように、地面が揺れ始めたのである。

 ――地震……!?

 いろりは驚き辺りを見回したが、まさか、とあることに気づく。

 神である蛇珀が憤怒すれば、もしや大地を揺らすことも可能なのでは、と。

「じゃ、蛇珀様……蛇珀様!!」

 いろりの声に、蛇珀はハッとし、ようやく我を取り戻した。

 ――と、同時に、地震も鎮まったのである。

 いろりの考えは正解であった。

「……今のは、蛇珀様が……?」

 正気に戻った蛇珀は、自身の行いに愕然としていた。

――俺は今、一体何を……?

 そんな蛇珀を前に、いろりは苦しげな面持ちで話し始めた。

「ご、ごめんなさい、蛇珀様。嘘をついたわけではないんです。言う必要がないと思っただけで……でも、ちゃんと話します。実は……今日の放課後、同じクラスの男の子に呼び出されて、その……告白、されたんです。付き合ってほしいと。もちろんお断りしましたが、その時に、あきらめられないと言われて、抱きしめられてしまいまして……」

 話を聞く蛇珀の顔が再び険しくなるのを見て、いろりは慌てて弁解する。

「あ! でも嫌がりましたから、すぐに離してもらいましたし、それ以上は何もありませんでしたから!」

「……あってたまるかよ、クソ」

 蛇珀は自身を落ち着かせるため、顔を片手で覆った。

「ごめんなさい、蛇珀様。私が……おかしな態度を取ったから、怒らせてしまったんですよね。申し訳ありませんでした」

 蛇珀が怒ったのは自身のせいだと思い込み、涙ぐむいろり。

 それを見た蛇珀は焦り否定する。

「違う! お前のせいじゃ……いや、お前が原因ではあるが、お前が悪いんじゃねえ!!」

 混乱する蛇珀に、いろりは目を丸くして首を傾げた。

 蛇珀は何から話せばよいのか、気持ちを整理し、いろりに向き直った。

「……俺が怒ったのは、いろりにじゃねえ、いろりに勝手に触りやがった男に対してだ。どうも苛立って仕方がねえ。なんなんだ、これは……」

 いろりはしばらく呆けた後、ようやく蛇珀の言葉の意味を理解した。

「……ヤキモチ……ですか?」

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