四
「……なんだ、それは?」
「え、ええと、好きな相手が自分以外の誰かと仲良くしていたり、取られそうになったら、苛立ったり嫌な気持ちになること……かと思います」
「それだ」
いろりの説明は、まさに蛇珀の感情にぴたりと当てはまっていた。
まさか人間と同じ欲を、自身が味わう日が来ようとは夢にも思わなかった。
蛇珀は居心地悪そうに目を泳がせていたが、いろりは驚きと喜びに包まれていた。
「か、神様はそういった感情は持ち合わせていらっしゃらないのかと思っていました」
「……お前ら人間が俺たちをどういう目で見てるか知らねえが、神はけっこうわがままだぞ」
「でも……私は嬉しいです。とても」
「あんなのを見ても怖くねえのか? 俺の仕業だってわかったんだろ」
たかが感情の起伏一つで大地を揺らしてしまうほどの力。それを目の当たりにしても恐れをなすどころか、至福の眼差しを向けるいろりに、蛇珀の方が驚いてしまった。
「怖くなんてありません。蛇珀様は、あの……あれから、一度も触れてはくださらないので、もしかしたらあの日のことは、夢だったのかと、少しだけ、不安でした……」
目を閉じていたままでも十分魅力的であった彼女が、明かりを宿した美しい瞳を見せて歩けば、周りが放っておくはずがなかったのだ。
蛇珀は己の未熟さを反省するのも忘れ、いろりを抱き寄せた。今度は以前のように力任せではなく、優しすぎるほどに。
「……夢なんかじゃねえよ」
蛇珀は意を決した。
「勘違いがねえように言っておくが、俺はお前……いろりのことを、女として好いているから、な」
口に出すとなんと居た堪れないのかと、羞恥心に今にも消えてしまいたくなる蛇珀だったが、そんなことはいろりの顔を見れば吹き飛んだ。
「ありがとうございます、蛇珀様……いろりはもう、死んでもかまいません」
穏やかな目元に涙をいっぱい溜め、微笑む少女に、蛇珀は告げてよかったと心から思った。
「死なせねえよ……」
そう呟いた蛇珀の、幼さが残るも端正な顔立ちが近づいてくると、いろりは息をするのを忘れ目を見開いていた。
「……おい」
「――あ……あっ! こ、こういう時は、目を閉じた方がいいんでしょうか!? あ、こういうことは聞かない方がいいんでしょうかね!? って、また聞いてしまいました! ご、ごめんなさいぃ!!」
茹で蛸のように赤くなり慌てふためくいろりに、蛇珀は緊張が解け思わず笑った。
「いや、俺も初めてだからわからねえけど」
「えっ……?」
蛇珀の『初めて』という言葉に反応していると、その隙に額に柔らかな感触が生まれた。
蛇珀の薄い唇が、いろりの額に触れたのである。
「まあ、今日はこの辺で許してやる。焦ることはねえし、な」
そう言った蛇珀は、この世のものとは思えないほど慈しみに溢れ美しかった。
実際この世のものではないわけだが。
こうして二人は愛を育み始めた。
いくつもの問題を抱えながら――。
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